<第五章:簒奪者> 【01】


【01】


 刀は僕の脳天ギリギリで止まっていた。ランシールに殺気がないのは承知済みだ。

「アッシュ、あなたが死にたいのは理解しました。でもそれは、こんな場所ではない。ワタシに殺させたいのなら相応しい場所で殺します。勝手は許しません」

 手厳しい言葉だ。

「あなたには英雄として死んでもらいます」

「断る。まっぴらごめんだ」

 僕のようなクソッタレな英雄がいてたまるか。

「では新たな王として」

「もっと嫌だ」

 普通に嫌。

「ワタシがレムリアの女王となり、あなたも―――――」

「王となるのと同じだ」

 表舞台に立つつもりはない。

「それじゃどうしたいのですか? これだけの事をして今更知るかは無責任過ぎます」

「確かに………」

「ハルナのパパとして死んでー」

 人に元気よく死んでと言う娘。

「それはまあ、あるな」

 そのくらいなら、いや一番大変な気も。膝に飛び乗ってきた榛名の頭を撫でる。この突撃補正は誰に似たのやら。両方か?

 まてその前に。

「ランシール、僕が憎くはないのか?」

「憎いですよ。ワタシに黙って全部進めて、一言くらいあっても良かったと思います」

「そこではなく」

「分かっています。父の事ですよね。そう、今思えば一度体を悪くしてから急激に回復したのは、あなたのおかげだったのですね。ワタシの記憶が霧がかっているのもあの辺りです。もし気に病んでいるのなら、安心してください。あの時、父が病死していたとしても計画が早まっただけかと。父は狡猾な人間です。子供の死すら、自分の死すら利用するでしょう」

 僕は、レムリア王を脚気から回復させた。あの時の事がなければ、もしや? と思ったが。

 てか、

「そこでもなく」

「?」

 ランシールに気を遣われたと思っていたのだが、どうにも違う様子。

「父親を殺したのだぞ? 僕は」

「わかっています。わかっているからこそです。ワタシは、父がどんな人間か知っていますよ。あなたよりも多く。それは、多く」

 砕け散った敵の過去など、今更知りたいとは思わない。ランシールが話したいならまだしも、そんな様子は微塵もない。

 墓まで持ってゆきたい秘密だろう。

「そうか分かったよ。それで………………」

 話は戻るが、

「僕は、今後一切レムリア王家とは関わらない。表舞台にも出ない。このまま静かに消え去りたい。と言うのが望みだ」

「駄目です。今まで散々好き勝手やってきたのですから、ワタシ達の希望にのって死んでもらいます。殺してでも従ってもらいますからね」

「うおー!」

 と、母親の言葉に続いて娘が叫ぶ。

「………………あ、はい」

 僕はもう逆らう元気がなかった。


 

 二人が去り、続いて現れたのは兜を被った小人。ガンメリーだ。

「お前に聞きたいことがある」

 こいつには、僕から喋る事がある。

「イゾラは近くにいるのか?」

「いないのである。先の戦いでの事を言いたいのであるな。あれは吾輩も想定外だった。イゾラの奴は、感染できるであろう全てのシステムに自己の分身を植え付けていた。もう駆除したが、吾輩にも感染させていた」

「なんだそりゃ」

 まるで質の悪いウィルスのようだ。

「長期的な活動はできないが、そのイゾラの分身達は“ある事象”が起こった時に発動して燃え尽きるまで役割を果たす」

「ある事象?」

「“宗谷のピンチ”である。融通の利かない女神であるな。まあ、責めてやるな」

「責めちゃいないさ」

 気持ちの整理はいまだ付かないが、責めないと口にする。

「ガンメリー、イズにも聞きたい」

 どうしてもこれだけは。

 自分一人では。

 なんとも。

「僕はラナを殺したのだな」

「違う」

 と言うガンメリー。

「あれは奥方であって奥方ではなかった。構成素材は全くの同一だ。記憶すらもおそらくは。科学の使徒から見れば何もかも同じと断言できる。だからこそ、あれは違うと吾輩は言う。宗谷、ここは異世界だ。科学の力<理解>をとうの昔に捨てた世界である。であるからこそ―――――」

「あれはラナ様でした」

 ガンメリーを遮り、イズが言う。

「そしてそれをソーヤさんは殺してしまい。もう取り返しは尽きません。だから前を見ましょう。死者に許しを請うても無意味ですから」

「………………」

 軽い吐き気がした。

 正否の理屈では飲み込めない問題だ。絡み付いて一生涯剥がれない痛み。

「だからな、僕はもう疲れたんだ」

 彼女の死を見たくない。

 敵すらいないこの世界で何と戦えばよいのだ?

「生きる喜び見出しましょう。イズの言葉を繰り返してください。『人生って素晴らしい』です。はい、どうぞ!」

「………………」

 どうしよう、首括りたくなった。

 僕が落ち込むと、ガンメリーがイズに訊ねた。

「イズ、カウンセリングのプログラムはどうしたのだ?」

「はあ? そんなの目分量でありますが」

 カウンセリングで目分量と言う言葉は絶対に使わない。

「現実的な見解も結構であるが、伴侶の死というナイーブな問題には慎重な意見を」

「男がウジウジしていても始まらないであります」

「女なら、そういう男を慰めてなんぼである」

「性差別であります」

「女を高く買っているからこその、吾輩の意見だ」

「さべーつ!」

 イズが何だか面倒くさい。

「お前ら、ご高尚な意見交換は他所でやってくれ。僕は寝たい。寝てそのまま朽ちて死ぬつもりだ。起こすなよ、じゃあな」

 椅子から腰を上げてベッドに行こうとした。が、まだバランスが保てなく椅子に深々と座る。

 心底情けない。

 何が簒奪者か、魔王か。でも、こんな情けない僕にやられた敵達を思い浮かべると、愉快な気分になった。

「あ、忘れていました。まだまだ人が」

 ドガンと言う激しい音を立てて、地下に降りて来る人物が一人。

 前に見たボウガンを始め、様々な武器を身に着けた完全武装の妹だった。

 僕が何をしたのか分からないが、彼女はブチキレながら言う。


「あんた………死にたいんだってね?」

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