<第一章:双塔より来たる> 【06】
【06】
「ラズ坊。説明を求めます」
竜は、拘束されている。
「スゥゥテェェラァァァァ! 久しぶりだなてめぇ! 相変わらず腹も胸も大草原な女だ! 尻くらいしか触るところねぇぞ!」
品の欠片もない生き物が、竜の偽姿に絡み付いていた。
その生き物は、何というかマスターの斧だった。
刃部分が二つ割れて、昆虫のような形態になっている。刃の腹には丸くつぶらな瞳が二つ。柄からはえた八本の赤い脚は、わさわさとイヤラシイ動きで竜の体を拘束しつつまさぐっている。
小声でガンメリーに聞く。
「ありゃ何だ?」
『恐らく【蜘蛛】の変異種である。何らかの要因で、独自進化したのだろう』
言われてみれば似ている部分がある。
ダンジョンにいた蜘蛛より、大分知能は低そうだけど。
「こいつは、俺の相棒ゼーブリス。世間では【悪魔】なんぞと言われているが、割と気の良い奴だ。おい、挨拶しろ」
「よぉぉろしくぅぅねぇぇぇ!」
マスターが合図をすると、斧は元気よく声を張り上げた。
頭は悪そうだが、意思疎通は可能な様子。
『よし、滅ぼすぞ』
「ちょっと黙ってろ」
ガンメリーが左手を勝手に動かそうとしたので、兜を殴って止めた。
「おっ、ナツカシイ匂いがすると思ったら、てめぇガンズメモリーじゃねぇか! よぉ! 宿敵! 元気してたか?!」
『………………』
あ、こいつガンメリーの苦手なタイプだ。
「俺っちさ! 星から落っこちる時にポロッと群れからはぐれてよ! ハラヘッテ、ハラヘッテ、飢餓状態になったから休眠してさ! そんで、目ぇ覚めたら武器にされてんの! 頑丈そうな死骸だから良い素材になると思ったってさ! グヒャヒャ! これはこれで快適つーかさ! 色々おもしれーもん見れっから良いけどよッッ!」
「わけのわからん事を言うが気にするな」
とまあ、理解してないマスターの言葉。
かく言う僕もよくわかっていない。
(こいつアホっぽいが無害そうだぞ?)
『ノーコメント』
ガンメリーが面倒くさそうで面白い。
「ラ・ズ・坊ッ、説、明、を! 求め、ますッ」
押し倒された竜が、般若顔負けの怒り顔で僕らを威圧する。
先程の尻尾も出しているが、斧の胴? らしき柄の部分が細くてクネクネ動くので当てる事ができない。二本の腕では、八本の脚を引き放した隙に絡み付かれる。どうやら、こっちも相性が悪いようだ。
マスターは竜の怒りに涼しい顔で返す。
「ステラ、ジュミクラの代表として【劫火】がホーエンスに渡る事は許せん」
「ご安心を。個人使用します」
「余計に渡せん。あんたは時々、組織の一員らしからぬ行動をする」
「当方、竜でございますが?」
「“世界を平等に見守る”という竜らしからぬ行動もする。だから、公爵の位を剥奪されたのだろう?」
「過去は過去でございます。そういうあなたも、ジュミクラに【劫火】を取り込みたいのでしょ?」
「長年“ままごと魔法”と揶揄してきたホーエンスの鼻を明かすのは、ジュミクラ積年の願いだ」
「成果を外部から取り込もうなど、ジュミクラは小ズルい。だから、ホーエンスの食べ残しと揶揄されるのです」
「隙あらば新しい悪口を。ホーエンスは暇なのか?」
まーた争い出した。
しかしまあ、過程は大分ズレたが、結果は予定通りに近付く。
「僕から提案がある」
ここで最後の一手。
さて、どうなるか?
「僕に『官位』をくれ」
「官位だと?」
訝しげなマスター。
「【劫火】の使い手がいるという威光は中々のものだろう。欲しくないか? 例え飾りや偽りでも欲しくないか?」
「ホーエンスにはいりません」
「ジュミクラには欲しい」
竜は断るが、マスターは乗ってきた。
「過程はともあれ、【劫火】はこの大陸で生まれた。真っ先に疑われるのは、俺達、双塔の人間だ。エリュシオンに攻められてから否定しても遅い。ならば、対抗できる術は是が非でも欲しい。それが飾りでもな」
「いえ、疑われるのはホーエンスですけど」
竜を無視して、マスターは札を一枚僕に差し出す。
受け取ってよく見れば、札というより本のしおりに似ている。
「俺が用意できる最大限の権利をやろう。ジュミクラ【千人会】の末席だ」
「それはどのくらい凄いので?」
ジュミクラの組織図は頭に入っていない。この一枚で何がどの程度動かせるのか?
「それを添えて文書を送れば、世界中にいるジュミクラの【百人会】を動かせる。だが、好き勝手は許さんぞ。俺が監視している」
「なるほど」
悪くない。
「ホーエンスはないのか?」
「あなたに官位を譲る理由はありません」
所詮、竜だな。人間をわかっていない。
「では、僕はジュミクラに属する。これで、ジュミクラは【劫火】の使い手を擁するが、ホーエンスにはない。それで良いのだな?」
「構いません。だから今奪おうと、クッ」
「ウヒャヒャヒャ! あーきらーめろー!」
愉快な斧に竜は不愉快な様子。
目的の半分は達成した。残り半分はどうするか? 交渉相手が融通の利かない竜では、これ以上進みようがない。半分では得られる金も半分なのだ。
「ん?」
マスターは空を見た。通り雨が止んで快晴となった空を。
一匹の羽根付き兎が、こちらに向かって飛んでくる。赤い体毛の珍しい兎だ。変な事に、体毛より赤い宝石を口に咥えている。
「お?」
僕が声を上げると、兎はその宝石を僕の手に落として飛び去って行った。
鬼灯に似た赤い宝石。同じ物を見た事がある。ラナや、フレイの使っていた杖の飾りだ。
「マスターこれは?」
「ホーエンス、『終炎の導き手』の証。竜属血晶<ドラゴンズブラッド>」
やはりか。
「で、意味するところは?」
「ホーエンスの上は、貴様を『終炎の導き手』と認めたのだ」
「んなッ!」
竜が驚きに声をあげた。
なんかもう、口にするのもはばかられる形で拘束されている。
「十六人目の『終炎の導き手』が、こんな………………あ、まあ、確かに【劫火】を使うのなら、終炎そのものな気もします。適正ではございますね」
割とあっさり納得したな。
「しかし、当方は決して諦めません。何百年かかろうとも隙あらば―――――――」
「マスター、頭上注意だ」
また竜が降ってくる。
巨大質量の着地の轟音と土煙、降り注ぐ土砂。
『帰ったら洗浄を希望する。良い磨き油で頼む』
アーマーはびくともしないが土埃まみれだ。
マスターの周囲には光の壁が生まれ、キレイに防御していた。
「うぺっ! うぺぺ! 土食っちまった! あ、これステラの髪か!」
「最悪でございます」
こっちの竜と斧は半分土に埋まっている。
僕らを見下ろすのは、純白の竜。
幼竜と言われても、人間から見れば十分に大きい。そして、威圧的だ。
竜は、低い声で言う。
「久々に外に出たと聞けば、“姉上”なんですかその醜態は?」
「久々でございます、妹よ。これには深淵よりも深い理由が」
「ハァ、ちょっと場所を移しましょう」
白鱗公は、指で斧を弾くとホーエンスの司書を足で掴んで空に連れ去った。
あの二人が姉妹とは、後々面倒にならなきゃ良いが。
ぴょこぴょこ跳び跳ね、斧はマスターの手に戻る。
「じゃあ、マスター。『耐弾魔法』の件頼むぞ」
「ホーエンスの出方次第だが、任せておけ」
お互い要件は済んだ。が、互いに去ろうとはしない。
『………………』
沈黙と軽い殺気のやり取り。
「まだ、僕に聞きたい事が?」
あるだろうな。
「山ほどあるな。例えば、ランシールだ。あの子は貴様の傀儡か?」
「違う。国政を動かしているのは、異邦人の冒険者だ」
関係ないわけではないが、政治は妹任せである。
「貴様はあの国をどうしたい?」
「どうもしない。だが、繁栄はしてほしい。エリュシオンに滅ぼされない程度には、強く。逞しく、大きく」
「何故、王として君臨しなかった?」
「興味がないからだ」
「では、貴様の“興味”とは何だ?」
僕の興味はシンプルだ。
「女」
「ふっ」
マスターは少し笑って続ける。
「どんな女だ?」
僕はダンジョンを指す。
「あそこで僕を待っている女だ」
「そういう奴は何人も知っている。誰一人として報われた者はいない」
「なら、僕は報われた最初の一人になる」
今更、他人と比較して前例など気にするか。
「そうか、そうだな。久しく忘れていた。冒険とは―――――」
「―――――――到底叶わない事を望むもの。あんたの言葉だ」
懐かしい記憶を口にする。
マスターも懐かしそうな表情を浮かべる。
「ならば、俺が保証しよう。お前は魔王ではない。間違いなく冒険者だ」
「そいつはどうも」
最初はあんたに冒険者“らしくない”と言われたのにな。
「で、俺の店は無事か?」
急に下世話な話になりそう。
「無事だ。混乱の中でも従業員が守っていた。だが、あんたの店じゃない。国営酒場だ。国の物だ」
「いや、俺が切り盛りした店だ」
偉そうにふんぞり返るマスター。
しかし僕は、妹に帳簿を見せてもらったのだ。
「あの店、赤字続きだったそうだな」
「………………」
マスターの表情が固まる。
「気前良く冒険者の飲み食いをタダにしたツケ、と言いたいが、使い道不明の金や、酒の横流し、密造酒販売の疑いもある」
このトサカも、裏ではやる事をやってる。よくまあ、ハゲに暗殺されないで生き延びたものだ。
「あれは、来るべき時の為に」
「詭弁はいらん。だが、再開させる気があるのなら恥を忍んで、ランシールに許しを請うてみろ」
「王から逃げ、その娘に許しを請うか………………問題ないな」
生き汚い人間は、恥は気にしないようだ。
僕の妹が、赤字店舗を国営で再開させるわけないが。ま、酒場の運営に苦しむがよい。
「ああ、そうだ。忘れるところだった」
マスターは白々しく最後の質問をする。
「レムリアの最後は、どうだった?」
「惨めなものさ」
嘘は言っていない。
僕如きに負ける敵は、いつだって惨めなもんだ。
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