<第五章:簒奪者>


<第五章:簒奪者>


 眠り、目が覚め、そうしたら世界が一変する――――――わけもなく。さっさと動けと世界が囁く。

「おはようございます。早速ですが問題は山積みであります」

 と、イズに言われた。

「敵は全部倒した。他に何があるっていうのだ」

「戦後処理であります。今この国には支配者がいません。外敵に対して非常に弱い状態です」

 ベッドから体を起こそうとして、起き上がれなかった。

 左手がなくなり自重が変わったせいだろう。これでは当分、戦いなど無理だ。

「義手は用意中であります。それまではイズかロージーが、あなたの左手になりますので」

 イズの手を借りて体を起こす。何だか情けない。

「それで?」

「ソーヤ隊員が支配者になりましょう」

「断る」

 魔王と名乗ったが支配はしない。

 奴らと同じ事はしない。ウンザリだ。

「そう言うと思われたので、内々に手を回しておきました。会ってもらいたい人間がいます」

「誰だ?」

「の、前に身支度しましょう。来客へのエチケットは大事です」

 イズの肩を借りて風呂場に行った。

 体の洗浄中、

「所で、イズが前に言った事を憶えているでしょうか? ちょっと時間があるので―――――」

「疲れが残っているのだが」

「ご安心を。勉強してきました。お任せください」


 割愛。


「お召し物なのですが、これ何かどうでしょう?」

 微妙にウキウキしているイズが僕の着替えを持って来る。

「最悪だ」

 棘付きの肩パットと真っ赤なマントである。

「魔王っぽいと思ったのですが」

「趣味に合わない却下」

「ではこれとか?」

 棘付きの肩パット&真っ黒なマントに角付きのヘルメットである。

「全部なしだ」

「何をもって魔王とするおつもりで?」

「成果だ。格好なんざどうでもいい」

「やれやれ」

 分かってないなぁ、というイズのジェスチャー。

 アレコレ選ぶが面倒になったので、普通の野戦服とポンチョを羽織った。

「この“成果”をお忘れなく」

 イズが僕の首にかけたのは、砕けた王冠を繋げたネックレス。簒奪者の証だ。

「それでは【魔王】アッシュ様。人を呼びますね」

 こそばゆい名前である。

「魔王はよせ。【簒奪者】で良い」

「ですか、どうぞー」

 呼ばれて地下に降りて来たのは、獣人の親子。

「アッシュ、おきたのかよ」

 時雨とテュテュだった。

 あらたまって何を話すのだ?

「時雨様、テュテュさん。お二人に伝えなくてはいけない事があります。こちらの、簒奪者アッシュ様ですが、時雨様のお父様です」

「ごふっ」

 本調子でない体が唐突な展開に咽た。

「イズお前何を?!」

「いえ、いつか伝えないといけない事なので」

「それにしてはもっと前置きをな!」

 言われた時雨もポカーンとしていた。

「え、冗談?」

「そ―――――」

 そうだと言う口をイズに塞がれる。

「テュテュさん、心当たりはありませんか?」

「え、沢山あるニャ。間違いないと思うニャ」

 女の勘とは恐ろしい。大当たりだ。

「ウソ………………とーちゃん?」

 時雨が物凄い複雑そうな顔で僕を見る。

 母親似だなぁと思う反面、何となく自分にも似ている。何はともあれ【責任】と言う言葉が頭上から降って来た。

「時雨、その僕がお前の」

「このぉッ!」

 時雨が地面を蹴った。

 これが血のなせる業なのか、雪風と全く同じフォームでドロップキックを放つ。

 僕の視界は暗転して、“ぼぎゃぐし”と骨が鳴る音を聞いた。

 体重差で流石に吹っ飛びはしなかったが、意識が飛びかけた。

「その歳にしてこの一撃。流石僕の」

「かーちゃんが一番大変な時にいなかったヤツを! とーちゃんなんて認められるかッ!!」

 時雨は絶叫して、地下から出て行った。

「シグレはああいう子ニャ」

「そっくりだ」

 僕というより妹に。

「でも、親は無くとも子は育つニャ。ニャーなんて、ろくでもないバーフル様しか身内らしいのいなかったけど、立派に育ったニャ」

「それは奇跡だな」

 特にバーフルみたいなのが傍にいて。

「そんな訳で、あの子もそのうち分かるニャ。親がいるだけでも幸せだって事に」

「だと良いが」

 近付いて来たテュテュに耳にキスをされた。懐かしい感触だ。

「テュテュ。もしかして、僕の事を何か思い出したのか?」

「全然思い出せないけど。シグレが愛おしいと同じくらい、アッシュさんを愛しているニャ。この感覚は間違いないと思うけど?」

 間違いないですけど。なーんか、敵わないな。

 上機嫌に尻尾を揺らして、テュテュも地下から出て行った。

「イズ、疲れた。寝たい」

 もう疲労困憊だ。気持ちの整理をしたい。

「駄目です。では次の方~」

 嫌な予感しかしない。

 次、降りて来たのは、予想通り榛名とランシールだった。

「ぱっ、ぱー!」

 榛名が飛びついてくる。

「ぱぱー!」

 僕の上半身をよじ登り、頭にしがみついた。

「ぱぱッー!」

「ハルナ、止めなさい」

 可愛らしいキングコングをランシールが剥がしてくれる。

「榛名様、ランシール様、この簒奪者アッシュ様ですが―――――――」

「止めろ。自分で言う」

 榛名の手前、はばかられる内容であるが、この子は僕の子である前に王の血を引いている。今は理解できなくとも聞かせねばならない。

「ランシール、君の父であるレムリア王は生きていた。だが、僕が殺した」

「詳しく説明していただけますね?」

 ランシールは驚かない。

 どこか、何か、察していた雰囲気。

「長くなるぞ」

「構いません」

 強い女の顔だ。何故に僕のような男と、こんな女性が子供を設けたのか神に聞いてみたい。

「僕が第一の英雄を倒した所――――――違うな。僕が異世界に降り立った時から話そう」

 長い長い、ここまでの道のりを話す。

 僕の半生といっても過言ではない紆余曲折した混沌の日々を。


 ランシールは黙って聞いていた。

 榛名も眠りそうになりながら聞いていた。


 僕はこの二人に全てを話した。ラナとの事、ミスラニカ様の事、妹の事、時雨、榛名、国後の出生も。


 墓に持って行くはずだったメルムの死についてまでも。


 そして、レムリア王の凶行と、その最後も。


「これを」

 イズから刀を手渡される。冒険者の父の【形見】アラハバキだ。

 僕は、刀の鞘をランシールに向けた。

「この首飾りはレムリア王の王冠だ。【レムリアの後継】には、仇を討つ権利がある。それが例え獣人であろうとも、女であろうとも」

 ランシールは刀を抜いた。

 僕が眠っているうちに研がれたのか、刃はぬらりと女の肌のように艶めかしい。

「そのなんだ、やるならひと思いに頼む。なんというか………………僕は疲れた」

 目を閉じても閃く白刃が見えた。

 僕は望み通り―――――――――

 死ねるわけがなかった。

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