<第三章:深淵よりも暗きもの> 【01】


【01】


 法王と傭兵王は死んだ。

 遠征騎士団は壊滅、傭兵達は右大陸から去った。

 そして、元凶である黒い竜はトーチに倒され、レムリアに平穏が訪れる―――――はずだ。

 僕は戦いの後、死んだように意識を失い。

「………………ロージー報告を」

 ようやく目覚めた。

「それはご自分の状態をですか? それとも他の事ですか?」

「僕の状態と合わせて、レムリア周辺の情勢を教えてくれ」

 ベッドの横でマキナ・ロージーがA.Iポットを整備していた。見た事のない新しいポットだ。

「ソーヤさんは、三日間意識不明の重体でした。その間、ランシール様とテュテュさんが手厚く看護してくれていましたよ」

「で、これは?」

 隣で寝ているマリアを指す。

 手入れをした長い黒髪は艶々、褐色の肌も美しく張りがある。別れた時はちびっ子だったが、今では成長してエアよりも胸は膨らんでいた。でも身長はテュテュよりも少し上くらいだ。エルフにしては小柄な方である。

 寝ている顔は、子供の時と変わらない。

「努力は認めます。基本的に邪魔になっていましたけど。体温低下を防ぐくらいには役に立ったんじゃないですかぁ?」

 ロージーの声には棘があった。

「僕の体は」

 自分の体を確かめる。角をもいだ痕は綺麗に消えていた。結晶化は左の鎖骨と脇腹まで広がっている。左目の視力も回復していない。

 右目は問題ない。脚は問題ない。右腕も動く。気分は悪くない。呼吸も安定している。

 戦える。

「絶対安静です」

「無理を言うな」

「でしょうねー」

 ロージーに呆れ顔をされる。

 ポットの時と同じ反応だが、生身の表情があると感じるモノが違う。

「で、レムリア周辺の情報は?」

「けっ」

 ロージーは髪を黒くしてイズに変わる。

「ピンクは気分を害したようで、イズが説明するであります」

「どうも」

 あいつ扱いづらくなったな。何ぞそういう日なのだろうか。

「レムリアは、冒険者組合が臨時的に統治しています。件の炎の柱があるので目立った混乱はありません」

「あれが爆発したら?」

「復興を待たず街の利権争いが始まります。冒険者組合、レムリア商会、獣人同盟の三つ巴に、冒険者個人も絡んでくるでしょう。皆、空位の王座を狙うはずです。内戦ですね」

「一人、その勢力をまとめられる人間がいる」

「ベルハルト・オル・レムリアでありますな」

「の、偽物だ」

「偽物? 確かですか?」

「確かだ。僕はベルハルト本人と宴の席で殴り合った事がある。似ているが別人だ」

 本物のベルハルトは弟と同じ栗毛で長髪だった。

 偽物は短く刈り込んだ金髪。

 年齢と体格は似ている。しかし、表情が違う。ベルハルト本人には、どこか少年を思わせるような屈託のなさがあった。偽物が浮かべるのは、人を人と思わない薄暗い冷たさ。影に生きていた者の顔だ。

 後、偽物には左目の下に刃物傷があった。本物にはなかったが、傷の一つ、二つ、戦闘でいくらでも付くか。

「なるほどー、ではランシール様に証言してもらいますか?」

「駄目だ」

「どうしてでしょうか? 効果的かと」

「ランシールの目が曇る可能性がある」

「曇るとは?」

「身内の情ってやつだ」

 ベルハルトの正体は、まだ決めかねている。レムリアの血を継いでいるのは間違いないはずだ。殺す事になったら、ランシールは邪魔になる。

「なるほど、なるほどー。偽ベルハルトは秘密裏に処理するのが一番ですな」

「できればな」

 個人の力量もさることながら、用心深く人心掌握も上手い。今こうしている間も方々に手を回して味方を増やしているだろう。面倒なタイプの敵だ。

「イズ、黒い竜の情報は?」

 トーチが倒したと思いたいが。

「今の所、出現した情報はありません」

「ドローンを飛ばしていただろ。観測データを頼む」

「ここに………あまり参考になりませんけど」

 イズは触手を伸ばしてタブレットを寄こしてきた。

「何だこれは?」

 画面には竜は映っていなかった。黒い霧のような何かが竜の輪郭を作っている。曖昧で不定形、とても生物には見えない。

「ソーヤさんが戦った“竜らしきモノ”であります」

「そんな馬鹿な」

 動画を再生させる。

 竜が地上から落ちて来た所、親父さんが炎を斬る所、翼を斬る所、トーチが自爆するシーン。

 その一連の動画に僕が見た“黒い竜”は映っていない。映っていたのは、黒い霧と戦う僕らの姿。確かに映し出されていたのは、吐き出された炎くらいだ。

「こいつは何だ?」 

 どこかでこれと似たようなモノと戦った気がする。

 喉元まで出ているのだが、思い出せない。

「分かりません。電子的な手段では観測できないのです。ただ分からないとしか言いようがありません。イズからはこれ以上何も、ですが一人詳しそうな方がいますので」

 イズが取り出した鈴を鳴らす。音を聞いて降りて来たのは、仮面を付けた魔法使いだ。

「おい、【無貌の王】。説明しろ」

『当たらずと雖も遠からず。【無貌の王】とは、故・始祖魔術師の記憶を引き継いだ生体の呼称である。尚、この個体になった理由は――――――』

「それは後でいい。説明しろ」

『相変わらず、細かい事を気にしない人間であるな。予想はできるが今は“分からない”と答えざる得ない状態だ』

 使えない奴。

『しかし、予想通りならダンジョンに変化が現れるはずだ。そろそろ使いが来るのではないか?』

 また一人、地下に降りて来る。

「って、ワーグレアス何してるの?」

 雪風だった。

『世間話である。劣情を抱く異性のパーツに付いて語っていた』

 おい妹の前で止めろ。

「あ、はい。アッシュ、体の調子は?」

「割と良し」

「組合長が上級冒険者を全員召喚しているの。あんたも来て」

「だが僕は」

 上級冒険者だった記録は、全て消えているはずだ。

「組合長、直々の指名よ。断ったらあたしが面倒なの」

「………………それじゃ、仕方ないな」

 あの野郎、奇しくも僕の弱みに付け込みやがって。

「して雪風。組合長は、何故に上級冒険者を召喚している?」

「ダンジョンの異変調査。あたしも少し覗いて来たけど、四十階層、亡霊都市が消えてなくなっていたわ」

「は?」

 あの階層が消えただと? どういう事だ。

「詳しくは現地よ。身支度して。消耗品はあたしが用意したからさっさと動く」

「へぇへぇ」

 動かない訳にはいかない。ベッドから体を起こすと、眠っているマリアに袖を掴まれた。

 それを雪風に白い目で見られる。

「あんたさ、女性関係でいつか痛い目に合うわよ」

「気を付ける」

 もう手遅れな気もする。

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