<第五章:簒奪者> 【04】
【04】
僕が王殺しを告白して二日。
「ソーヤさんを討伐しようと、現在56のパーティが組合に申請を出しています」
「思ったよりも―――――」
少ないのか?
「水面下では暗殺計画も動いていますが、そちらは冒険者組合に察知され次第、端から端までズズズイ~と捕縛されていますね」
「そりゃ、【暗殺】は冒険者の所業ではないからな」
一応、僕はエリュシオンの貴族であり。私怨から法王を手にかけ、邪魔になったレムリア王も黒い竜を使役して殺害した。
という筋書きだ。
半分以上真実な気もするが、冒険者としてではなく。一個人として王を殺した。そして正式に冒険者組合が僕の討伐依頼を張り出した今、その手続きを無視して僕を殺すのは冒険者の所業ではない。
「例の装備は間に合いそうか?」
「問題ありません。元々ゴブリンが使っていたダンジョン用の装備を改修中であります」
「問題は演出か」
「演者にも問題ありありです」
「主演が大根揃いだもんな」
「それにしても、煮ても焼いても生でも食えない方々ばかりですな」
毒大根役者か。
僕はイズに用意させた目録に目を通して、抜けている物を見つける。
「イズ、染料を頼む。黒いやつを大量にな」
「ゲト様に依頼中であります。たぶん恐らく大丈夫かと」
僕の死ぬ準備は着々と進んでいた。
何となく家には帰り辛く<妹の家だが>。例の橋の下で時間を潰している。
イズは昼飯を買いに別行動中、僕は地べたに座って待っていた。
何となしに、かつてエルフの姉妹が座っていた場所を見つめる。長いようでいて短い時間、ここで再会してから色々な事があった。
思い出すと失くした左腕が痛みをあげる。幻肢痛というやつだ。
脳は消えたモノを切に願う。
良い思い出すら痛みで霞む。光を求めるのが生き物のサガなら、それを失った生き物はどうすればよいのだ? こんな事なら最初から――――――
「それは、ないか」
そんな後悔はしない。
誰もが否定しても、僕だけは後悔をしてはいけない。
彼女の横顔が恋しい。隣にいたのが、千年も昔に感じる。幻肢痛に温もりが混じる。それが更に痛みを増す。
痛い。
本当に痛いな。
僕は僕が思うよりもずっと遥かに、彼女の事を愛していた。
これだけの事なのだ。これ以上に無いこれだけの事。どんな奇跡の炎を手に入れようとも、この光だけは二度と手に出来ない。
ああ、左腕が痛む。
これは永遠に痛む傷だ。
黄昏てると、雑な気配を感じた。
「本当にこいつか?」
「白い髪に金の目、眼鏡に異邦の外套。間違いない」
冒険者の四人組。ヒームと獣人の混合パーティだ。
「キングスレイヤー、アッシュ・ウルス・ラ・ティルトだな」
「そうだ」
リーダー格の男が訊ねて来る。
冒険者組合の目も完璧ではない。そろそろこんな奴らが来ると思っていた。
「用件は察せるな」
四人は同時に武器を構える。
「まあ待てよ」
僕は首に下げた再生点を冒険者達に見せた。底にわずかにある赤色を。
「この通り、僕は死に体だ。片腕を失って満足に立つこともできない。そんな相手をパーティ全員で相手して、君らの名声は揺るがないか?」
「―――――ならば」
リーダーを押し退け、大柄の獣人が前に出て来る。
両刃の特大剣を持った若い男。血気盛んな熊の獣人。粗野な雰囲気に覚えがある。
「サシでの勝負と行こう」
「サシねぇ」
そういうこっちゃではないのだが。
「貴様は、我が血族のオロックを降したと聞く。あの名高い剛の者を、そんな体では倒せまい。どんな卑怯な手を使った?」
「名高い? てめぇより弱いもんから小銭まきあげていた奴が?」
「侮辱には死で償え」
獣人が剣を振るう。
僕は蚊でも払うかのように手を振った。
「?」
獣人は、自らの得物の剣身が消失した事実を飲み込めていない。
少し遠くに刃が着地して、ようやく事態を理解する。
「剣だと? 何処から出した?!」
「獣人の身で僕を殺したければ、世界を変える力を持って来い」
虚空から引き出した銀の剣を振るう。獣を必滅する忌まわしい力だ。
胸から血を吹き出し、獣人は後退った。軽傷ではないが致命傷ではない。しかし、心は切断した。
「退け」
「ぬ、ぐぐ」
獣人は退いた。オロックとは違い賢明だ。
「怯むな」
だが、リーダーはそうでもない。
「全員でかかれば勝機はある。首級さえあれば、後で取り繕う事などいくらでも可能だ」
「その通りだな」
実に冒険者らしくて感心する。もしかしたら、そこそこ名の売れた奴なのかも。
「丁度良かった。僕も試したい事があったのだ」
剣を杖に立ち上げる。
満足に歩く事もかなわないが、敵は向かって来てくれるようだ。
「この剣は、人間も斬れるのかってな」
その日、大通りに身ぐるみを剥がれた冒険者のパーティが吊るされた。
詳細を彼らは語らず、だから誰も罪に問えなかった。
しかし噂は流れる。犯人の憶測は飛び交う。そして、王殺しの悪行が一つ増えた。
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