<第二章:クォ・ヴァディス> 【13】


【13】


 トーチが進撃する。

 傭兵は果敢に攻めて来るが剣や槍、弓矢や弩では装甲に傷一つ付かない。歴史に戦車が初登場した時のように、圧倒的な力で歩兵を薙ぎ払う。

 装甲と機動力、火力こそ本来の性能より落ちているが、鋼鉄の腕を止められる者はいない。

 まさに一騎当千。対戦車兵器がない異世界では、無双できる兵器だ。

 ただし、

「トーチ、吐きそう」

『我慢しろ』

 乗り心地が超最悪である。トーチが飛んだり跳ねたりする度に体のあちこちをぶつける。三半規管にダメージを受ける。頑丈さが売りの僕でも、急な制動で何度も意識を失いかけた。鉄の棺桶に入れられて悪魔にシェイクされる感覚。

「人間が乗るものじゃない」

『男は我慢である。舌を噛むぞ』

 一際高い跳躍で視界がブラックアウトした。暗闇の中、落下が始まり着地と同時に肉を叩き潰す音を聞いた。それに人間の人間とは思えない断末魔。

 乗っているだけで敵を倒せるのは良いが、乗っているだけでも拷問だ。

「トーチ」

『耐えるのだ』

「違う。9時方向から魔法が来るぞ」

 暗闇から気配を感じ取った。膨れ上がる力の気配。

『ラジャ、確認した。投擲準備』

 視界が晴れる。右腕で傭兵の持っていた剣を握り潰して弾丸を作った。

『ターゲットセット』

 トーチが目標に向かって体を動かす。装甲の隙間から魔法使いを目視。大盾を構えた傭兵達が

密集陣形で護衛している。

『投擲』

 右腕を振り上げ、ショートジャンプから振り下ろした。弾丸は盾を貫き、傭兵を貫き、魔法使いも容易く貫く。

『ヒット―――――――しまった。下方トラップだ』

 攻撃後の隙を突かれた。ジャラリと装甲を擦る金属音。地面に仕掛けてあった太い鉄鎖が跳ねあがり、トーチの手足に絡み付く。

『対ビースト用と推測』

「そりゃ諸王の兵だからな」

 大物との戦い方は心得ている。

 鎖を傭兵達と馬車が引く。トーチの両手が強制的に伸び、関節部に鈍い異音が聞こえた。

「外に出て斬る」

『問題ない。私を何万馬力だと思っているのだ』

 エンジンが吼えた。鋼の剛腕が鎖を振り回す。

「ああ、まあ」

 六台の馬車と無数の傭兵達が空を飛ぶ。馬には同情せざる得ない。あの高さでは即死だ。

 まず人が落ち、その上に馬と荷台。激しい衝撃で血煙が舞う。果物が砕け散る様に似ていた。

『敵、攻勢停止』

 攻撃が止んだ。包囲も開いている。トーチの力に恐れおののいて――――――いや、ないな。傭兵といえども諸王の兵だ。

 脅威だからと、強者だからと、未知の敵だからと、どれだけ味方の死体が詰まれようとも、諸王の兵は敵を恐れて退くことはない。

 眼鏡にドローンの情報を映して周囲を索敵。

「トーチ、何か来る」

 案の定、次の手があった。馬車が一台迫って来る。御者がいない無人の馬車。

 荷台に変なモノが積まれていた。

 鉄鎖でグルグル巻きにされた細長い物体。ミイラのようにも見える。

『攻撃する』

 トーチは落ちていた槍を投げた。槍は荷台を貫通、驚いた馬はいななき逃げ出す。荷台のミイラを僕らの前に落として。

「こいつまさか」

 蠢くミイラ。

 その背中らしき部分が割れる。まるで蛹、そして出て来たのは毛むくじゃらの細い腕。腕の細さに反して爪が長く鋭く。鋼鉄すら削れそうだ。

 もう一本、腕が生えて来る。

 更に“もう一本”。

 四本、五本、六本、数十、更に更にワラワラと腕が生えて来る。大量の腕がイソギンチャクのように見えた。それがミイラを引っ下げ――――――

『観測機器が異常数値を計測した。ビーストだ』

 跳んで来る。

 衝撃に襲われた。トーチが跳躍した時よりも激しい動き。天地がひっくり返り、回る回る。

『迎撃開始』

 急な制動で計器に頭をぶつけた。

 肉と鋼が鳴る。空気が爆ぜる。赤いランプが点灯している。装甲越しに激闘の気配。

「ホントッ!」

 最悪の乗り心地だな!

「敵の動きを止めろ! 一瞬で良い!」

 返事代わりの重い打突音。

 僕は後部ハッチから飛び出した。眩い日差しに目をしかめ、血と死の匂いがする草原に躍り出る。

 トーチの両拳が獣を叩き潰していた。この程度で死ぬなら獣ではない。再生してトーチの両腕を砕こうと腕を絡ませている。

「汝に命ず」

 トーチの肩に立ち、獣を見下ろす。

 無数の腕が一斉に、僕に手の平を見せた。そこにあるのは瞳。何かしらの感情を持った人間の瞳。

 マインドセット、トリガー。

 詠唱はいらない。永遠に獣を殺す力は、文字通り永遠に僕に流れ続けている。

「灰滅しろ」

 その一言で獣は黒い炎に飲まれた。

 不死など幻想に過ぎないと、灰すら一瞬で塵になり跡形もなく消える。

『ビースト、完全消滅。これが貴公の力か』

「こんなもんだ。獣が相手なら―――――」

 余裕で倒せる、何て虫の良い話はない。猛烈な吐き気と立ち眩み。噴き出る脂汗。僕はポシェットから薬瓶を取り出した。

 二本同時に一気飲み。喉が焼けて胃が燃える。耳に響く自分の心音。気分は最悪であるが、これで体は動く。

『不調のようであるな』

「騙し騙しやってきたツケだ」

 体が熱い。燃えているようだ。薬の影響だけじゃない。ワイルドハント・ニュクスの後遺症だろう。永遠の力など僕には過ぎたモノだったな。

『奇遇である。私も機関部に深刻なダメージを受けた。機能停止目前、かも知れぬ』

「はいそうですか」

 信じるわけないだろ。オカルト機体が。

 しかし待て。

「こいつらは何だ? 何故に諸王が獣を」

『私もプランを立てた事はあったが、非戦闘員への被害やモラルの問題がある為、破棄した。ようは爆弾である。ビーストの素養のある人間を【加工】して、特定の箇所に投下するのだ』

「………………なるほど」

 おぞましいな。制御できない兵器を投入するとは、下手したら自軍が壊滅するぞ。

「嫌な予感が」

『私もである』

 ドローンが近付く馬車を捉えた。一台や二台じゃない。

『34体のビースト加工体を捕捉。この陣を囲むように近付いている』

「………………」

 悪い予感ほど必ず当たる。

「傭兵王の奴、自滅するつもりか? この量の獣を放って僕らが負けたら次は自分だぞ」

『死なばもろとも、ではないな。制御する方法があるのか、もしくは貴公のように対抗する術があるのか。そんな事より今は』

「分かっているさ」

 傭兵王を守る兵は少ない。今ならトーチで突貫して蹴散らせる………が、この量の獣は放置できない。街に被害が及ぶ。下手をすれば大陸の文明が半壊する。

『先の獣を焼いた力、私の機体内では使用不可能なのか?』

「駄目だ。変な“引っ掛かり”を感じた」

 恐らくはトーチが獣に対抗できている意思の力。旧シーカーブリゲイドの人間達の願いが、この機体には宿っている。皮肉にも、それが干渉して僕の力を妨げているのだ。

 ここからは、肩を並べて戦うしかない。

「来るぞ」

 肉眼で捉えた馬車が獣に飲まれた。体中に口を持つ軟体状の獣が太陽に向かって吠える。

 呼応するように、他の獣も目覚める。

 異形の獣達のオーケストラ。響き合う黒い炎。力が暴れている。僕と言う入れ物が、壊れようとしていた。

『で、戦えるのであろうな』

「当たり前だ」

 愚問を吐くな。

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