<第一章:双塔より来たる> 【03】


【03】


 この世界の魔法には、大きく分けて二つの派閥がある。

 魔法とは人の営みに添うものである、と謳う。ジュミクラ学派。

 魔法とは人の域を超えた破壊である、と謳う。ホーエンス学派。


 レムリアの遥か北東、そこには白く枯れた森がある。生命の感じない白さの中に、巨大な土色の塔があった。

【土塊の塔】と呼ばれるジュミクラ学派の学び舎は、入り口が広く、年齢、性別、才能、出自、種族、“如何なる理由があっても何者も拒まない”。

 歴史に名を遺す魔法使いこそ少ないが、世の魔法使いの7割以上がジュミクラで学んだという。

 ただこれ、明かりが欲しい司書や学者であったり、魔法で悪い事を考える犯罪者や、家事の為に日帰りで魔法を覚えに来た主婦なども含まれる。

 尚、犯罪に走る魔法使いの8割がジュミクラと言われている。

 少しばかりの学と才能があれば、“魔法を習得させてしまう”のが、ジュミクラの良いところであり悪いところだ。

 つまり、ジュミクラで学んだ事はステータスにならない。魔法の強さもピンキリ。

 しかし、数は本当に多い。

 冒険者となる魔法使いもジュミクラが過半数を占める。ジュミクラで学んだという冒険者の繋がりは、それだけで大きな組織だ。

 ある行方不明になった高名な冒険者も、ジュミクラで学んだと聞いた。

 もしやと探りを入れたところ、彼と関りのある冒険者がレムリア王の凶行辺りに忽然と姿を消している。

 消された可能性は高いが、店から消えた品が気になる。


 さておき、もう一つ。


 レムリアの遥か北西、モジュバフル大洋に面した絶壁の断崖。そこには巨大な灯台がある。

 名高いホーエンス学派の中でも、狂気の隔離室と称された【監禁図書館】を有する【淵見守りの灯台】である。

 ホーエンス学派とは、とてもシンプルな魔法使いの学び舎だ。

『才ある者を求める』

 以上である。

 しかし、非情な落とし穴が存在する。

 ホーエンスに迎えられる才能があっても、“出て行く才能がなければ”人権を無視した恐ろしい学習に耐えられず、発狂して廃人になるか、神を賛美するだけのデクに成り果てる。

 まともな人間ならホーエンスなどに関わらない。

 が、大なり小なりおかしい者ほど、ホーエンスに、力に惹かれる。

 強き力を。

 魔道の極致を。

 己の手に神の御業を。

 奇跡に惹かれ憑かれた者の集団。それが、ホーエンスの魔法使いだ。

 全てが異常な魔道の使い手であり、狭き門の更に狭い出口を生きて出た者は、全てが賞賛に値する魔法使いといえる。

 その中でも、更に名高い称号を持つ者など。百年に一人の逸材だ。

 そんな逸材を三人も知っているが、ホーエンスの内部は何も知らない。三人とも話題にすらしなかった。

 昔、義妹がうっかり話題にしてしまい。死んだ目で急に無言になったラナを覚えている。


 さて、


 今日、今から、ジュミクラとホーエンスの代表に会う。

 昨日朝一で黒兎を使って手紙を送ったところ、ホーエンスは昼、ジュミクラは夕方に返事をよこした。両方とも『すぐ会いたい』との事。

 早過ぎる返事は、奴らが機会をうかがっていた証だ。

 流石にトップが出てくる事はないだろう。代理人をよこすはずだ。

「どんな奴らか気になるな」

『一筋縄ではいかぬ人間であろう』

 ガンメリーの返事。

 僕は、時雨の弁当をパクつきながら草原を歩く。昼食の弁当はホットサンドだ。

 具は豚レバーとチーズ&オクラ。二枚の食パンにガーリックバターとマスタードを塗って、具を挟んで熱したフライパンの裏で挟む。

 これを三つ作ってもらった。

 時雨に強く言って少なくしてもらった。

 言わなかったら、食パン一斤分のホットサンドが弁当になっただろう。僕の飯など片手間で良いのだが、そこのところを一度話し合った方が良いか。

 待ち合わせ場所は、見晴らしの良いレムリア草原を選んだ。

 お互いに伏兵を隠せない場所。会合には良い場所だと思う。

『新しいアーマーはどうであるか?』

「良いな。前よりずっと良い」

 ガンメリーの鎧は、前回に比べて軽く動きやすい。

 全体が蛇腹状の装甲であり、関節の可動範囲も広くスムーズに動く。肩の装甲もすっきりと削った為、前のように兜が引っかかって後ろを向けない事もない。

『前バージョンより装甲面積は20%減少したが、全体強度は10%アップした。運動性に至っては30%上昇している』

「動きやすいのは助かる。ダンジョン探索のほとんどは移動だからな」

 前の鎧は、パワーアシスト機能があっても歩くだけで疲労が蓄積した。それでいて、二回の戦闘で全損だ。ちょっと雪風とドワーフの技術力を疑ってしまった。

 今回は期待できる。

『装甲は、差し込み構造で全て着脱式である。試験的な装備の為、接合部分の強度は戦闘中取得する。同じ個所のダメージは極力避けるのだ』

「了解だ」

 なるほど。破損時に分離しやすくしたのか。

『バランサーと歩行補助の機能は問題ないか?』

「歩行補助は問題ない。バランサーは、やはり戦闘してみないと何ともだな」

『“アタッチメント”も慣れが必要であるな』

 この鎧の新しい特徴は、“尻尾”だ。尻尾があるのだ。

 鎧部分と同じ蛇腹装甲で先端が鋭利な尻尾だ。これが移動と同時に動いて、足腰の負担を和らげている。

 戦闘時には攻撃や、回避の補助も行えるとの話。

「偽装も出来て一石二鳥だ」

『確かに、獣人に見えるであるな。フルプレートの獣人とは、それはそれで目立つ気もするが』

 ホットサンドを食べきって、水筒の豆茶で喉を潤す。

 バイザーを下げてモニターを起動。周辺に生物の反応はなし。

 目的地に到着した。

 何もない草原である。

「時間はあっているよな?」

『レムリアの鐘が、丁度昼を告げる』

 遠くで正体不明の鐘が鳴る。

 ゴーン、ゴーン、と昼を告げ、鳴り終わると―――――――

『接近警報』

「どこだ?」

 モニターには表示されていない。

『上空だ』

 いや、表示されていた。僕と重なっている。

 周囲に影が差す。

 強風に巻き上げられてポンチョがはためく。

 遥か上空から迫り降り立ってくる巨影。それは、灰色の竜だった。

 白鱗公より二回りは大きい竜が、鋭い爪を突き出し僕に向かって落ちてくる。圧倒的な質量差。虫のように潰される三秒前。

『戦闘モード起動。対ショック機能――――――』

「いらん」

『ラジャ』

 剣の柄に手を置く。握りは軽く柔らかく。

 そういえば昔、今よりも未熟な状態で竜に斬りかかっていた。思えば無謀で命知らずな戦い方だった。

 あの時はあの時、今は違う。

 己の程度は理解している。その程度には錬り上がった、はず。

 眼前に爪が迫る瞬間、世界から色が失せた。全てがゆっくりと流れた。意識が加速して時間を追い越す。

 完全に時が止まる。

 意識も止まり、何もかもが消えて、生まれた空白に銀色の閃きを見出す。

 目を閉じて、開くと、ガンメリーの装甲越しに横風を感じた。

 僕の右手には抜き放たれた剣、空中には回る巨大な爪、地上には草原を荒らしながら着地する竜。

 できそうとは思っていたが、この剣でも居抜きができた。

 爪は遠くに落ち、僕は剣の切っ先を竜に向ける。

 灰色の竜は思ったよりも静かに佇み、

「なるほど」

 声を上げ、旋風を起こして姿を隠す。風が収まると、

「書面で【魔王】を名乗る程度には本物ですね」

 現れたのは、少し乱れた三つ編みの赤毛の少女。耳も尻尾もないヒームで、大きい眼鏡に事務服姿。竜の偽姿にしては花がなく野暮ったい姿だ。

「挨拶が済んだのなら、名乗れ」

「これは失礼をば。当方は、ステラ・オル・ジェルミディア。ホーエンス【監禁図書館】の司書を勤めております。多忙な館長、司書長に代わり、今日この場に参上致しましたでございます」

 感情の欠片もない声音が響く。

 竜が司書とは、流石ホーエンス。驚きだ。

「そいつはどうも、ご足労を。僕の名はアッシュ。一時期、魔王と謳われた者だ」

「素顔を晒すのが礼儀では?」

「断る。死者の顔を見ても得はないぞ」

「なるほど、良いでございます。魔王を語る者よ」

 声に感情の動きはないが、赤毛の片頬は不快感と怒りで吊り上がっていた。

 顔に出るタイプだ。

「当方の興味は、死した魔王が今更魔法使いに何の用があるのか、という一点のみ。いずれ当方が書き上げる。ヴィンドオブニクルを超える傑作冒険小説に、逸話の一つとして書き記させて頂きます」

「あ………はい」

 こいつ僕を話のネタにしたくて現れたのか?

 いやマズい。

「今、表に出されては困る話なんだが」

「ご安心をば。今現在、情報を収集しつつタイトルを思案しているところ。完成は、まだ先になるかと」

「先って、いつ頃で?」

「先は先でございます」

 待てよ。何か引っかかるな。

「タイトルを思案してると言ったが、何年くらい考え中だ?」

「60年ですが、何か?」

 あ、これ構想と情報集めだけで完成しないやつだ。問題ないな。

「まあ………了解した。ジュミクラの人間が到着次第、話に入る。もうしばら―――――――」

 気配を感じた。竜よりも堂々とした気配を。

 草原を歩いてくるのは、筋骨隆々の大柄な男。古びた革の鎧に赤いマント。特徴的なのは、大きなモヒカン頭だ。

 店に飾っていたバトルアックスを肩に担いでいる。僕らが彼の店を漁った時に見つからなかった品の一つ。

 歩いてくる男の名は、ラスタ・オル・ラズヴァ。

 旧レムリア国営酒場【猛牛と銀の狐亭】のマスター。レムリア王の従兄弟であり、世界中に冒険譚を残す名うて冒険者。

 やはり、生きていたか。

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