<第三章:深淵よりも暗きもの> 【04】


【04】


「あら、アッシュさん。お早いお帰りで」

「ただ今、ランシール」

 軽く街を調査したものの、フレイやラザリッサ、偽ベルハルトの拠点は見つけられず、早々と帰宅した。というのも、猛烈に体調が悪くなったからだ。

 そして家に(妹の)帰ると、僕は玄関で倒れてしまった。そこをランシールに発見される。今日も今日とてメイド服姿のお姫様だ。

 長い銀髪のポニーテールは前のまま、しかしグラマラス化に拍車がかかっている。色香が増したような。胸も大きくなったような。僕が欲求不満なだけかもしれない。

「よいっしょ」

「すまん」

 ランシールが肩を貸してくれた。ノロノロと廊下を進む。

「お疲れのようですね」

「まあ、ここ最近色々と忙しくて」

 何だか懐かしいな、これ。

「子供達はうるさくないですか? 特にハルナは、あなたに迷惑を」

「そんな事はない。そう言えば静かだな」

 ハルナは僕が帰って来ると飛んで来るのに。

「エヴェッタと一緒にお昼寝中です」

「ああ、なるほど」

 なんやかんやと、エヴェッタさんの子守り能力は優秀だ。特に国後は、かかりっきりで面倒見てもらっている。

「彼女には本当に助かっています。まさかお乳まで出るとは、姉妹とは不思議なものですね」

 え、エヴェッタさん、出たの?

 まさか乳母までやってもらうとは。

「アッシュさん、今は時間ありますか? 少し話したい事がありまして」

「あるが」

「では」

 と、ランシールは僕と一緒に………何故か掃除用具入れに入る。

 狭い。

 大人二人だと身動きする度に互いのどこかが触れる。ランシールの大きな胸が、僕の胸板に触れるか否かのギリギリの距離にあった。

「邪魔が入るといけませんので、狭いですが我慢を」

「………………オ、オウ」

 ランシールの吐息がかかる。妙な色香に頭がクラッとした。

 落ち着け僕、落ち着け。ここは妹の家だぞ。体が弱っているとは言え、理性は別だ。

「かなり変な話をしますが、できれば最後まで聞いてください。アッシュさん、あの………もしかして………………ワタシと肉体的な関係をもった事はありませんか?」

「ゴフッ」

 咽た。

「ご、ごめんなさい。急で変な話ですよね。ハルナとクナシリの父親の事です。ワタシの頭には彼の記憶がありません。姿形、声に言葉、馴れ初め、それが綺麗に消えてしまったのです。心当たりはあります。父の怒りを買った事が原因でしょう。獣人同盟との政略の前に、別の男の子供を孕んだのですから。記憶も、ソルシア辺りに魔法で弄られたのかと」

「ソ、そうか」

 中らずと雖も遠からず。いや、核心部分は大当たりだけど。

「ですが、一つだけ確かな事があるのです。ワタシが、その男を心から愛していた事です。記憶がなくとも、愛していたという感情だけは確かに残っているのです」

「………………それで?」

「あなたがそうではないのかと。違いますか?」

「あ、いや………そのすまん。よく分からない」

 きっぱりと“違う”と言えない自分の愚かさよ。

「ハルナのあなたへの態度も、それなら説明できると思ったのですが」

「あれは勘違いだ。成長して行けば忘れるさ」

「そうですね………………あなたの記憶も何かされた可能性がありますものね」

 いえ最近、思い出しました。

「ですが、お互いに忘れていても引き裂けないものはあります。故に確かめようかと」

「たしかめ、る?」

 ランシールは僕の手を取ると、おもむろに自分の双丘の間に挟み込んだ。実に豊穣である。

 彼女の熱い吐息を首筋に感じて、今更の事ながらレムリア王が僕らの関係を強く否定しなかった理由が分かった。

 こいつ、こういう突撃娘だったな。しかも反対されると勢い付く。

 不安。特に榛名の将来が! 母親似じゃなけりゃいいが!

「男女の確かめ合いと言ったら一つでは?」

「ちょっと奥さん!」

 子供がいるのにさ?! 僕の子供だが?!

 と、

「はーい、ちょっとお邪魔するニャ」

 掃除用具入れが開くと、テュテュが入って来た。そして戸を閉める。狭い所がぎゅうぎゅうに狭くなる。

「ちょっとテュテュ?! 今、大事な所なんですけど!」

「最初から聞いていたニャ! 言わせてもらうけど、アッシュさんニャーのお客さんだった可能性の方が高いニャ! シグレのパパさんニャ!」

「あなたの場合は他の男性とも関係があったでしょ!」

「そういう仕事ニャ! アッシュさん! お店来た事あるニャ?!」

「あー」

 密室で取っ組み合う二人。乳や尻や太ももが色んな所に当たる。狭エロい。

 お前ら子供できても根本は変わってないのだな。そして、全部大当たりという。

 いえ、全部自分で蒔いた種が原因ですけど。文字通り、ハハッ。

『アッシュさん!』

「とりあえず落ち着こう」

 子供に見せられないぞ、二人共。

「僕の知っている女性がこんな事を言っていた。女性二人と揉めた時は、三人で―――――」

 すればよいじゃないですか? と、素敵笑顔のラナが頭に浮かぶ。

 言いかけて口を閉じた。

 流石に倒錯的である。しかもここ、妹の家だからな。

 ガリガリガリガリ、と音。

 掃除用具入れの戸を、ある生き物が爪で引っ掻いていた。

「犬ちゃん。なにー?」

 ハルナの声が近付いて来る。

(これはいけませんね)

 と小声のランシール。

(不味いニャ)

 とテュテュ。

「バフ!」

 ガリガリガリとしつこく戸を引っ掻くバーフル。この出歯亀クソ駄犬め。

(ランシールさん、出て行ってハルナを上で寝かせて来るニャ)

(そうですね。………でもテュテュ、あなたここに残って何をするので?)

(別にしないニャ)

 テュテュが僕の首筋に頬擦りしてくる。

(あなたの泥棒猫は相変わらずですね!)

(最初に出し抜こうとしたのは、あなたニャ!)

(二人共、後で頼む!)

 とりあえず、ランシールは出してハルナを再びお昼寝させよう。色々話そうにも場所を変えないと駄目だ。

「おーい、ハルナー。何かつまむなら作るかぁ~?」

 時雨も来てしまった。寝起きなのか声が眠たそうである。

(ギニャー!)

 テュテュが静かに悲鳴を上げた。いつの間にか、給仕服の胸元は開けている。流石にこの姿は子供に見せられない。

「何だよ、バーフル様。そこに何かあるの?」

「おニャーちゃん。犬ちゃんが、ここあけて欲しいって」

「どれどれ」

 時雨が近付いてきて戸を開けようとする。

(押さえなさい)

(はいニャ)

 了解。

 ランシールの命令を受けて三人で戸を掴む。取っ手は向こう側なので戸の縁を大人の腕力で押さえた。

 密室で大人の女と男が衣服乱して一緒とか、情操教育によろしくない。

 ガタガタと子供と大人が戸一枚を挟んで押し合い引き合う。

「ハルナ、これ開かないぞ?」

「えー」

「バーフル様、お腹空いてるならキッチンいこ。ほら、ハルナも行くぞ~」

 時雨と榛名は諦めて去って行った。

「………………バフ」

 クソ犬も畜生らしく食欲に負けて去った。

 醜態を晒さなくて一安心。

「それでアッシュさん、ワタシとの事ですが」

「ニャーも忘れないで欲しいニャ」

 ランシールとテュテュに背後から抱き付かれる。

「二人共、それに付いては場所を変えて話そう」

 何度も言うが、妹の家で話す事ではない。ましてやする事でもない。

「場所を変えて話すという事は、やはりワタシと心当たりがあるのですね?!」

「ニャーも! ニャーも!」

「いやだからね」

 落ち着いてくれ、子供が戻って来る。

「ワタシが先に話しかけたので、ワタシが最初です!」

「ニャーの方が先に出会ったニャ! 後から来たのはランシールさんニャ!」

 この二人、前も仲が悪かったよな。再燃してしまったようだ。

 わちゃわちゃと、僕の背中で取っ組み合いが始まる。

「ふ、二人共」

 止めたいのだが、何だか柔らかいモノが沢山体に当たるので悔しいが止められない。男とは悲しい生き物である。

「って、あ」

 二人が圧し掛かって来た。体力がゼロに近い僕は、そのまま戸に押し付けられ崩れるように外に出る。

 床に倒れ伏せる僕、ランシールとテュテュもそのまま僕の上に。

 焦って周囲を見渡すが、キッチンが廊下から死角になっており子供達には見られなかった。

 その代わりに、

『サイテー』

 妹&義妹に見られた。彼女らの後ろにはパーティメンバーもいる。

 ゴミを見るような顔で雪風が言う。

「あんたキメ顔でダンジョン出て行ったと思ったら、家でナニしてんのよ?」

「待て雪風」

「ユキカゼ、ワタシはまだ何もしていません」

「ニャーも、まだニャ」

 はい、フレンドリーファイアです。

「このッ女の敵! 好色! 甲斐性なし! 収入ゼロ! 居候! ヒモォォォォ!」

 ザクザクと心を刺されて心臓が止まりかけた。

「あれ? アタシ何だか懐かしい気がする」

 エルフの義妹は何となく責めないでいてくれた。

「賑やかですわね。エア、そちらの御方が?」

「ええ、そうよ」

 女が二人、雪風のパーティメンバーの背後にいた。

 長い金髪の縦ロール。冒険装束に改造した緋色のドレスを身に着けている。右手には魔法使いの杖。明るく愛嬌のある美人だが、今はどこか陰のある顔だ。囚われていたせいか、前に見た時よりも痩せている。

 お供のメイドは、黒髪の爬虫類獣人。尻尾に角、頬にある鱗はどこか見覚えのある黒さ。

 エアが二人を紹介する。

「アッシュ、こちらが【勇者】フレイ・ディス・ギャストルフォ。それにメイドのラザリッサ。ダンジョンの帰りに偶然会ったから連れて来たの。あんたに用があるって」

 嫌な汗が頬をつたう。

 さて、どんな御用だ。

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