<第一章:双塔より来たる> 【04】
【04】
「少し遅れた。ラスタ・オル・ラズヴァ。ジュミクラ【千人会】の代表として参上した」
「お久しぶりでございます。ラズ坊」
「ラズ坊は止めろ、ステラ。あんたが簒奪者って事はないだろうから、そっちの鎧がそうか?」
マスターは竜と軽く挨拶をして、斧を僕に向ける。
この二人知り合いか。まさか、双塔の連中はこれを見越して? ちと厄介だな。
「【魔王】を語るにしてはホラが過ぎる。証として――――――」
マスターが振り上げた斧は、竜が素手で止めた。
「その挨拶は当方がしたので結構かと」
「ああ、遠目で見ていた。だが、俺も何かせんと格好がつかん」
「マスター」
「ほう」
僕の声に彼は少し驚く。
「僕とあんたは知らない仲じゃない。あんたは覚えちゃいないだろうが、僕は覚えている。世話になった事も、迷惑かけられた事もある」
主にフワフワパンの件で。
「俺をそう呼ぶという事は、冒険者か? なら再生点を見せろ」
言われると思って一応持って来た。
もう無用の小物になってしまった容器をマスターに見せる。
「何だ、これは」
本来は、赤と青。もしくは無色透明であるはずの容器の液体は、真っ黒に染まっていた。
「少し前から、どうやってもこうなる。同時に再生点の効果も失った」
組合長もお手上げの前例のない症状だ。
今の僕は、人並み以上に頑丈で強くなったが、前のように再生点を利用して傷は治らない。同時に魔法に対しても強い耐性を得ていた。それはつまり、回復魔法も効かないという事だ。
一度でも致命傷を負えば、そのまま死ぬ。
いや、致命傷を負ったら普通死ぬのが当たり前であるか。
竜は間近に寄って、僕の再生点を見つめる。
「魔法を超えた奇跡、故に法魔と謳われたガルヴィングの再生点を受け付けないとは。いえ、拒否された理由は一つだけでございます。再生点よりも強い奇跡の力を、“常に、今も、発動させている。”」
言うべきとしてここに来たが、いざ口にすると少し迷いが生まれる。
交渉が破談になったら、この二人を消さなければならないからだ。竜は知ったこっちゃないが、マスターには少しだけ情がある。
ま、言うが。言わないと話が進まない。
「この草原で一人、街で一人、獣狩りの王子を滅ぼした。数多の騎士と獣を消した。その手段の一つが、この【劫火】だ」
右手に火を生み出す。
停滞状態の今は無色の火と言えばよいのか、色のない熱量の揺らぎが浮かぶ。
「お………………おお、これは、これこそは、根源の火ッ」
竜は歓声を上げて両手を僕の手に重ね。人の口では考えられない大口を開け―――――火を、僕の腕を食おうとしたので、顔面に蹴りを入れた。
「ぎゃふッ」
小柄な少女を足蹴にして、心は特に痛まなかった。
「ステラ、俺にはさっぱり理解できん。この揺らぎは何だ? 魔法なのか? 何も感じぬぞ」
竜はノーダメージの様子でマスターに答える。
「ジュミクラの人間には理解できませんか。これは、根源の火。炎術の始原にして原初の種火。“あらゆるモノの始まりだからこそ、全てを生み出せる。全てを組み換えられる。”最初の奇跡にして魔となった法。それを、人間如きがどうやって【加工】したのか。工程が複雑怪奇過ぎて、当方にも理解できません。あまりにも未知の存在なので、つい食べそうになりました」
「次やったら蹴りじゃすまないぞ」
「了解でございます」
結構、怖かったんだからな。
「なるほど、根源の火。【劫火】か。………………さっぱりわからん」
マスターの意見には僕も賛成だ。
使っていて何だが、僕も理解できていない。わかるのは、
「マスター。この【劫火】は、強い力を燃やす。モンスター、魔法、奇跡、呪い。獣のような強い力は、それこそ相手が一瞬で灰になるほど燃やせる。そこの竜の言葉を借りれば、“相手の力を火に変換する”、と言えば良いのだろうか。つまりは、カウンター技だ」
といっても、万能ではない。
最近戦ったミイラ天使のような超常の存在は焼けるが、ダンジョン豚のような純粋な生物は焼けない。当たり前だが、矢に鉄砲、剣に槍も防げない。ただ強いだけの人間もしかり。
黒い竜曰く。
この火で世界を焼き尽くせると言うが、僕には目に映る他の奇跡を焼く程度にしか扱えない。豚が真珠を手にしたのだろうな、これは。
「いまだ理解できんが、ステラが言うのであれば【獣】を殺しきれる力なのだろう」
僕は火を消す。
「もうちょっと観察したかったのですが」
切なそうな竜は無視して、マスターと話を進めた。
「僕が【魔王】を語る者と信じてもらえたか?」
「本物とは言わないのだな」
「本物とは言わない。魔王は死んだ。ここにいるのは亡霊に過ぎない」
「なら語れ、俺は酒場を営んでいた。亡霊の話でも聞いてやろう」
鎧背部のマウントから二丁の銃を取り出す。
王子の私兵が使っていたマスケット銃の改良品。小型化しつつ耐久性も上げた代物。
「エリュシオンが配備するであろう銃だ。弾と火薬、各200発分つける。この銃を参考に、『耐弾魔法』を作ってくれ」
「銃に対抗する魔法か。銃本体はともかく、弾と火薬ありは初めて見るな」
マスターは難しい表情でモヒカンを整えた。
「これが銃ですか、現物を見るのは初めてでございます」
竜は銃口を覗き込んで言う。良い子は絶対真似してはいけない。
「ホーエンス、可能か?」
ジュミクラが難しい顔をしているので、ホーエンスの竜に聞く。
「可能です。矢避けの魔法の応用かつ、人間の反射神経を考慮しないで小さい飛翔体を迎撃する術。いくらでもありますね」
「銃のサイズや、弾の大型化も考慮してくれ」
「問題ないです。むしろ、大きい方が落としやすいかと」
「で、ジュミクラは?」
あまり期待はしていないけど。
「わからん。俺は術の開発は素人だ。腕っぷしを買われてここに来ただけだ」
予想通り。
「では、ホーエンスが開発して、ジュミクラが広める。これは可能か?」
「可能だ。ホーエンスがジュミクラに物を教える器量があるなら、だが」
そこは問題点だが、竜は簡単に言う。
「できます。ホーエンスは才人揃いですので、馬鹿にモノを教えられる人材もいます」
「その物言いだから、俺らの軋轢は埋まらんのだ」
だろうな。この短い時間で十分実感できた。
「ジュミクラのレベルが低すぎるのです。早く人間に近付いて欲しいでございます」
「大昔の会合で、ジュミクラのお偉いさんを『虫』と言ったな。ホーエンスは」
「らしいですね。当方、つまらない人間の争いには興味ないです」
「あの争いの結果、お前らが白化させた森の事くらいは興味を持て」
「あの程度の魔法で白く死ぬ森が悪いかと」
「だからなぁ」
指を鳴らして話を止める。
「もう一度聞く。可能なんだな?」
「可能だ」
「可能です」
で、とマスターは聞いてくる。
「何故、『耐弾魔法』など必要なのだ?」
「エリュシオンと密かに不可侵条約を結んだ。五十年は軍事侵攻しない」
「それはない」
「ですね」
マスターと竜は当然のように言った。
当たりである。
「ああ、そうだ。もう破ろうと動いている」
マリアがその動きを掴んだ。
「【獣】に対しては防御策がある」
僕という存在と、魚人により船舶の拿捕という手段だ。
「しかし、エリュシオンもそれをわかって、雇い入れた傭兵を銃で武装させてこの大陸に潜ませている」
「それが何か?」
他人事のように竜は言う。
「ホーエンス、ジュミクラは中立です。どのような戦乱も知った事ではない」
僕は銃を手にして、弾と火薬の入った薬包を口で破る。銃口に火薬を注ぎ、弾を落とした。銃の差し込み棒で弾を押し込んで、竜に向かって銃を撃つ。
やかましいクラッカー音が草原に響く。
「この銃声の中、魔法使いは神に謳えるか?」
「………………」
竜は小指で弾丸を止めていた。止めて、割と痛がっていた。
マスターは銃を手に取り、空に向かって引き金を引く。
「これで人が殺せるのか。それに音。………ステラ、『魔法騙し』を知っているな?」
「愚問です。右大陸の南にある『渇木』から採れる木の実ですね。昔、ホーエンスでも訓練に使っていました」
「木の実?」
門外漢の僕の疑問に、マスターが答える。
「『魔法騙し』は、大きな音を立てて破裂する。昔はこれで詠唱の邪魔をした」
「と言っても、昔の事でございます。『魔法騙し』は『こけおどし』。ホーエンスでは、いかなる妨害でも問題なく詠唱できるよう完璧に訓練させています。ジュミクラは知りませんが」
「うちは、まあ希望者のみだな」
「そういう、甘さが―――――」
「組織批判は後で頼む。で、マスター何が言いたい?」
彼は何か察した様子だ。
「レムリアが銃を厳重に封印したのは、エリュシオンの要請があったからだ。ドワーフの事故や、ダンジョン内での事故も含め。当然の処置だと思っていた。いざ目の当たりにして理解した。レムリアの思惑は別にあった。こいつの威力、音、これは魔法使いの天敵になる。あの野郎、ジュミクラや、ホーエンスを占領する為に隠していたな。どうだステラ、流石のホーエンスでも堪えるだろ?」
「………距離にもよるかと」
堪える反応だな。
「法魔ガルヴィングですら、天の雷を恐れたという。なるほど、ありゃ雷の威力というより音を恐れたのだな」
「面白い仮説です。メモメモ」
竜はどこからか紙の束を取り出し、スラスラをマスターの言葉を書き記す。チラッと見えたメモには、『美味しい根菜の育て方』とあった。
「で、お二方は協力してくれるのか?」
二人とも学者肌なので話がよくそれる。
「思惑と言えば、魔王の亡霊よ。貴様の思惑は何だ?」
「僕の思惑?」
そりゃシンプルだが、そのまま口にしたら全部ご破綻になる。
こういう時の方法は一つ。
「右大陸の為、民の為、エリュシオンの蛮行を止める為、正義の為だ」
見え透いた嘘を吐く。そうすると、人は複雑な思惑を想像してしまう。好きなだけ想像すると良い。僕の目的は変わらない。
「貴様の悪行、俺が知らぬとでも?」
「所詮、噂だ」
「王子殺しが真実として、“王殺し”の方はどうだ?」
「へぇ」
こいつやはり、レムリア王の凶行を察知していたな。
でもそりゃ悪手だ。
「僕が王殺しなのか否か、答えても良いが、あんたに聞きたい事がある」
「俺に?」
極々簡単な男らしい事情だ。
「あんたは、レムリア王を止める事ができる人物だった。投獄されたという噂を信じ、牢の地獄を見て、僕はあんたが果敢に立ち向かい、捕らえられ、獄死したと思い込んでいた」
僕は今のマスターを信用していない。臆病者は信用できない。
だから抉らせてもらう。
人を信用するには、相手の恥を知るのが一番。
懐かしい我が神のありがたい言葉だ。
「その実は違った。戦いもせず国から逃げ出した。なあ、マスター。高名な冒険者、ラスタ・オル・ラズヴァよ。あんたにも色々と事情があるのだろう。仲間を守る為か、恋人でも人質にとられたのか、あのハゲに弱みでも掴まれていたのか。でもさ、僕は率直にこう思う。………………男として恥ずかしくないのか?」
空に暗雲が広がっていた。
空気がピリピリと張り詰める。気配の元は、モヒカンの冒険者。表情が固まり眉一つ動かさない。
僕はどちらに転んでも良い。
こいつらに頼んだ『耐弾魔法』の件も、魔王様とゴブリンが内々に進めている。ホーエンスの実力がなくとも、ジュミクラの拡散力がなくとも、どうとでも広めて銃を陳腐化してやる。
で、あるからこそ。
この件はうやむやにできない。
「答えろ。マスター」
「………………やれやれ」
マスターはそっぽを向いて座り込んだ。少し考え込んで口を開く。
「答えてやろう。だから貴様も必ず答えろ」
「了解だ」
「何をどう話しても言い訳になる。が、まあ、それが事実だ。よく聞け、レムリア王の正体を今から話す。冒険者の王と謳われた男の正体を――――――」
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