<第四章:紅蓮よりも赤きもの>


<第四章:紅蓮よりも赤きもの>


 刹那、銀閃が交差する。

 恐ろしく澄んだ剣と刀の共鳴。人を一瞬で死に至らしめるからこそ、その技には美が宿る。人を惹き付ける。たかが殺しの所作だという信奉して昇華する。

 棒切れ遊びと揶揄されようが、ここには見えぬ神がいる。

 星が瞬く。

 火花が散る。

 斬撃の中に無限の世界を見た。悪鬼羅刹が永遠に殺し合う地獄の底を。

 復讐を止めろとは言わない。僕にそんな資格はない。

 だが、僕程度殺せないでこの先の敵を倒せるわけがない。地獄を生き抜けるわけがない。

 ある人は言った。

 戦いとは、身一つ剣一つで突き進む事。シュナ、今のお前は抱えたモノの重みで潰されそうなほど重い。


 それが―――――――敗因だ。


 長剣の振り下ろしと、抜刀からの切り上げ。ぶつかり合う刃。それで刀は折れた。酷使した鋼の寿命は尽きた。火花を生み、刀身は空に舞う。

 僕とシュナの距離が、わずかに開く。

 傷一つないシュナの長剣が斬り返して僕に迫る。僕が振り上げたのは折れた刀。

 空気を裂いてすれ違う。

 立ち位置が交代する。

 互いに背を向け合い。一拍の間が流れた。

「クソッ」

 シュナは、悪態と同時に胸から血を吹き出し崩れ落ちる。

 折れた刀と抱えるモノのない分、僕の方がわずかに身軽だった。これが勝敗を別けた。

「シュナ、聞け」

 敗者に詰め寄り、長剣に触れる。

「街から去れ。この剣を渡すべき相手が、お前の故郷にいる」

「何?」

「お前が師と仰ぐ女の子供だ。危険が迫っている。守ってやれ。そして、ここで学んだ全てを教えてやれ」

「冗談を言うな」

「確かな情報だ。彼女達は左大陸から追われている。助けが必要だ」

「………………親父さん」

 シュナは親父さんに意見を求める。

「左大陸が騒がしいのは事実だ」

「………………」

 シュナの憎悪が渦巻く表情の中に、微かな安堵を見つけた。

「お前の復讐は僕が引き継ぐ。敗者は従え。僕如きに勝てない奴は、黙って従え」

 折れた刀を鞘に戻し、呼吸を整え胸の痛みを我慢する。

 シュナの一撃は僕に届いていた。ポンチョの防刃繊維越しでも、再生点を残りミリにするほどのダメージがあった。

 だが、勝ちは勝ちだ。

 やれる事はやった。

 後はシュナの自由だ。冒険者らしく好きにするといい。現実を認められず敵に立ち向かうのも、その後死ぬのも自由だ。冷たいが、僕はリーダーとしての責務は果たした。これ以上は何もしてやれない。

「さらばだ、少年。息災でな。先に故郷に帰った幼馴染も大事にしろよ」

 ベルは元気だろうか? てんやわんやしていた顔を思い浮かべると痛みが少し和らいだ。

「待て」

 もう用事などないだろうに、親父さんに呼び止められる。

「何だ」

「餞別だ」

 投げ付けられた物を受け取る。

 鞘に収まった一振りの刀。魔刀アラハバキ、親父さんの愛刀だ。

「おい、どういう事だ?」

「それならば、この先にいるモノを斬れる」

「それじゃあんたが斬れ。僕が失敗した時にでも」

「カタナが斬れても俺は斬れない。この先にいるモノを、俺は決して斬れない。アッシュ、お前には理解できない事だ。俺は決して――――――」

 あるエルフの最後が思い浮かぶ。

 激情に火が点いた。

「あんたの【仲間】を斬り殺した奴でもか?!」

「斬れん。世界が流転しようとも、これだけは変えられない。俺は百万の敵は斬れる。神も魔も竜も分け隔てなく斬り殺す。必要とあるならば、罪のない赤子すらも斬れる。だが、仲間だけは。友だけは斬れんッ!」

 その頑固さには、いい加減我慢の限界だッ。

「間違いを正すのも友の役目だろ!」

「そんな事、貴様に言われなくても分かっている! 分かっていても体が動かない事があるのだ! 笑いたければ笑え! これが【冒険者の父】だ! こんな情けない年寄りが冒険者共の崇める父だ! 見ろ! 友の愚行を止める事もできず、愚直に見守る事しかできない愚か者の末路を! 俺の人生など、灰程の価値もない! 何が………………冒険者だ。名声と言う豚の皮を被った盗掘屋共め」

 冒険者の父は、己の名に呪いを吐いた。

 抱えていた名の重みに負けた。

 血肉と化した生き方は変えられない。僕もそうだ。納得は出来ないが理解はできる。

 ならば、

「では捨てろ。僕が拾ってやる。【冒険者の父】という名前。そして刀も。あんたは今ここで死んだ。消えて立ち去れ………………何者でもない男」

 折れた刀を捨て、魔刀をベルトに差す。

 重い。【冒険者の父】と言う名声を帯びた得物だ。当然、重い。

 かつての仲間達に背を向け、歩き出す。


 長い通路を進み、目的地に辿り着く。

 僕が近付くと砦の城門は勝手に上がった。


「ようこそ、我が王の小さな居城へ」


 城門の先、砦の広間にはラザリッサが待ち構えていた。

「あら、お一人ですか? てっきりあの――――――」

 問答無用で刀を引き抜く。逆手の抜刀、ラザリッサの股間から脳天までを両断した。

 指で刀を回し、鞘に収める。

 鯉口の音色と共に、メイドはズレて二つの肉塊となった。

 驚いた事が起こる。

 砦の外壁が大きく削れた。間合いの外だが、斬撃の痕で間違いはない。 

 こいつは、物理現象の範疇では無いぞ。この刀の一振りは、一種の奇跡を起こす魔法と同質だ。【冒険者の父】として信奉が、この魔刀には宿っている。もしくは、彼がそれを捨てたからこそ。この刀に宿ったのか。

「………………いいさ」

 ならばこそだ。

 只一人の【冒険者の父】として斬ってやる。あんたに斬れなかった者を全て、僕がこの名声で斬り倒してやる。

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