<第二章:クォ・ヴァディス> 【15】


【15】


 今まで何度剣を振るったか? 時々気になってしまう。

 言っては何だが、僕に剣の才能はない。剣を持つようになった切っ掛けも、契約した神の奇跡により達人の経験を盗めたからだ。

 魂を引き継ぐ。

 そう言えば聞こえは良いが、ただのペテンに過ぎない。

 だからこそ、数に拘った。

 才能のない僕からすれば、剣を振るった回数だけが上達した証なのだ。

 人知れず夜明けまで素振りをした。

 誰にも言わず一人でダンジョンに潜りモンスターを斬り殺した。

 様々な剣士の様々な戦いを見聞きして記憶した。

 身になったのかは分からない。

 戦いになればそんな迷いは後の後。体の動くまま、命が望むままに剣を振るう。それで何とか今日まで生き延びて来た。

 それが借り物の力なのか、努力の成果なのか、分かりはしない。

 だが何故か今、敵を前に考えている。

 敵は死に場所を求めている。自らの命を捨てている。相打ちで大勝利、負けても勝利、戦う前から勝ちは決まっている。

 僕はどうだ?

 死ぬ覚悟は十分にある。しかし今は死ねない。地獄に連れて行く奴がまだいる。

 では、この敵に僕の剣技は届くのか? 

 否、と理解している。

 ザモングラスの剣技では駄目だ。親父さんの猿真似でも駄目だ。隻腕隻眼の体では、欠けた剣技では届かないのだ。

 傭兵王の剣。厚く長いがそれ以外は変哲もない大剣。飾り気のない実用一点の得物。その剛剣に、断ち割られる自分を幻視した。

 何をどうしようとも斬り殺される自分を見た。

 両断される。良かろうが悪かろうが、相打ちしか見えない。

 最初に戦った時と圧倒的に違う。身一つ剣一つでは到底届かない実力差。

 分が悪い。

 命を捨てて向かって来る敵とは、こうも厄介なモノか。

 ああ、何という皮肉か。

 これは普段の僕そのものだ。

 傭兵王は自然体で進む。構えは浅く、それ故どのような攻撃でも放てる。

 刃圏が喉元に迫った。

 刹那。

 頭をよぎるのは、自分らしい戦い方という概念。

 冒険者のように、諸王の配下のように、もしくは異邦人のように、強い弱いは別とすれば戦い方など幾らでもある。

 ごちゃりとした思考の中、一つを選んだ。いや、一つに拘らない事を選ぶ。

 極限まで体を脱力させた。刀の柄に五指を絡ませる。体はカウンターを狙う。後の先に全てを賭す。

 剣が振り上げられた。

 刃は踏み込みと同時に僕の頭を叩き割るだろう。この体では避ける事はできない。受け太刀では止められない。この頑強な肉体を一撃で断つ事はできない。首を刈っても刃は落ちる。

 間合いに入れた時点で、僕の負けは決定する。


 例外があるのなら――――――――


 ――――――――剣技では戦わない事。


 刀を神速の抜刀から“投げ放つ”。薄紙一枚間合いの外、カウンターを匂わせる殺気と構えで虚を突いた。

 稲妻を避けられる人間はいない。雷光に等しい投擲。

 自負ではなく、刀は傭兵王の心臓を貫いた。

 急所だ。

 急所のはずだが、傭兵王は更に一歩進む。

 修羅の形相で僕を睨み付け剣を落とした。歴戦の傭兵王、最後の一撃は重く鋭く。しかし、僕のいない中空を斬り裂く。

 絶命しても尚、剣線に揺らぎはない。賞賛に値する。ただ、

「陛下は倒れなかった」

 崩れ落ちた傭兵王に、その言葉を吐き捨てる。

 死体から刀を回収して傭兵達を睨む。

「僕の勝ちだ。女を返せ」

 それとも王の後を追うか? そんな殺気を当てる。

「返してやれ」

 頭目らしい傭兵が他の傭兵に命じる。マリアが首輪の鎖を引かれ連れて来られた。

 トーチが前に出て傭兵を脅えさせる。

 もしやマリアは? と言うのは杞憂だった。

「………………ダディ?」

『そうである』

 半壊した兵器を前にマリアの瞳に光が戻る。下衆な感情だが、この二人の絆に妬けてしまった。

「ダディ、ボロボロだな」

『問題ない。それよりもマリアには休息が必要だ。清潔な服と洗浄も必要である』

「外に、あ」

 マリアは何かに気付いた。

「早く戻らないと! ダディの体は!」

『駄目だ。一度流れ始めた時間は止められない。君の時間もだ』

 トーチの右腕にマリアが抱き付く。

「そんな事はない! きっと治せる!」

『いいや、私はもう死んでいたのだ。あの聖域で朽ちて行くだけの鉄屑だった。大尉が私を眠らせたのは、自分達が忘れ去られるのを恐れたからだ。一縷の望み託して、いつ来るとも分からぬ誰かに、私達が生きたメモリーを伝える為に。―――――その願いは叶えられた』

 トーチは僕を一瞥する。

『娘の成長も見る事ができた。私に悔いはない』

「そんな事は!」

『悲しいが、親とは子供より先に死ぬものだ。それに―――――』

 マリアは泣きじゃくってトーチの話を聞かない。

 見た目は大きくなっても子供のままだ。いや、親の前では子供は子供のままか。

 風が吹いた。

 風が鳴いた。

 トーチの電源灯が点滅する。

『認めたくないが、後を任せる男を見つけた。これでお別れだマリア。どうか健やかに幸せに』

「ダディ、イヤだ。イヤ! ………………いや………………そうか」

 マリアは別れを飲み込んだ。

「そうなのだな」

 そして、気丈に振る舞う。

「ダディ、さよならだ。愛している」

『私もだ。娘よ。愛している』

 別れ。

 父と娘の抱擁。

 一人は巨大な人型兵器、一人は肌の黒いエルフ。美女と野獣、差別的な見方をすれば異形の者同士。絵になる光景だ。

 なのに何故か、何だこの胸騒ぎは。

 傭兵達に戦意はない。戦いは終わったはずだ。なのに何故?

『ソーヤ、後の事は』

 トーチの言葉を影が止める。

 大きな影が差す。周辺全てを覆う影。急な突風が吹き荒ぶ中、僕は空を見た。

 太陽を隠す巨大な“黒い竜”がそこに――――――ここに降りて来る。

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