<第一章:双塔より来たる> 【05】


【05】


 一雨降りそうだ。

「レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァ。奴は、俺の従兄ではない。我が祖先、ラズヴァの血筋ですらない」

「は?」

 マスターの告白に思わず声を漏らした。

「騙りとしてラズヴァの名を使っていた。皮肉な事に、その騙りがラズヴァの中で最も名を上げたのだ」

「マスター、あんたはそれをいつ知った?」

「それも話す」

 最初からグルというわけではないのか。

「祖先ラズヴァは、文化的に不毛の地となっていた右大陸に船団を送り、今のダンジョン探索の基礎を作り上げた」

「大船団長ラズヴァの伝説でございますね。関連書籍をホーエンスで8冊保管しています」

「ジュミクラでは12冊だ。ラズヴァは冒険者としても功績を残し、莫大な財産を築き上げる。と言っても、銅貨一枚も残さず自分の代で使い切ったがな」

「金使いの荒い方だったそうで」

「酒と女と博打と危険と、冒険を愛した男だ。ただ財の消えた原因は、【々の尖塔】のある階層が原因だ」

「ほぅ、何階層ですか?」

 竜は忙しくメモを記す。

「五十階層から五十五階層と聞いている。そこで絶望して財を使い切ったと手記にあるな」

 おいおい、他人事じゃないぞ。

「詳細をお願い致します」

「断る。ステラ、前も言ったが冒険の事を書きたいのなら自分で体験して書け」

「でもダンジョンは、狭い暗い汚い臭い危ないのでしょ?」

「そうだ」

 とマスター。

 当たり前だ。

「イヤです。そもそも歩きたくないので」

『………………』

 冒険者の僕とマスターは黙る。歩きたくない冒険者とか、もう何もかもが話にならない。

「ですが、誰かが当方を背負ったり、荷車に載せたりすれば問題ないかと」

「問題しかない」

 そうだそうだ。

 あ、いかん。

「で、マスター。何の話だっけ?」

「話を戻す。ラズヴァの死後、その子孫達は世界各地に散らばった。先祖の名に恥じぬ冒険者として、世界各地のダンジョンに挑戦した。秘境で神秘を求めた。しかし、ラズヴァが逝ったこの地。【々の尖塔】には、長年誰も近寄らなかった。ある一人の男を除いて」

「それがレムリアか?」

「そうだ。『々の尖塔で、名声を上げるラズヴァの子孫がいる』そんな噂が海を越えてやってきた。それで、俺もこの地に興味を持った。探りを入れると、毎日のように奴の新たな名声が届く。こいつなら、我が祖先を超えるやも。そう思い、俺もこの大陸に足を運んだ」

 頬に温い水滴が当たる。

 小雨が降りだした。

「奴は、俺が街に入ると同時に俺を見つけた。その時既に、街の幾つかは奴の手中にあったのだ。警戒はしたが、話して行くうちに俺は確信した。こいつは同じ『ラズヴァ』だと。騙りでは知りようのない情報をいくつも持っていた。むしろ、本物より『ラズヴァ』を知っていた」

 苦虫を噛み潰したようなマスターの表情。

「俺は奴の冒険に協力した。持てる知識の全てを与えた。冒険だけではない。心から信用して他の『ラズヴァ』の情報も教えた。奴が仲間を亡くした時は、俺も共に泣いた。苦難と悲劇を乗り越え、秘法アルマゲストを手にし、奴が『冒険者の王』となった時は、我が事のように喜んだものだ」

 表向きは平和だった、そうマスターは言う。

「レムリア王国の繁栄期、俺は奴に隠れてダンジョンに挑戦していた。『冒険者の王』となった奴へのささやかな対抗心だ。奴の元パーティメンバー、メルム・ラウア・ヒューレスに協力してもらい――――――」

 メルムだと?

 意外な人物の登場に少し驚く。

「―――――――俺の冒険は、四十五階層で終わった」

「どういう事だ?」

 終わりだと? メルムはもっと先の階層まで降りているぞ。

「メルムに置いて行かれたのだ。外せない用事で冒険を遅らせたら、メルムは一気に五十五階層まで踏破していた。そして、俺とはもう組めないと言い出した。真意に気付かず憤慨したものだ」

 真意とな。

 メルムの奴は昔から一人で突っ走るようだ。

「ケチがついたと俺は【々の尖塔】を諦め、国を離れ、他の大陸に向かった。様々なモノを見聞きして、多種多様な人間と冒険をし、中央大陸から始まり、左大陸の果て『巨人の霊峰』まで足を運んだ。世界中を巡り、『冒険者の王』ほどではないが名声と見識を得た。しかし不思議と、俺はこの国に戻って来た。初めて会った時のように、奴は俺を出迎えてくれた。快く俺の居場所を用意してくれた。何も気付いていなかった俺は、ヘラヘラと笑って感謝を述べたものだ」

 竜は、雨がイヤらしく僕のポンチョを傘替わりにしてメモに木炭を走らせる。

「十五年で、国は見違えるほど繁栄していた。他の大都市と比べ遜色のない王国だ。色んなものが変わっていたが、変わらないものもある。メルムのしかめっ面と、路地裏の薄闇、酒の味、ひと時の冬の厳しさ、仲間の死を受け入れられないヒヨッコの冒険者。清濁含め、居心地が良かった。俺は奴の国を、終の棲家にするつもりだった」

 そろそろか。

「時は流れ。エリュシオンの不穏な動きも、奴はメルムを利用して上手く躱した。メルムの娘二人は、王族の責任とはいえ酷な状況に落とされた。思えば、愚息を放置していたのも奴の思惑の内だろう。異邦人に二人が救われなければ、メルムは何をしたのだろうか。耐えただろうか? それとも、いや、俺にはわからん事だ」

 マスターは、厚い手帳を取り出す。

「ある日、メルムがこれを渡しに来た。こいつは冒険の手記だ。彼の冒険の全てが書かれている。そして、これを持って国から逃げろと言われた。“近々レムリアが動く”と察知していたのだ。合わせて彼は、五十階層の冒険を読めと言った。元パーティメンバーとはいえ、俺が諦めた階層の冒険記を読むなど、冒険者のタブーに触れる。迷ったが――――――」

「それは読むでしょうね。当方なら全て読みます」

 僕は読まない。

 メルムの残したものなら、余計に読まない。

「結局、俺は読んだ。読んで、『ラズヴァ』の人間が五十階層を踏破できないと理解した」

「踏破できない?」

「そうだ。それは、メルムが俺を置いて階層を降りた理由でもある。『ラズヴァ』は、あの階層を降りられないのだ」

 さっぱりわからん。

「何故にラズヴァの人間は降りられない?」

「俺の口からは言えん。貴様も冒険者なら自分で確かめろ」

「………………」

 嫌でも確かめなきゃいけないが、下手をすると僕も降りられないのでは?

「これは最近になってわかった事だ。『大船団長ラズヴァ』の血縁は、最早俺一人しか残っていない」

「まさか」

「奴に全て消されていた」

「血縁全てを消すって、レムリアは大陸中に暗殺者を送っていたのか?」

「そうだ。それが奴だ。緻密に計画を立て、様々な者に影響し、何年かかろうとも必ず成し遂げる。三十年以上経って、俺はようやく奴が『ラズヴァ』の騙りだと気付いた。気付いた時には、全てが遅かった。メルムの言う通り、奴は動いた。清算というべきか………奴は己の過去を消すように、次々と昔の協力者を消していった」

 そこからは僕も知っている。

「エリュシオンを裏切り、新生ヴィンドオブニクル軍なる者達と協力――――――いいや、利用か。大軍を編制したと聞いたが、急に現れた黒い竜の襲撃で奴は死んだ。………………死んだと噂が流れた。一度は国から逃げた俺だったが、奴の死を確かめるべくこの国に戻った」

 マスターは深いため息を吐く。

「月のない夜を選んだ。俺しか知らない地下通路で国に忍び込んだ。人気のない街中で、奴は俺を“出迎えてくれた。”初めて出会った時と同じ顔、同じ姿で奴は言った」


『これで三度目だ。お前を殺そうと待ち構えていたのは』


「俺は理解ができなかった。メルムを信じていたが、同じようにレムリアも信じていた。身内であり、友だと、信じようとしていた。奴の輝かしい功績は本物だ。同じ一族としての誇らしさは忘れられない。奴の何もかもが理解できず、だからこそ俺は奴が、心底恐ろしくなった。世界を巡り様々なモノを見た。数々のモンスターと戦った。しかし、一番恐ろしいモノを見逃していた」

 後は想像通りだ、とマスターは小声で呟いた。

「俺は逃げた。逃げる為に全力で戦った。俺が殺されず逃げおおせたのは、奴の気まぐれなのか、計画の一部なのか。今となっては、何もわからない」

 生きて帰るのが立派な冒険者だ。そんな事を、昔言われた気がする。

「結局」

 竜は素朴な疑問を口にする。

「レムリア王とは何ですか?」

「わからん。傭兵王が掴んだと耳にしたが、所詮噂だ」

「傭兵王が………………ふむ、なるほど。当方わかったかもしれません」

「言ってみろ、ステラ」

「レムリア王の出自は、『奴隷』の可能性が高いですね。様々な事業に手を出し、合理的に国を発展させてきたレムリア王ですが、一番安価な労働力である奴隷には手を出さなかった。“自分を知る者を遠ざけたかったから奴隷業を避けた”と考えられませんか? それに、奴隷が『冒険者の王』にまで登り詰める。なかなか面白いかと」

「ステラ、そいつは予想に過ぎない。証拠は何もない」

 僕はポンチョのフードを被る。雨避けのように。

 最近、殺意が顔に出てしまうので。

「調査とは仮定から入るのが常です。ラズ坊、あなたはレムリア王を恐れつつも、まだ情を抱いていますね。人の情は、情報を歪ませます」

「ステラ、今の街を見たか? 俺は見てきた。ランシールの統治は、乱暴なところはあるが上手く行っている。離れた冒険者も戻り始めている。その状況で、彼女を『奴隷の子』と言えば、何が起こるか賢い竜なら理解できるな?」

 静かになった反勢力が息を吹き返す。

 いや、新たに生まれるか。

「戦争になるかもしれません。ですが、“人間などそういうもの”でしょう? 何を今更………………これは何でございます?」

 僕は、竜の背後に回り剣を首にかけていた。

「喋るなら殺す。アホな竜でもわかるよな?」

「竜を刃物で脅すとは、そちらこそ阿呆でございます」

「試してみるか? 僕の【劫火】が竜を焼けるのか否か」

「焼けるでしょうね。炎術とはいえ、力を転換する術。強い力を持った竜には抗いようがない。だからこそ――――――」

 衝撃の後、僕の視界は急に流れる。

『オートバランス作動』

 尻尾が動き、空中でバランスを立て直す。草原に剣を突き刺し勢いを殺し、着地。

「ッ、ダメージ報告」

 腹の痛みで、昼飯を吐き出しそうだ。

『アーマー20%損失』

 腹部のアーマー片がボロボロと落ちる。一撃で20メートル吹っ飛ばされ、アーマーも削られた。警戒していたのに知覚できなかった。

「何をくらった?」

『尻尾である』

 ガンメリーが記録した動画再生する。竜の肩甲骨辺りから、空間を割って尻尾が飛び出ていた。

『超速な上に予備動作のない攻撃である。手強いぞ』

「厄介な」

 少女の姿をした竜が、悠々と僕に迫る。

 力は感じない。今は、雨を避けるすべもない人に過ぎない。

「当方、『最弱の竜』と一族から蔑まれていますが、人の姿でなら『最強』でございます」

 マズい。

 あの速度で尻尾を出し入れされては、剣で受けきれない。【劫火】で焼くタイミングがない。もしかしてこいつ、僕の天敵か? 

 少し強くなって傲慢になっていた。完璧な判断ミスだ。

「ふと思ったのですが、その【劫火】。人の手にあるのはおかしいですね。やはり火は、竜が統べてこそ輝く。当方がありがたく頂戴致します」

「断る」

『と言っても、武装の大半は未実装である。分が悪いぞ?』

「強がりくらい言わせろ」

 マスターを馬鹿にした手前、ここで逃げたら格好が悪すぎる。

 と、巨大な斧が、僕と竜の間に割って落ちる。

「待て、ステラ。俺の質問が先だ」

「確かに、そういう話の流れでしたので後にします」

 竜は下がり、マスターが前に出た。

「俺は答えた。貴様も答えろ。レムリア王を殺したのは………………お前だな?」

 一瞬、ほんの一瞬だけ迷って、僕は正直に答えた。

「僕だ」

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