<第一章:双塔より来たる>
《第一章:双塔より来たる》
街は変わった。
冒険者の王レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァの死と、魔王アッシュの動乱を経て、空白の王座に就いたのは、レムリア王の娘であるランシール王女。
この国は、近代の歴史では初となる獣人の王女が代表を務める王国となった。
この事実に、意外にも、かつての同盟国であるエリュシオンは沈黙を守る。かの国は獣人に対して並々ならぬ敵愾心を持っている。通常なら獣人の叛乱と見て遠征軍を差し向けるが、今回は何の動きも見せず、声明すらだしていない。
噂によると、既に派兵はしたが全滅したのだとか。
建国から生きる不死の王子が、この地で魔王に討たれたのだとか。
ただ単に、もうエリュシオンの国力は他国に向けるほど残っていないのだとか。
いつも通り噂は事欠かず。
その中にはいくつかの真実が含まれるが、その真実に辿り着く者はわずか。辿り着いたとて、信じる者がいなければ無意味である。
ともあれ、獣人の王女はさして抵抗もなく認められたが、別の問題が浮かぶ。
“女”が独り身で国を治めていることだ。
僕個人としては強い女を目の当たりにしてきたので、男尊女卑の感覚はないと勝手に思い込んでいた。しかし、あるところには根強くあるのが差別意識である。
『右大陸の歴史は、男が刻んできた。女に国の統治はできない』
そう声高らかに叫ぶ者が、もの凄く多かったのだ。
確かに間違っていない。
右大陸の歴史書を見れば、並ぶのは男の王ばかり。三人だけ女王がいたが、一人は四歳で病死。一人は十代で駆け落ちして行方不明。一人は悪政の限りを尽くし三国を崩壊させた後、エリュシオンの英雄に討伐された。
残念ながら、右大陸の民衆は女の王を好ましく見ていない。混乱が収まりつつある国で、民意を裏切るのはよろしくない。
考え抜いた末、王女の相談役は街にお布令を出す。
『“新たに”五十階層に到達した冒険者。かつ、ランシール王女の要望の品を持って来た者に、レムリアの王座を受け渡す』
新たに、というところがミソである。
前レムリアの体制は、老人を優遇し過ぎていた。語り継がれる名声は大事だが、新しい時代には新しい名声、新しい血が必要だ。
合わせて、ランシールは臨時の王であり、別の王を待っていると“思わせる”のが狙い。
このお布令は海を渡らせた。
そして、群島から中央大陸、左大陸まで届かせる。偶然にも発見された新航路により、レムリアには連日、新たな冒険者が集うようになった。
冒険者が集まれば、それ相手に商売をしようとする者も集まる。
人が人を呼び。復興した街は、国は、以前にも増して精強に動き出していた。
同時にトラブルも絶えないが、それはそれ、一介の冒険者に過ぎない僕には存ぜぬ事である。
「ただいま」
小さな声で帰宅を告げる。
ダンジョンから帰還したのは夕方だったが、そこから様々な検査や手続きを受けて、解放されたのは夜をとっぷり過ぎた後。
最近建て直した家は、倒壊した前の飯屋を改造して右隣にあった製麺所と合体させた。
従業員が増えたわけではないので、店の規模はそのまま隣はキッチン&生活スペースとして活用している。
左隣の調味料屋は最近営業を再開して、死んだ店主の娘と幼妻が交代で営んでいた。
鍵を閉めて、威嚇している駄犬の通り過ぎ店の奥に。
家は寝静まっていた。皆を起こさないよう地下に向かおうとしたら――――――
「パッパー!」
突然、小さい物体に襲われた。
腹に中々よい衝撃。帰る度に威力が増してる気がする。
「ただいま榛名」
「おきゃーり! おきゃーり!」
モフモフの尻尾をブンブン振って、フワフワ銀髪の獣人娘が迎えてくれた。
狐の獣耳、丸っこい瞳と整った鼻梁。幼くプニプニだが、母親譲りの美貌が垣間見える。眠っていたのか、寝巻き用のシンプルなワンピースを着ていた。
「静かに、時雨やテュテュが起きるだろ」
「おニャーちゃんもおきたよ」
「あいつ、明日も仕事で早いだろうに」
「パパだっこして!」
「はいはい」
榛名を抱える。片手で持ち上げるのが、ちょっと大変になってきた。
キッチンを横切り、更に奥、店の裏手側に行く。食材の木箱が並んだスペースに、こぢんまりとしたテーブルがある。
「あ、おかえり」
料理を運んでいるのは、榛名と同じ獣人の子供。
細長い尻尾と猫の獣耳、中性的な顔立ちとサラサラの黒髪ロング、きつい目付き、細っこい身体つき。
「ソーヤ。お腹減ってるだろ? 夜食用意したぞ」
「時雨、簡単なのでいいぞ」
と、毎回言っているのだが。
「わかってるって、簡単なの用意した」
僕はテーブルに着く。榛名は膝の上にのせた。
時雨は、大きいドンブリをテーブルに置いた。中は冷えたご飯だ。
「具は色々用意した」
小さい手が箸を使って、ご飯の上に具をのせる。
「鳥のささみ、魚卵の醤油漬け、甘辛く炒めた明星菜」
「明星菜?」
「群島から入ってきた野菜。縁起物だってさ」
輪切りの断面が星の形の野菜だ。
「あ、オクラか」
「へー、そういうんだ。あと、エルフニンニクの酢漬けと、キノコの味噌漬け、燻製玉子は何個入れる? 半熟だぞ。半熟」
「一個で大丈夫だ」
「あいよ。出汁は、魚の骨と干しキノコ。それにお茶用の豆を粉末にして混ぜた」
ドンブリの上に、熱々の出し汁がかけられる。
仕上げに胡麻をパラパラ撒いて完成。
「はい、簡単お茶漬け」
時雨特製、超豪華なお茶漬けの完成である。
ドンブリの上がドッタンバッタンお祭り騒ぎだ。
「簡単ではない」
「全部余り物だから簡単だ」
「いや、時雨な。お茶漬けってのは、具は一品か二品のシンプルな料理で」
時雨は、幼いながらも飯屋を営むくらい料理の腕は良いのに、たまにやらかす。大体、僕が食う料理なので良いといえば良いが。
「なんだよぉ、文句は食べてから言えよぉ」
「わかった。わかった」
スプーンを使い出汁でほぐれた米をすくって口に運ぶ。
魚の風味と豆茶の香りで米が進む。味噌漬けのキノコを一緒に口に含むと、シャキシャキとした触感と強めの味噌味でお米が更に進む。
「美味い」
「だろ~」
得意げな時雨。
燻製玉子を一口で食べた。トロッとした半熟の黄味が口中に広がる。しっかりとした醤油味で、サラサラとご飯が流れる。
味付けの濃いおかずを口にしたら、ニンニクの酢漬けで口をさっぱりさせる。甘辛く炒めたオクラもこれだけで美味いと思う。
鳥のささみは今一だったが、魚卵や良し。胡麻も良いアクセントだ。
次々と別の味が通り過ぎるお茶漬けである。
しかし、
「量がな」
成人男性の三人前はある。冒険帰りで空腹だが、ちょっと腹を膨らませたくない理由がある。
「エヴェッタさんなら余裕で食べるけど」
「彼女は一番基準にしてはいけない」
僕の胃は宇宙ではない。
「榛名、ちょっと手伝ってくれ」
夜遅くに悪いけど、育ち盛りの榛名なら食べて問題はない。
「スャァスゥ」
榛名は丸くなって熟睡していた。
「シグレー、明日も早いニャ。そろそろ寝なさーい」
と、地下から声。
現れたのは、時雨の母親。金髪ロングの猫の獣人。小柄で若く、経産婦なのがいまだに信じられない。
「あら、ソーヤさんおかえりニャ」
「ただいま」
近付いて来たテュテュに耳にキスをされた。彼女の獣耳にキスを返す。お風呂上りの石鹸の匂いがした。
「あまり無理はしないでくださいニャ」
「はいよ」
テュテュは、慣れた様子で榛名を抱える。
「ほら、シグレも寝るニャ」
「わかったよ。かーちゃん」
テュテュに続いて時雨も地下の寝床に戻った。
何故か知らないが、三人の後姿を見て胸にちくりとした痛み。
何故かわからないが、仲睦まじい姿を見ると最近胸が痛むのだ。よくわからないのだが、考えようとするとゴチャっとした感情が湧きそうで、忘れるようにしている。
うん、そうだ。
今できる事を一つずつ片付けよう。それに集中しよう。
「差し迫って」
目の前のお茶漬けか。
食べても食べても驚くほど減らない。
「ばふ」
駄犬がよこせと鳴いたが、無視して無心で食べ続けた。
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