<第四章:紅蓮よりも赤きもの> 【04】
【04】
血肉混じりの赤い雪が舞う。
狼は獣らしく爪と牙で襲いかかり、冒険者は人らしく道具を用いて獣を狩る。
戦いは混んでいた。
狼は数では優るが、個の戦力では冒険者の足元にも及ばない。しかし如何に優秀な冒険者とはいえ、数の暴力には押し切られる。
数百の狼が殺され、数十の冒険者が致命傷を負う。
そして雪は、新たな狼を無限に生んだ。
そして冒険者は、不死かのように再生した。
戦いの勝敗は見えない。永遠に続かのように思える。これを終わらせる事ができるのは、この世に二人の王だけ。
雪の積もる地獄の底を悠然と王が歩く。冒険者を連れ添い邪魔するケダモノを薙ぎ払いながら。
実に不愉快であるが、冒険者の王らしい姿だ。
僕は進まない。
待ち構える。
氷のように静かに冷たく鋭く、精神を研いで一刀に力を注ぐ。
雪は王間を満たしつつあった。
狼は大群を成して冒険者の王に殺到する。防ぐ冒険者を次々と噛み殺す。しかし王に牙は届かない。ヴァルシーナを先頭に、獣人の魔法使いとエルフの射手、この三人が道を切り開く。
この古強者の冒険者に狼は悉く倒された。
こいつらの強さは、他の冒険者と桁が違う。無限に現れるとて狼程度では話にならない。
放たれる無数の矢、魔法による炎、剛腕から繰り出される剣。圧倒的な数の差を覆し、王のパーティは着実に僕に近付きつつあった。
「居るのは分かっている。さっさと力を貸せ」
積雪の一部が大きく盛り上がった。従順には程遠いが、今は頼るしかない。
矢と魔法が狼達を貫いて僕に降り注ぐ。詰めでヴァルシーナが突っ込んで来た。
刹那。
衝撃が全ての攻撃を弾き返す。
僕の前に現れたのは【獣頭の大男】。彼は、手にしたロングソードで獣人とエルフを一撃で両断し、ヴァルシーナと斬り結ぶ。
激しい金属の不協和音。噛み合う刃が火花を散らせる。
「久しいな! ヴァルシーナ! それに貴様はレムリアかッ!」
「バーフルか、王子の次は異邦人の犬か」
バーフル。妄執の果てに悪夢に取り込まれた騎士。
「言うな言うな! ソーヤはどうしようもないクズだが、我の孫のような娘の父親だ。それは旧友を叩き殺す理由として十分であろう!」
「獣の分際で家族を語るか」
「獣だからこそ身内が大事なのだ! おいソーヤ! 今回だけは貴様に味方してやる! こんな身内殺しに王をやらせるな!」
バーフルはヴァルシーナと剣戟を繰り広げて僕らから引き離す。
レムリアは歩みを進め、無造作に僕の刃圏に入る。
対峙と静止は一瞬。
レムリアが剣を振るい。僕は後の先で刀を抜いた。
逆手の抜刀で首を刈る。
その願いを込めて、刃は音もなく空間を走り抜けた。正しく神速であり。正しく冒険者の父と同じ剣技。
一際大きな鉄と血の花が咲き、金属の断末魔が響いた。
空気が破裂する中、レムリアが言う。
「鞘を見ろ、か」
刀は剣を斬り落とした。レムリアの左腕に潜り込んだ。厚い筋肉を裂いて骨の半分を断ち、そこで止められる。
受けきられた。
「友の剣技だ。対策するのは当たり前だろう」
「友すら裏切る前提なのが“当たり前”かよ」
強烈な蹴りを腹にくらい僕は壁に叩き付けられる。間髪入れず折れた剣を投げ付けられ、右肩を貫かれてピン留めされた。
再生の終わった冒険者達が、ヴァルシーナに加勢してバーフルを切り刻む。
雪には灼熱の炎が撒かれ、狼は出現と同時に消された。
王の背後には、更に這い出て来た冒険者達が続々と立ち並ぶ。
数ですら負けた。右腕は動かない。身動きもできない。
「よくやったと褒めるべきだな。名剣一つと余の左腕を奪った。と言っても―――――」
レムリアは自分の腕から刀を取り出す。傷は馴染みある光と共に癒えた。
「傷も残らぬが。………………ふむ」
刀を素振りして、レムリアは微笑む。
「古来より、魔王の最後とは凄惨なものだ。貴様の最後をどう彩るべきか悩む所であるが、余とて人の親。愛らしい孫娘に免じ、さくりと殺してやろう」
レムリアが間を詰めた。
刀の切っ先が僕の腹を突き刺す。ザクザクと冷たい刃が腹に入っては抜ける。
「貴様の再生点は残りわずかだ。後、二度も刺せば致命傷だな」
四度目を刺し引き。五度目の刺突の前に、レムリアは刀の切っ先で再生点の容器を引っ掛け、僕の眼前に持って来た。
赤い液体が、もうほんのわずか薄く見えないほど底にある。それが僕の寿命だ。
「実に惜しいな、左腕が無事なら反撃で来ただろう。余に歯向かうという愚かさがなければ、長く生きられたものを。さて、魔王として何か言葉を残すか? 異邦人として言葉を残すか? それとも父として子に―――――」
「何も」
五度目。右胸を貫かれた。抉り、掻き回される。咽て血を吐く。
「ほう、まだ耐えるか」
なけなしの再生点で傷は癒えた。しかし、痛みで意識を手放しそうになる。死を伴う睡魔に目を閉じろと囁かれた。ここで目を閉じれば永遠に目覚めないだろう。
だから、見開く。
最後の最後まで敵を睨み続ける。
六度目の刃は大振りからの袈裟斬りで僕を傷付けた。胸から腿にまで走る切り傷。内臓がこぼれなかったのは奇跡である。
七、八、九、十と刀が振るわれる。
「………………む?」
ようやくレムリアは異変に気付く。
傷が癒える。残りのわずかの再生点が傷を癒す。
レムリアは、何度も何度も剣を振るう。
だが何度切り刻まれようが、潰され砕かれようが、赤は決して消えない。わずかとはいえ絶対に消えないのだ。
この赤は紅蓮よりも赤きもの。我が神の如く、闇の中で永遠に輝き続ける炎。
「レムリア、貴様如きが消せると思うな」
右腕を無理矢理動かす。刀を素手で握りしめレムリアを引き寄せた。
「無限に再生するから何だと言うのだ。細切れにして封じてくれる。どうせ貴様には、もう手はあるまい」
「手はあるさ」
文字通り最後の一手だ。
歯を噛み締め、半身が砕ける痛みに耐えた。細かい結晶をこぼしながら、僕の【左手】は動く。心臓近くの肉が割れた。肩が崩れる。だがしかし、僕の左腕は意思に従い敵に向かう。
矢のように槍のように、手刀がレムリアの胸を貫いた。
「がッッ!」
悲鳴を上げたのは僕の方だ。
左腕は肩から割れて体から離れた。レムリアは、痛みというよりもポカンとした顔で自分の傷を見ている。
「なん、だと?」
「クソッタレ魔術師からの“おすそ分け”だ」
王の結晶化は左胸から始まり、もう半身にまで達していた。冒険者達は一足早く人型の結晶と成り果てている。そして砦にも結晶化は広がっていた。
不死殺しの結晶槍。
獣を殺すには足りず、しかし獣を捨てたアバドンには効果てき面のようだ。
「こんな馬鹿な事があるか。余がこんな所で死ぬわけがない」
王の世界が終わろうとしていた。生命は停止して無機質な結晶へと変性する。
僕は、一つの仮説を口にした。
「レムリア、お前は死なない。永遠に生き続ける。身動きできない鉱物となってな」
「ラザリッサ! 助けろ!」
王とは思えない情けない声に、空が鳴いて応えた。
巨大な白と黒が絡み合い落ちて来る。黒い竜が白鱗公を下に敷いて着地。巻き添えになった冒険者達は砕け散り、砦は半壊した。
グルルと唸る大アギト。
僕は、折れた剣を引き抜き壁から抜け出る。倒れて立てない。片腕を失いバランスも失った。
今できる事は一つ、命令するだけ。
「サボるな」
「貴様が言うな」
豪断の一閃。
バーフルが黒い竜の背中を斬り裂く。しかし、反撃を受け床に叩き付けられた。獣頭の男は役目を終え雪に還る。
竜は傷から黒い霧を上げていた。霧は結晶をこぼしながら消えて行く。竜の体そのものも結晶と化して崩れて行った。
そこから落ちて来たのは、獣人のメイド。
骨で出来た歪な剣を振りかざし、僕に斬りかかって来る。
立つ事もできない僕には防ぐ術が―――――――いや、不本意だがある。因縁しかない一つの得物を今の僕なら呼び出す事ができる。
「来い」
雪から奴の剣を引き抜く。僕が手にしたのは、忌まわしい銀の剣。
「ッ!」
戦慄するラザリッサ。気付いた所で何もできはしまい。
この銀は獣を必ず屠る呪いなのだ。使い手が立つことすらままならぬ半死人でも、世界の因果を曲げてでも獣に勝つ。
笑えるほど遅く陳腐な剣線に力が宿る。ラザリッサの巨象すら断つ一撃を容易く押し返し骨剣ごと彼女を斬り裂いた。
「ギャ!」
短い悲鳴を上げてラザリッサは倒れた。刃を返し、僕はレムリアを見る。
「………………」
右目を残し結晶と化した冒険者の王は、ありったけの憎悪を込めて僕を睨む。
涼しい呪いだ。
「あんたの最後をどう彩るべきか悩む所だ。適当に埋めても良い。海の底に沈めても良い。この国の大門に晒すのも一興。だが僕も人の親だ。娘に免じて、さくりと殺してやる」
銀の剣が王を砕く。
全ての結晶は砕け散り霧散した。砦の瓦礫すらも跡形もなく。雪も幻のように消える。
残ったのは白い竜と死にかけのメイド。そして、僕の足元に転がる王冠。
僕は残った力を振り絞り、この剣より忌まわしい物を破壊した。
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