<第二章:クォ・ヴァディス> 【14】


【14】


 四方八方から大小様々な獣が襲いかかって来る。

 指を鳴らした。

 獄炎が噴き上がり獣を焼き払う。肉は灰に塵に、何も残らない。僕の右目に捉えた獣は何者も残さない。

 炎は幾度も草原に現れた。その度に激痛が体を駆け巡る。

「………ッ………ッッ」

 今更、痛みが何だという。こんなモノ、絆が失われる事に比べたら子猫がじゃれてくるようなモノだ。

 燃えろ。

 塵になれ。

 消滅しろ。

 獣は全て消す。血の一滴も逃さない。地上から消し去り、人々の記憶から消し去ってやる。

 黒い呪炎が獣達を包む。どんなに早く駆けようとも、僕が見る方が圧倒的に早い。こちらは視界に捉えるだけで獣を焼き殺せるのだ。爪や牙が届く前に全て焼き――――――不意に炎が途切れた。

「がッ」

 バキリ、結晶化した左肩が砕ける。耐え難い痛みが体に現れて爆ぜた。大量の出血。バランスを崩してトーチの肩からずり落ちる。

『接近警報』

 トーチが僕の前に出た。装甲に何かがぶつかる。周囲に散らばる剣や槍、鎧に盾。

 獣達が傭兵の死体から武器を拾い投擲してきた。不用意に近付いては来ない。この獣達、妙に知恵が残っている。もしくは、僕という脅威を前にして急速に適応しているのか。

『ビーストの勢力は半壊した。引き続き今の力を使用できるか?』

「問題、な」

 血の塊を吐き出す。体のどこかが完全に壊れた。歯を食いしばって自分に命令するが、脚は動かない。腕は上がらない。倒れ込まないよう座っているので精一杯だ。

 何度も祈り、何度も命じる。

 しかし体を動かず、炎も現れない。

『気をしっかり持つのだ。マリアが待っている。例え忘れていたとしても、マリアは貴公を待っている』

 獣の投擲をトーチが防ぐ。異常な腕力で投げ放たれた金属が装甲に突き刺さった。ポットに、腕に、脚に、貫通こそしないが、じわじわとトーチにダメージ与えている。

『立て! 立って戦え! 戦いに正義や悪はなくとも、男が女の為に戦うのは生物として極真っ当で上等な本能だ! ソーヤ! 貴公も男なら今すぐに戦え! こんな情けない男に我が娘を任せて逝けるか!』

 やかましい僕だって必死にやっている。

 自分の内側を見る。

 見えない左目で己の深淵を見つめる。

 奇跡が種切れとは言わせない。まだ何かがあるはずだ。もし無いのなら今からでも創り上げてやる。

 力を。

 この死に体に今一度戦う力を。


 右目で獣を見る。

 獣達は集合して、歪な巨人と姿形を変えていた。本物より数倍おぞましいグロテスクな王子の似姿である。

 数百をある多腕と数千ある指で、戦場の金属を成形して一本の巨大な槍を作る。巨腕がそれを振り上げた。


 左目は光を見た。

 過去から記憶を引き出した。

 ヒントは亡霊都市、彼女と同じ白き尖塔の似姿。草原に今も尚佇むダンジョンの姿。潜む天魔、永遠に戦い続ける角を持った冒険者、顔のない王、魔道の始祖。


 最後の力を振り絞り、僕は自分の角を掴む。


(ようやく気付いたな、異邦人。その角は【新たな魔笛】だ。ヴァルシーナに預けた【魔笛】は砕かれた。我が体も星見に移す物のみ。獣を焼き払う者よ、天魔を塵滅する者よ、我が弟子の仇にして、我が弟子の末よ。我が秘術の深淵を受け取るがよい。そして【劫火】を生み出すのだ)


「回りくどいんだよ。無貌の王! 最初っから力を貸せ!」

 闇から聞こえる声にキレて、僕は角をへし折った。

 後頭部を殴られる痛みと衝撃。知った事かと口を開き、角に喰らい付く。食感は飴細工。味は分からん。味わうつもりもない。ただ噛み砕いて飲み込む。


(………おい、異邦人よ。それの用途は)

「うるさい!」


 飲み込んだ力の塊と再生点が掻き混ざり、無理矢理体を再生させた。

 痛みは消えず、体も不調のまま、それでも立ち上がる力は湧く。

 獣の投げ放った大槍をトーチが殴り飛ばす。左腕が半壊して大きく態勢を崩すが、トーチは倒れない。堪えた。

 僕は獣を見据える。

 手を伸ばし、握り潰すように手を閉じる。

「塵と消えろ」

 劫火が獣を包む。黒くタールのような炎が獣を舐め尽くす。一匹も残さない。決して逃さない獣殺しの炎。

 巨人は空に両手を伸ばし崩れ落ちる。

 獣の断末魔が一際大きく草原に響いた。

 声の後には何も残らず、塵が風に吹かれて消える。戦場に残るのは人の死体と、砕けた金属の欠片のみ。

「ふッ」

 大きく息を吐く。呼吸は乱れ、額から汗が流れる。違う汗じゃない。へし折った角の根本から出た血だ。こんなもの今更どうだっていい。

 まだ、行ける。

 まだ戦える。

「トーチ、行けるな?」

『破損個所をパージする。メインエンジン停止、補助動力に移行。………………問題ない』

 トーチの左腕が切り離された。同時に損傷した装甲も落ちる。エンジン音が停止して小さな別の駆動音が響いた。

『総合戦闘能力18%にダウン』

「そうか、僕はまあ半分くらいだ」

 僕が進むとトーチも進む。

『貴公が半分なら、私の戦闘能力は60%だ』

「張り合うな。………お前が60%程度なら僕は80%だ」

 一歩前に出ると、トーチも一歩前に。

『言葉に矛盾が見られるが? 私は90%だ』

「僕は95%」

 追い抜き合い自然と早歩きに。

『私は96%だ』

「こそい数字の上げ方をするな。99%だ」

『99.99%である』

「左腕無くなって本調子と同じかよ」

『貴公にも同じ事を言う』

「男は傷を負ってからが本物だ」

『私にも同じ事が言える』

「前々から言いたかったが、A.Iの性別判断基準って何だ?」

『差別的な発言であるな。心が男なら男である』

「自己申告なのか。ああでもな、うちのA.Iは人格通り女体化していたな」

『興味深い話であるな。しかし後だ』

 僕ら二人は、傭兵王の前に出る。

 護衛の傭兵は百にも満たない。それを片付ければ後は王のみ。

 息を吸い込み声を張り上げた。

「惨めだな! 傭兵王! 手駒を失った王ほど惨めな者はない!」

「さかしいぞ小僧」

 意外にも安い挑発に乗って来た。

 まあ、挑発は安くともここまでやって来た行動は無視できないか。

「貴様が倒した兵は我が兵の極一部だ。ほとんどはもう海を越えさせた。今の稼ぎ所は中央にある。法王は権力を失い。騎士団は各地で散り散りになった。聖女の信仰など戯言に過ぎず、民をまとめるには到底及ばない。彼の地では、肥えた為政者の首の取り合いが始まる。

 そして、王の時代は終わる。

 騎士の時代も終わる。

 信仰と神の時代も終わる。

 獣が人を支配していた時代が終焉し、次にやってくるのは金で動く傭兵の時代だ」

「そうか」

 全否定はできない。そういう可能性も十分にある。

 しかし、知った事か。

「では、傭兵王。後ろの女を置いて。さっさとこの土地から出ていけ」

「断る。貴様は一つ勘違いをしている」

「ああ?」

 傭兵王の護衛が引く。王が一人、剣を携え悠然と前に出て来た。

 デカい男だ。体格は陛下と同じくらいか。圧も似た所がある。

 獣を宿した王子にはなかった【人の王】としての気骨を感じる。出会い方が違えば、こいつの部下になっていたかもな。

 ま、冗談だ。

「余は死病に侵されている。次の航海には耐えられぬ。獣を殺す者よ、新たな時代の先触れよ。余の生の締め括りとして貴様ほど相応しい敵はいない」

「死にたきゃ一人で死ね。道連れを探しているだけじゃねぇか老害」

「貴様に選択肢はない。余と戦うか、余と戦わずして女を諦めるか」

「………………くっだらねぇな」

 乗ってやるよ。

「トーチ、僕が死ぬまで手を出すな」

『ラジャ』

「我が子達よ。余が死すとも手を出すな。この戦いの全てを記憶して語り継げ」

 僕も傭兵王も共を引かせる。

 サシの戦いだ。

 この戦いの最後を締めくくる刃を交えた人間らしい戦い。


 それは、一瞬で決着が付いた。 

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