<第三章:深淵よりも暗きもの> 【02】
【02】
四十階層、亡霊都市ウロヴァルス。
ここには、レムリアの街が丸写しになって存在していた。ホーンズと言う角の生えた冒険者の成れの果てと共に。
「本当に何もないな」
それが今は何もない。白くぽっかりとした空間が存在するのみ。
「これってさ、大白骨の階層に似てるわよね」
「確かに」
雪風に同意だ。
あそこほど隙間だらけではないが所々に穴もある。白い素材も言われてみれば、生き物の骨に見えた。
だだっ広い空間には、僕らと同じ調査を依頼された上級冒険者のパーティがいる。
全員が全員、付かず離れず関わらず、思い思いに調査をしていた。冒険者組合の人間もちらほらと見える。
「ちょっとー、ご飯できたけどー。伸びる前に食べなさいよー」
エアの声がした。
僕らの背後では雪風のパーティメンバーが焚火を囲み、エアが飯の支度をしている。親父さんも腰を降ろしていた。
この二人も召喚に応じていた。単に暇なだけかもしれないが。
「ラーメンか、懐かしいな。炎教が潰れて以来、他の店でも作らなくなったからな」
親父さんがエアから受け取ったのは、カップラーメンだった。前に異世界の材料で作成した物だ。僕が消えてから作られていなかったが、まだ残っているとは。
「貴重なんだからね。ありがたく食べなさいよ。他の奴らもね」
態度のデカい義妹であるが、貴重な食品を人数分用意していた。
「ほら、あんたも。寝起きで何も食べてないって聞いたから、わざわざ用意したのよ。ユキカゼも食べて」
「どうも」
エアからカップ麺を受け取る。調査は後回し、妹と並んで座り遅い朝飯を食べる。
スープを一口、シンプルな醤油味が空の胃にしみる。フォークで伸びたインスタント麺を啜った。伸びた麺だ。コシはない。
具の干し肉は、噛めば噛むほど味が出る。ちょいと野菜が欲しいがダンジョンで贅沢は言えない。大事なのは活動エネルギーだ。
しかしまあ、二口目からは割とうんざりする味である。………贅沢は言わないが。
「お湯を入れるだけって手軽さは良いけど、やっぱり調理場で作ったラーメンよね」
エアは自分のカップ麺にカレー粉と辛味を追加して麺を大きく啜る。
「騎士団も傭兵もいなくなったし、テュテュの店を建て直したら本格的なラーメン作ろっと。今度こそ、カレーとラーメンの真の融合に挑戦しないと」
義妹の野望はそっち方面だった。
「冒険は良いのか? 他所のパーティから勧誘があっただろ」
「んー」
親父さんの問いにエアは首を傾げる。
「アタシ、冒険者としての目標はもうないのよね。そもそも生活の為で嫌々だったし。今更、他所のパーティに入るのも面倒だし」
丁度良い機会なので、あいつから託された願いをエアに言おう。
「結婚とかどうだ? エア」
「ぶはっ!」
何故か、雪風がラーメンを吹き出した。
「ゲホッゲホッ! あ、あんた何を言うのよ!」
「何故にお前が驚く」
変な妹だ。義妹に言っているのに。
「けけ、結婚とか?! エッチ! あのマリアって子はどうするのよ!!」
「いや、僕とエアが結婚する話じゃないぞ。何を勘違いしている」
「それじゃ何なのよ!」
「お前こそ何なのだ」
「二人共、落ち着いたら?」
エアはズズッとカップ麺を飲み干した。妙に大人な態度である。
「結婚ねぇ、結婚かぁ………………うーん」
神妙な顔で口を拭いて、あんまり麦コーヒーを一口。個人的には美味しい麦コーヒーである。
「変な話だけど。アタシ、冒険が終わったら結婚するつもりでいたのよね」
「へ? 誰と?!」
雪風が食い付く。
「相手はいないけど結婚する気満々だったの。変でしょ?」
「人生設計の一つと思えば変では、あたしもそりゃいずれは………………ねぇ」
誰だそれは? 付き合ってる男でもいるのか?! お兄ちゃん後で調べるからな! いや、落ち着こう。それよりも今はエアか。僕がその相手だと言って信じるだろうか? ぶっ飛ばされるだけだな。
さり気なくメルムから聞いた話を口にした。
「中央のエルフと縁談があるとか」
「ああ、らしいわね。………何でアッシュが知っているの?」
「チラッと聞かされた」
「大体ね、こんな情勢で海越えて嫁を探しに来る? 中央でコソコソしている氏族が」
「確かに」
危険だ。傭兵達は中央に行った。あの大陸は、大規模な内戦に陥るだろう。残った王子が何人いるのか分からないが、僕が相手した二人よりも強者がいるとは思えない。単純な力に、政治力、求心力も虫の息だろう。
エリュシオンは死に体の巨人だ。後はもう、様々なケダモノに死肉を喰らい尽くされるのを待つのみ。
何が残るのか、もしくは何かが産まれるのか、僕の知った事ではないか。
「アッシュさぁ、本当にマリアと結婚するの?」
「なッ」
エアの指摘に言葉が詰まる。いや、雪風もそんな事を言った気がしたけど。
「あんたが寝てる時に『ダディが選んだ男だから、こやつと結婚するぞ』って言ってたけど。しつこく何度も、そりゃ何度も、何かピンク髪がキレてたわよ」
「ワーオ」
そもそも、最初からそんな事を言われた気がする。
「子供の戯言だ」
「精神年齢はともかく、エルフの成体よ。子供産める体だけど」
「………………」
生々しい台詞である。言うてマリアは、娘みたいなつもりで接してきた。それを大きくなったから手を出してムニャムニャとか、光源氏じゃあるまいし。
「う、うーん。ないかなぁ」
更に伸びて膨らんだ麺を一口。
「それじゃテュテュとランシールは?」
「ゴフッ!」
不意打ちに今度は僕が吹き出した。
「お前ら食べ物を粗末にするな」
親父さんに怒られてしまう。
「ハルナの影響だと思うけど、シグレまであんたの事を父親みたいに見ているのよね。そもそもが、ハルナがあんたを『ぱぱー』って言うのもおかしい話だけど」
「それはアレだ。刷り込みみたいなもんだ」
「獣人って、自分の血を見分ける勘が凄い良いのよ。子供だから勘違いしたって所は否定できないけどね」
その勘は大当たりである。
「ま、アタシがどうこう言う事じゃないわ。でも、時間見て二人に聞いてみたら? 気になっていると思うし」
聞けるか。
「アッシュ、責任取りなさいよ」
「いや、だから」
雪風が凄い剣幕で睨んでいる。完全否定できない所がまた辛い。
そんな感じでラーメンは伸びに伸びる。
僕が完食すると、静かに素早く全員が動いた。流石、上級冒険者だ。跳んできた人間を最小の動作で避けた。
転がり受け身を取ったのは、冒険者組合の獣人だった。
『あ』
目が合い声がハモる。
手足の長いモデル体型の猫獣人。僕の担当者だ。
「アッシュさんですよね? はれれ、どうしてここに? まさか世界最速でダンジョン踏破をしたので?」
「これには深く入り組んだやんごとなき事情がありますので、全て組合長が話してくれると思います」
丸投げである。
「それよりも今は!」
彼女の髪が逆立つ。
何かが転がって来た。それは小山程の巨大な肉団子だった。生物のパーツをデタラメに混ぜ合わせ一塊にしたグロテスクなモンスター。避けなければ、潰されて埋もれて肉の一部になるだろう。だが、この感じは―――――――
「皆、任せてくれ」
僕は座ったまま皆を散開させる。雪風は反対する気配だったが、親父さんとエアが動いたので仕方なく続いた。
悪意と敵意に、内なる火が灯る。こいつ僕を狙っている。
来い。
指を鳴らし劫火を生み出す。
黒く炎上する肉団子。燃えながら転がり、僕の目の前で火の粉となり霧散した。ポンチョで灰を払うと塵となり跡形もなく消える。
こいつ【獣】だ。
何故に獣がここに?
「あ」
もしやこれは、【アバドン】か?
そうだ間違いない。
賢王ラーズが、この階層に封じた怪物。失念していた。この階層にはこれがいたのだ。今、焼き払ったのはその一部だろう。
消えたホーンズ、階層の異変、まさか封印が解かれたのか?
「アッシュ、話がある。来い」
組合長が現れた。
「父上も一緒に」
親父さんも呼ばれ、何か言いたそうな雪風とエアを置いて白い階層の隅に移動する。
「この大穴を見てくれ」
組合長が杖で指したのは、壁に作られた巨大な横穴だ。削岩機で掘削されたように綺麗なトンネルが出来ていた。
「アッシュ。今し方、お前が焼いたモンスターは上の階層でも確認された」
「おいおい、モンスターは階層を移動しないって話だろ」
「“普通”のモンスターはな。こいつは違う。厄介な事に、我々は後手に回っている」
「この階層の異常はいつからだ?」
「気付いたのは今朝だ。避難民の対応でダンジョンへの監視の目が緩んでいた。この階層に挑戦する冒険者もいなかったからな。四日前には異常はなかったのだが、その間のどこかで異変が起こったのだろう」
その間か。
僕が手にした劫火と因果関係は………………あるのだろうな。
「アバドンと考えるのは当然だが」
と、親父さん。
「問題は、伝承にあるような動きをしていない所だ。あるモノ全てを貪り喰らうのがアバドンと聞いた。本当に封印が解かれたのなら、ダンジョンも、街も、全て食われて胃の中だろう」
一つ思い当たる節がある。
傭兵王が放った獣達。あれは、劫火に対応しようとしていた。生存しようとするのが生物の基本であり、進化の根源。
獣を焼き払うという劫火。これに対して【アバドン】が変化した可能性は高い。
「組合長、さっきの肉片。あれは組合員や、あんた達で討伐できるか?」
「難しいが不可能ではない」
「任せていいか? 僕の炎なら簡単に焼けるが、そもそも他のモンスターの相手が厳しい」
合わせて、今の体力ではダンジョンを探索する事が難しいのだ。
雪風や他のパーティに同行してもらうのも良いが、確実に巻き込まれる。
「それより、さっきの炎は何なのだ? 貴様がそれで法王を焼くのを見たが」
「我が神の秘儀だ。誰にも教える事は出来ない。で、任せていいのか?」
「………良いだろう。そこまで言うのだ。【アバドン】の行く先に心当たりはあるのだろうな?」
「ある」
最悪だが、大当たりだろう。
「僕の予想だと、奴らはもう地上だ」
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