<第五章:簒奪者> 【02】


【02】


「望み通りにしてあげるわよ!」

 長銃っぽい武器の銃口が僕に向けられる。

 駆動音と光が見えた。

「やめてー! それ人間に向けちゃダメなやつだから!」

 妹の武器は下から跳ね上げられた。

「止めないでゴルちゃん! こいつを殺してあたしも死ぬッッ!」

「止めるに決まってるでしょ?!」

「こんな、はた迷惑な身内ッ! 殺してでも責任とらないとッ!」

「落ち着いて! 本当に落ち着いて!」

 妹にしがみついているのは小柄な女性だ。

 癖の強いボリューミーな金髪。黒いワンピースに、金刺繍のされた高価そうな白いストールを巻いている。

 目の下のクマは相変わらずだが、化粧をおぼえて小奇麗になっていた。

 これっきりと言いつつ二回目の接触である。

 あれ三回目だっけ?

「お久しぶりです」

「やっぱり、わたしの事を知って」

「キィィィィィィ、手広く迷惑を!」

 奇声をあげる妹を無視して魔王様とお話する。

「念の為に、わたしの名前を言ってください」

「ゴルムレイス・メルフォリュナ・ギャストルフォ。またの名を禁域の――――――」

「それは結構」

 魔王と言う言葉は、上げられた手の平に制された。

「アッシュさん、でしたね。それは偽名ですか?」

「別名って事で」

 あいつが付けてくれた名前だ。

「本名は?」

「宗谷だ」

「本名を言えるという事は、ご自身の記憶は取り戻していると。なるほど。法王との戦いに始まり、傭兵王、レムリア王。それに“黒い竜”との戦い。全て拝見させていただきました。人知を超え、魔法や奇跡、法魔すら覆す規格外の力。その力の源とは、もしや」

「人の絆。僕が彼女に言われた奇跡の代償だ」

「………………絆。そう、確かに。奇跡とは人の願い。人の連なりこそ力の根源。それを丸ごと力に転換できるのなら莫大な力になるでしょう。だからこそ解せない事が一つ」

「何か?」

 僕からすれば自分の全てが解せないが。

「どうやって記憶を? 絆とは双方の関係性ではないはず。身内であるユキカゼちゃんは、あなたの記憶を持っていません」

「あ、確かに」

 そもそも僕が記憶を取り戻したのは――――――

「イズが説明しましょう」

 隣の黒髪が、触手と両手を上げる。

「イズ&ロージーの体の一部は、深淵のグリズナス様から出来ています。海洋の魔とは、この世界の理から外れたモノ。いかに強大な術とはいえ、地上の魔法の影響は薄いです。加えて、私達の体にはソーヤさんの血も流れていますから、その遺伝子上の融和性を利用して、粘膜接触した時にコピペしました」

 ああ、鼻にキスされた時か。

「なっ?! これも!? いつの間にか親戚が?!」

 妹は、驚き過ぎて疲れないのだろうか?

「ご挨拶が遅れました、雪風様。なんやかんで今後ともよろしくお願いいたします」

「あ、はい」

 イズが頭を下げると、妹もつられて頭を下げる。

「深淵のグリズナス。まさか海洋の魔と関わりがあったとは」

 何故か、魔王様は一歩前に出て片膝を突く。

「しかしそれならば、地上の王達が次々と倒された事に納得が行きます。時代の変わり目には、いつも新しい力がある。次代を統べる魔王様。小人達の王として、時代の影に隠れていたわたしから言葉があります」

 かしこまられると変な気分だ。

「聞きましょう。だがその前に、僕は王ではない。ただ一人の簒奪者に過ぎない」

「支配に興味はないと? それで救える者もいるのですよ?」

 例えそうでも興味ないな。

「女一人も守れない奴が誰を救えると。僕の周りにいる女は皆揃って強い。僕の力は必要ない」

 もう役目はない。

 だからこそ、消えたいと思うのだろう。

「変わった人ですね。ああだから、わたしとも交友があったのか………ふむ………むむ?」

「ちょっとゴルちゃん?」

 伏せた魔王様の顔を妹は覗き込む。

「あ、いやこれは別にそういうのではなくて」

「んがッ」

 妹は白目になりかけた。てか、こいつはさっきから何を騒いでいるのだ?

 魔王様も何で顔を隠している。

「では、簒奪者ソーヤ様」

「普通にソーヤで構いません」

「では、ソーヤさん。契約していた神の名前を教えてもらえますか?」

「忘らるる者、ミスラニカ。またの名を、静寂のドゥイン。リ・リディアスとも呼ばれていた」

 本当の名は、最後まで教えてもらえなかった。

「ミスラニカ、ですね。記憶しました」

「次は忘れないでください」

「?」

 と、魔王様は疑問符を浮かべる。

 察しが悪いのではない。これもきっと呪いの一部なのだろう。もしかしたら、お互いの金色の瞳すら認識できていないのかも。

「ですが、安心しました。記憶を、いえ絆を失っているとはいえ、わたし達は友好な関係だった。そんな気がします」

「まあ、割と。夜に時々会う程度には」

「………………!?」

 妹はとうとう言葉すら失った。

「“二つ”お願いがあります。次代の簒奪者ソーヤ」

 魔王様が僕に懇願する。

「我が血族の汚点、黒い竜の受け渡しを願います」

「イズ、あいつはどうなっている?」

 深手は負わせた。

 あれで死ぬとは思えないが、すぐに動けるとも思わない。

「安全な場所で監視しています」

「“あれ”は肉体を失うと時代を超えて復活します。何度も何度も、その度に強力になって狡猾に。祖、豊穣神ギャストルフォは、あの力を利用して大いなる力と神格を得ました。同時に、世界の厄災も作ってしまったのです。故に、わたし達一族は、あれを手元に置いて永遠に封印しなければならないのです」

「竜なんだよな?」

 ならば、完全に殺せる手段があるはず。

「最初は竜でした。人の混沌に侵される前は。今が何なのか、正確に理解できる者はいないでしょう。ただ世界の脅威としか言えません」

「了解した。ラザリッサの封印は任せる。だが、あいつが胎に持っている子供についてはまた相談をしよう」

 勇者の血筋だ。後々トラブルになる前に、一族に返した方が良いだろう。

「もう一つ難しい問題を。ゴブリンと蔑まれた我が民、【小人族】を生まれ育った土地に帰してあげたいのです。どうか、お力と知恵をお貸しください」

 ラザリッサなんかより、大変な問題が出て来た。

「………………それはつまり」

 エルフを、あの森から追い出せと言うのか?

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