<終章>

 

<終章>


「だ、ダンジョンに潜りたい! 手続きをお願いします!」

 息を切らしながら、組合の女性に食い付くように叫んだ。

 ダンジョン一階層の冒険者組合の受付は、少し前に比べて大分綺麗に片付いている。今日も新たな冒険者達を受付、多くの指導係が新人冒険者を怒鳴り散らしていた。

「はい、分かりました。必要書類に記入を」

 受付の女性は知り合いだった。

 頭に二本の角がある無表情な女性。スレンダーな体形で、長い銀髪が素敵である。受付のカウンターには揺り籠が置かれてあり、黒髪の赤子がスヤスヤと眠っていた。

「撫でますか?」

「僕が触るとギャン泣きするから結構だ」

 というか、国後の奴はエヴェッタさんと時雨以外が触ると大泣きする。

 書類に走り書きで記入。

「頼む」

 急かすようにエヴェッタさんに書類を渡した。

「では確認を」

 慣れた手つきでエヴェッタさんは書類を確認。片手で揺り籠を揺らしている。

「口頭でいくつか質問があります。あなたの人となりは知っていますので、形式的なものですけど」

「はい」

「お名前は『ソーヤ』で、間違いないですね」

「はい」

「契約した神は、『ミスラニカ』と。悪い意味で一部の方に知られた名前ですが、良いのですか?」

「問題ない」

「前職は………………ええと、これは何だか」

 色々だ。【傭兵】、【冒険者】、【諸王の臣下】、【騎士】、【簒奪者】、それに【エルフの夫】と書いた。面倒なので全部思いつく限り書いた。嘘を考えるのも面倒だった。

「書類に残すと面倒になるので、全部消して『無職』にしておきます」

「お願いします」

 問題ない。

「特定の種族、宗派、国に対し憎悪、嫌悪、敵意を持っていますか? また敵対され――――」

「はいッ!」

「何故に元気な返事を。仲間集めの時に苦労しますよ?」

「全然問題ない」

「今後、同じ質問をされたら嘘でも『ない』と答えましょう」

「理解した」

 そういう嘘は大事だ。

「ダンジョンに潜った経験は、ありますね。新人講習はなしっと」

 エヴェッタさんは書類に〇を付けて行く。

「基本装備の配給も必要なし。再生点の加護もすでに受けている。他、諸々の手続きは不要」

 全て問題ないはずだ。

「なっ、貴様ここで何を?!」

 エヴェッタさんの背後から組合長が現れた。僕を見てギョッとしている。

「今から冒険者になる。というか、冒険者に戻る」

「姿を隠すと言ったのは貴様だろ?! 目立つ事は控えると自分で言っておいてッ」

「安心しろ目立たず。密やかにダンジョンに潜る」

「まるで信用できん」

「まあ、いざという時は火消し頼む」

「ぐッ、こ、この」

 憤慨して組合長は去って行った。

「組合長はお怒りですが、冒険者の門は広いので問題なしです。レムリア冒険者組合へようこそ。今からあなたは冒険者です」

 よし、三度冒険者になれた。

 もう慣れたものだ。

「ああ、大事な質問を忘れていました。当ダンジョンには、どのような目的で訪れましたか?」

「人探しだ」

「人探しですか、どのような方ですか?」

「女。というか妻だ」

「初耳ですが、あなた結婚を?」

 レアなエヴェッタさんの驚き顔が見れた。

「してる。ランシールとテュテュには悪いがしてる」

「後で子供達にも謝罪しておくように」

「土下座する」

「ですが、ダンジョンでの人探しという事は、その人はもう」

 普通ならそうだ。死体すら残らないのが普通だ。

 しかし、

「彼女は生きている。生きて僕を待っている」

「………そうですか。あなたの時間と冒険です。理由に口を出す事は出来ません」

 エヴェッタさんからすれば、僕は気の狂った哀れな男に見えるのだろう。

 けれども違うのだ。

 あいつが簡単に死ぬ女じゃない事は僕が一番知っている。生きているに決まっている。大炎術師様のお墨付きもある。絶対に生きて僕を待っている。探し出してやる。

 エヴェッタさんが手を差し出す。

 握手を交わした。

「不思議ですね。前にこんな事があったような」

「あったよ。皆忘れているだろうけど」

「え?」

「世迷い事だ。忘れてくれ」

「いえ、忘れません。この懐かしさは二度と忘れません」

 我が神の教えが身に染みる。

 報いる為にも、僕は生きなければならない。生きて、生きて、必ずラナを連れ帰る。死ぬのはその後で十分だ。

「では、良い冒険を。でも、子供達の事を忘れないように」

「分かった。ありがとう。………………行ってきます」

「行ってらっしゃい」


<終>

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