<第五章:簒奪者> 【03】
【03】
かつて、この大陸には【小人】と呼ばれた者達がいた。
ヴィンドオブニクルに名を連ねる【忘却のスルスオーヴ】の種族。ヒューレスの森は、元々は彼らの住処だった。
エルフを妻に持った僕には受け止め辛い事実だが、中央大陸から追われたエルフは、この土地に流れ着き【小人】の森を奪い自分達の物とした。
長い時の中に隠されたエルフの汚点の一つだ。
『森を追われた小人達には、更に苛酷な運命が待っていました。ヒームに捕らえられ、奴隷としてダンジョンに潜らされたのです。悪名高い【奴隷冒険者】の始まりです。小人達は次々と命を落としましたが、一部の者は環境に適応し、今のような姿になったと伝えられています』
ゴブリンは小人の変異種。前に蜘蛛から聞いた事がある。
原因までは知らなかったが。
『わたしが時の支配者から王位を簒奪した時、ゴブリンは百にも満たない種族でした。それから長い時が経ち、種族は地下で繁栄し、安定した時期を迎えました。“安定”とは、刺激を求める時期でもあるのです。長く外に出る事を禁忌としていましたが、皮肉にもあるエルフとの出会いをきっかけに外に憧れるゴブリン達が出て来たのです』
そのエルフの傍には僕もいた。
『今の所、過激な意見は見当たりません。例え地上に侵攻するような意見が出たとしても、わたしの力がある間は抑えられます。わたしの力が永遠なら―――――』
レムリア王との戦いで、ミスラニカ様は神としての不文律を破った。
それと同時期に、魔王様の力は急激に弱まっている。
『生き物が、光に吸い寄せられるのは必然なのでしょうね。人の憧れは止める事ができないもの。わたしの力があるうちに、彼らの一部を地上に住まわせて“憧れ”を“現実”にしてあげたいのです。これが恐らく、支配者としての最後の仕事になるので』
穏やかではあるが、止める事のできない強さがあった。
「結局の所―――――身から出た錆、だな」
全部僕のせいだ。
「で、ありますな」
僕とイズは交渉の席に着く為に、ダンジョンの第一階層・冒険者組合の酒場に足を運んだ。
今そこでは、上級冒険者と商会連中が話し合っている。内容は『エリュシオンに貸し出していた農耕地の所有権』について。
ヒューレスの森に隣接した農耕地。さるエルフが焼き払った森の一部を開拓したものだ。そこは長らくエリュシオンに貸し出されていた。
土壌が良いらしく採れる農作物も評判である。
現在、王不在のどさくさ紛れてレムリア商会が所有権を取得。
それに対して異議を唱えているのが、上級冒険者と冒険者組合。彼らの言い分は『冒険者の王の物は、冒険者の物にすべき』である。
当然、レムリア王に農耕地の所有権はあるのだが、王は僕が殺した。その息子は王自らが殺した。残っているのは、ランシールと榛名。
彼女達は獣人だ。
とかく差別の対象になる種族である。例え王の血筋でも、権利関係の場に出すと不要な恨みを買う。合わせて風の噂で聞いた事が問題だ。
『レムリア王には隠し子がいる』
冗談と笑えない噂である。あの王ならあり得る。
さて、どうしたものか。
血筋と言うカードを出せない今、僕の切れるカードは少ない。魔王様の希望を叶えてあげたいが、治まりつつある国内事情を再び荒らしたくもない。
あちらを立てればこちらが立たず。
難しい問題だ。
「なあ、イズ。その恰好は何だ?」
イズは、背中の開いた黒いドレスを身にまとっている。
黒髪の和人形が洋服を着ているようなミスマッチな感じであった。
「ソーヤさんが恋しいと思ったので、ミスラニカ様の服装だけでもと」
「趣味が悪い」
ミスラニカ様はクール系に見えても表情豊かだった。こいつは表情が一個しかない人形系である。艶のある黒髪はともかく。そも胸のサイズが全然違うだろ。隠れてデカかったぞ、うちの神様は。
「メイド服にするでありますか?」
「それは沢山いるし」
ちょっとメイド服率多すぎだ。
「では、ロージーの魔法少女衣装という最終案をば」
「それは止めてくれ」
日本が勘違いされる。
さて、
「そろそろか?」
「そろそろでありますな」
ダンジョンの入り口付近にいても、温まった激しい声が聞こえて来る。それも繰り返し繰り返し同じ内容、平行線でお互いに譲らず。
商会側の意見は、
『農耕地の所有権を求めるのなら金を払え。これまで自分たちが投資した額も含めて。今働いている農夫達の給金と再就職先の面倒も見ろ』
冒険者組合の意見は、
『あれはレムリア王の物だ。王とはいえ冒険者である。ならば冒険者組合の物である。金は払わない。払う必要はない。むしろ商会は不当に占拠している』
上級冒険者の一人の意見は、
『これまで自分は組合の為に尽くしてきた。農耕地の半分は貰う権利がある』
と、続いて。
『いやいや! 俺達にも権利はある! ここは上級冒険者で等分するぞ!』
『待て! 人数が多いパーティが得になるだろうが!』
『貴様の所はほとんど引退したから、事実上貴様一人で利益一人占めだろうが?!』
言っちゃなんだが、冒険者の意見は特に酷い。
利己的で欲深い。それを恥じる事もない。
まあ、そもそも“そういう人間だからこそ”上級冒険者になれたのだろうか。
「すまん、同席させてくれ」
円卓で騒ぐ連中の傍に行き、僕はそう口を開く。
目に入ったのは、やつれた若いレムリア商会長の姿と、ウンザリ顔の冒険者組合長だ。その二人は知っているが、後は全く面識がない。
むしろ、上級冒険者の顔をまともに見たのは初めてか。
総勢、十五人。
たぶん全員がパーティのリーダー。冒険者としては一角の人物に見えるが、こういう損得の場ではそこらのチンピラと変わらない。
「………………アッシュさん」
ローンウェルが僕を見て、ほっとした顔を浮かべた。
「アッシュ、貴様生きていたのか」
組合長はギョッとしている。
『誰だ?』
冒険者達が声を揃えた。
「この人は――――――」
「こいつは――――――」
商会長と組合長の声を遮り、僕は正体を明かした。
「レムリア王を殺した者だ」
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