<第四章:紅蓮よりも赤きもの> 【03】


【03】


 肉を貫く音で目が覚めた。

 僕の右腕は、ラザリッサの胸に突き刺さっている。

「邪魔だ」

 跨った女の体を蹴り飛ばす。白炎が空間に散った。

「悪食な女め。こやつには棘があると言っただろ」

 涼しい顔のレムリア王を睨み付け、僕は唱える。


「冬よ、来たれ」


 悪夢よ、来たれ。

 妄執より、来たれ。

 世界を飲み込む白き破滅よ、ここに来たれ。

 静かな風が吹いた。

 灰のような雪が舞う。僕の周囲に雪が生まれる。悪夢が世界を浸食して雪に作り変える。

 愛した女の体も雪と消えた。この雪は、何れ全てを飲み込むだろう。そして世界に永遠の冬が訪れる。

 異世界に数多とある滅びの一つ。

「これが、我が神の故郷。竜の夢に埋もれた呪われし国。ネオミアの片鱗だ」

 正真正銘、最後の奇跡。

 神の愛は深いものであっても、それは無償のものではない。捧げるものが何もない僕に、力を与えた彼女は最早神ではない。

 神“程度”では納まらない。

 さあ、立ち上がろう。

 冷たい体が命令を聞いて立ち上がる。

 戦おう。

 魂を紅蓮よりも赤く燃え上がらせて、血の一滴まで、肉の一欠けらまで戦い続けてやる。

「ソーヤ、貴様世界を滅ぼすつもりか?」

「滅ぼすのはお前の世界だ。出し惜しみする暇はないぞ」

 雪から無数の狼が生まれた。

 白く凶暴で血に飢えた獣達。

「良いだろう。余も王らしく全力を持って世界の破滅と戦おう」

 王間の壁が歪む。

 次々と現れたのは、角の生えた冒険者達。ホーンズ、天魔を抑えていた冒険者の成れの果て。

アバドンが蒔いた種は、こいつらに寄生していたのか。

「見よ。【冒険者の王】に相応しい、この力を。死して尚も余を尊ぶ仲間達の姿を」

 立ち並ぶ冒険者の中に、銀髪の獣人がいた。

 雄牛のような長い二本角。冒険者の戦士装束で腹と胸元の開いたレオタード姿。武器は、特大剣が一つ。ヴァルシーナ、ランシールの母だ。

「それがそんなに上等な事か? 人の死を玩具にしているだけだ」

「貴様が言うか。呪いを繰り、獣を率いて人に仇なす者よ」

 王の合図で、冒険者達は僕に刃を向ける。

 唸り声を上げる白い狼達。

「イヤですわ、王様」

 ヴァルシーナを押し退け、ラザリッサが前に出た。

「こんな小雪とケダモノ程度。一噴きで薙ぎ払って差し上げます」

 メイドの半身が巨大な竜の頭部となる。開いた大口には真紅の炎が見えた。

「ラザリッサ、これは何だと思う?」

 僕は右手を開いて見せる。そこには黒い霧に包まれた白い炎が漂う。

 手癖が悪い癖に、盗られるのは慣れていないようだな。

「ッ、返せ! それは!?」

「お前のもんじゃないだろ」

 霧を握り潰した。散り散りになった炎は膨れ上がり、砦の天井を吹き飛ばす。

 雪混じりの突風が青空に散る。そして遠く、遠くから、今まさに近付く風鳴が聞こえた。

 ラザリッサの半身が炎を吐き出す。

 真っ赤に染まる視界。しかしそれは、落ちて来た巨大な存在にかき消される。

 旋風を纏い降り立ったのは白い竜。

 前に見た時より二回りほど小さくなっているが、正真正銘の竜だ。

「アッシュ、借りができたな」

 白鱗公はラザリッサに襲いかかった。獣人のメイドは巨大な黒い竜と化し迎撃する。

 力比べのように両手を合わせる二頭。耳をつんざく咆哮を重ね、空へと飛び上がった。

 一瞬の静寂。

 冒険者と狼は、戦いは今か今かと睨み合っている。

「レムリア王。最後に一つだけ問う」

 僕は無意味な問いかけをする。

 無理と分かっていても義理として問う。

「アバドンの力を捨て、人としてこの大陸から出て行け。金輪際、人間の歴史に一触もするな。どこかで静かに朽ちて行け。そうすれば、見逃してやる」

「愚問だな。王が従うとでも? 余も最後に再び問おう。余の右腕となれ。さすれば“代わりの女など”幾らでも用意してやる」

 自然と笑みがこぼれた。

 怒りが極限まで達して別の感情を刺激する。

「王か。いいさ、僕は王となってやる」

 どこかの森で年老いたエルフに言われた事。その時はピンと来なかった。自分のような生き物が、多くの人の上に立つなど冗談にもならない。

 しかし、失念していた。

 人の上に立つだけが王ではない。この世界では別の行為で王と呼ばれる者がいる。

 簒奪者。

 栄誉なき王殺しを行った者。

 相応しい呼び名だ。

「レムリア、貴様は僕を魔王と呼べ」

 最後の戦いが始まる。

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