<第一章:双塔より来たる> 【01】
【01】
「痛っ」
脇腹が痛い。食い過ぎた。
食器を洗って片付け、キッチンの隣部屋に。
六畳一間にベッドと机、収納箱が一つ。それが僕の部屋。もっと広くできると言われたが、これで十分と言った。これでも贅沢なくらいだ。
ベルトを外して鞘ごと剣を置く。少ない手荷物は収納に入れた。バックパックとガンメリー、他のかさ張る物は工房に置いてきた。
ベッドに横になる。
疲れた。
体が痛みで熱っぽい。
今回もかなり無茶した。結構、死にかけた。いや、本当にやばかった。
ガンメリーの戦闘データを見られたら、あいつに怒鳴られるので逃げてきたのだ。
ダンジョンから帰った日くらいゆっくり寝――――――
(開けろコラァァァァァ!)
小声で人を怒鳴りつけるという特技で、妹が部屋の外から僕を呼ぶ。
「開いてるぞ、雪風」
「エチケットよ」
ガチャリ戸を開けて妹が現れる。
大きい鞄を手にした、艶めいた黒髪ロングの冷たい女。スレンダーな体に、背中の開いた黒衣のドレスを着ている。本人は知ってか知らずか、それは最北にある亡国の王女の衣装だ。
不思議な事に、これはレムリアの女性大臣の伝統衣装だとか。
「悪かった。また装備を全損させて」
「そこじゃない」
妹は、無遠慮に椅子に腰かけ足を組む。
「帰還予定日を五日も過ぎたからか?」
「それはあるけど、あんたジュミクラの健診逃げたでしょ?」
僕は、個人でダンジョンに潜る冒険者だ。特例であるが故に、色々と制約も多い。帰還した後、入念な検査を受けるのも制約の一つだが、
「回収した素材の検査に時間をとられた。夜も更けたから、健診は明日に回しただけだ」
ということで、逃げ―――――
「あらそう。明日ここに治療術師呼んだから、健診受けなさい」
「………………」
流石我が妹。
「受けろ」
「………………はい」
参ったね。
「ああそうだ。ガンメリーだけど、アーマーだけなら明日中に用意できるわ」
「早いな」
「あんたがダンジョンにいる間に用意しておいたの。ドワーフの協力もあって、四機分作れたわ。あの人達凄いわね。小一時間でフルプレートを作り上げるのよ。手作業に拘ると思ったけど、工作機械も柔軟に使うし。機関や装置の仕組みの理解力も高い。何よりも技術の吸収力が異常に高いわね。まるで、初めてじゃないみたいな。そんな雰囲気すら感じる」
大事故により少数民族となったドワーフは、今はほとんどがレムリアに居を移している。彼らの工房を取り仕切っているのが、この妹。こいつは現代から持ち込んだ技術の多くを、ドワーフに惜しげもなく伝えている。
僕が企業から受けた『技術特異点を伝えるな』という御達しは、妹には関係ないらしい。
どのみち、敵に滅ぼされたら何も残らない。使える物を全て使って備えるのは罪ではない。
「武装は?」
「それは三日くらいね。ガンメリーの要望が多いから」
「武装はなくても問題ない。アーマーだけ用意してくれ」
「はあ? それじゃどうするんのよ。戦えないでしょ」
「剣一つ、身一つあれば十分だ」
奥の手もあるが。
「冗談は止めて」
「冗談じゃない。てかな、いるんだよ。実際に剣一つでダンジョンを百階層以上降りた奴が」
「冒険者の名声なんて尾ヒレに翼や角まで生えるでしょ。嘘よ、嘘。それか人に言えない隠し手を持っていたか」
剣を見て、その持ち主を思い出す。
「いや、そんな事は」
ない、とは断言できない。
「あんたさ。その剣一つでダンジョン潜った冒険者に、ライバル意識向けてるから十分なサポートを受けずにダンジョンに潜るって言うの? それで死んだら馬鹿じゃない? 用意できる物を全て使って、利用できる者は何でも使うのが冒険者でしょ? なーにを今更、格好付けてるのよ。バーカ」
女って奴は、こういうところが本当に現実的だ。少しくらい浪漫を理解してほしい。
「………………」
あ、やばい。でも何も反論できない。
「そもそも、十全な装備で挑んだ今回の冒険。何階層まで行けたの?」
「四十九階層」
結局、羽虫の大群を半分ほど滅して逃げ出した。
「前は四十七階層だっけ?」
「そうだ」
一人でダンジョンに挑戦してからは困難しかないが、四十五階層から尋常じゃない難易度になっている。敵は常に大群で来るし、どれもこれも他の階層の番人並みに強い。ギミックもいやらしいモノばかり。
「ダメじゃない」
「はい、そうです」
「で?」
「………………用意してくれ」
「あ゛?」
「武装を用意してください」
「はい、よろしい」
僕は、妹に口喧嘩で勝った事がない。
「ガンメリーの戦闘データ、ちょっとだけ覗いたけど。試してみたい物があるのよね。手に入れたアレ渡して」
「あいよ」
野戦服の胸ポケットから、今回の冒険で回収できた素材を取り出す。
あの光る羽虫の羽根。軽く指で弾くと、翔光石より眩く光る。
「キレイね。冒険者組合は幾らの値を付けたの?」
「銅貨一枚。用途が光源くらいしかないとさ」
「そりゃそうね。でも、これで飛んでる奴がいたのでしょ?」
「いた」
「状況データを再現すれば、浮遊は可能かもね。やってみるわ」
妹は、鞄から瓶を取り出して羽根をしまう。それから、別の物を鞄から取り出す。
「新しい腕よ。半日くらい慣らして、違和感や痛みがあるなら取り換える」
新品の義手だ。
色は素材そのままの鈍い銀色。金属の関節部分は蛇腹状になっている。五指の表面は木製で爪の模様が彫られていた。壊れた戦闘用の物より細く繊細な造形。
工具も取り出し、妹は髪を結んでベッドに腰かけた。
息がかかる距離で、肩の接合部に触れる。小さい金属音と部品の外れる音が静かに響く。
何か、こう、妹が近い事と妙に緊張する。
「ああよかった。丸ごと持ってきて正解だわ。中の部品が溶解して張り付いている。こりゃ廃棄決定ね」
声は割と嬉しそうである。
「壊しても怒らないのだな」
「道具は壊れる物ってね、あたしの師匠の教え。人間の代わりに壊れたなら、むしろ誇るべき」
「なるほどねぇ」
僕がいない間に色々あったのだろうな。………………滅茶苦茶気になる。だが何か聞きづらい。
こういう時は別の話題だ。
「この国はどうだ? “王女の相談役”として何か問題はないか?」
「まあ、そうね………………」
妹は考え込む。その間も作業の手は止まらない。
「一個だけ問題があるわ。でも、あんたに言ってもさぁ」
「わからんぞ! お兄ちゃんに任せなさい!」
「誰が“お兄ちゃん”だ?! あたしはまだ認めてないからね!」
「テュテュ達が起きるから声落とせ」
「………はいはい」
ガシャンと肩が鳴る。壊れた義手が肩から外れ、新たな義手が付けられた。妹は細かい部品で接合にかかる。
「はっきり言うけど、金がない」
「一大事じゃないか」
財政難が発覚した。
街は景気が良さそうに見えるのに、なんてこったい。
「新しい種族が国に増えたでしょ? ドワーフにせよ、ゴブリンにせよ、魚人にせよ。彼らとの取引って安定するまで国費でまかなう予定だったのだけど。これがちょっと問題なのよ」
「お前の工房も、ゴブリンの宅配業や、魚人の海産物販売だって上手く行っていると聞いたが?」
「商売は上手く行っているの。でも、この三種族ね。儲けた金を街に落としてないのよ。落とすような店を用意できてないのが問題ね。他種族を信用してないから、使うより貯め込んでいる感じかしら」
妹の営業してるドワーフの工房は、高価ながらも質の良い武器防具で中級以上の冒険者に人気だ。初級で金のある冒険者も背伸びして購入している。
ゴブリンの宅配業も、街中なら早く正確に届き。時雨も店の出前に人を雇っている。
魚人との海産物の取引も、国をあげての事なので外からも商人がやって来る。
どれも商売は順調だと聞く。それが問題とは皮肉だ。
「良くないな」
「良くないわよ。彼らに信用される店を作って、人を教育して、金落としてもらって、その金で経済回して、国を潤して、それにはどーしても時間が必要。時間を得るためのお金が必要」
「幾らだ?」
「ざっと金貨――――――」
妹は指を三本立てて、見た事のないゼロの数を言った。
「このまま国から金が少なくなると、あれか何とかスパイラル」
「デフレね。金がなくなったら、売れない買わないの悪循環よ。物価の価値が下がるわ。下がったところを、余所の商人に安く買い漁られて国の価値あるものがスカスカになる、これは最悪の場合だけどね」
「金は増やせないのか?」
「新しい国が作った金貨は信用が薄いわ。間違いなく安く見られる。金符も同じ、あっちはもう紙切れ同然に扱われる。歴史の長い国の貨幣、エリュシオンが広めた金貨が必要なの」
「借金とか?」
「どこにするのよ? エリュシオンはず~っと沈黙しているのよ」
「中央の商会は?」
「更に無理。動乱時に、レムリア王が締め付けて財産没収した過去がある。毎日、毎日、その補償をしろって書状を焼いているのよ」
焼いてるのか。
我が妹ながら神経が太いな。
「あーもしかして、それ関係で他の商会からも」
「悪評広まっているわね」
親の罪は子に関係なし、とはいかない。
「金貸してくれそうなところは?」
「弱みを見せたらつけこまれる」
「新しい国の弱みだなぁ」
歴史の浅さは付き合いの浅さだ。どこも信用はできない。レムリア王が暴挙に出ていなければ、なんて思うは今更だな。
「ああ、忘れてた。新しい冒険者の教育費用や、ダンジョンでの救助費用、街で起こした事件の被害額の補填やらなんやらも」
「そこは忘れるなよ。一番大事だぞ」
「うっさいわね。誰かさんの冒険の準備が忙しいのよ。でもね、マキナの計算では、半年耐えれば新種族の儲けは潤沢に回るし、新人冒険者も育つ。それまでは………………預かっている冒険者の素材を担保に―――――――」
「おい、こら」
バレたら暴動だぞ。
「冗談よ、冗談。接続するわよ」
固定完了。そして妹は、バチーンと思いっ切り義手を叩く。
「ぃ、痛っうううう」
左手に叩かれた痛みが響く。痛みと同時に五指が動き出した。
「よし、しっかり繋がった」
「お、前よりレスポンスが良い。何か素材変えたか?」
握り拳を作っては開き、作っては開く。心なしか力強い気もした。
「あんたの脳みそが義手の疑似神経に慣れてきたのよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
人体って凄いもんだな。
妹は道具を片付けながら言った。
「その義手で力作業は駄目よ。自分の体重より重い物も持つな」
「了解」
「じゃ、あたし帰るわ。ところで、榛名と時雨はここよね?」
妹は地下を指した。
「そうだけど」
「もう一人は?」
「国後はエヴェッタさんのところだ」
「ああやっぱり、それも問題よね」
「問題か」
「問題よ」
確かに。
明日の健診逃げるなよ、と釘を刺して妹は帰って行った。抜かりのない女である。
新品の義手を確かめながら目を瞑る。
意識が消えるまで、まだ少し時間がかかるだろう。
さて、少し考えてみよう。
「金か」
案がないわけではない。
まあ、お兄ちゃんに任せなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます