<第二章:クォ・ヴァディス> 【12】
【12】
『五番チェック』
「チェック」
『六番チェック』
「チェック」
『七番から十二番までチェック』
「チェック………雪風、八番の計器が赤点灯だ」
『了解。回路を迂回させるわ』
装甲の外から回路を弄る音。
『メインスイッチ、チェック。大きいランプよ』
「チェック、緑だ」
『電装系オールクリア。続いてトレース機能のテストに入るわ。右腕を上げて』
右腕を上げると、ぶ厚い装甲に包まれた腕が追従して動く。
「重いぞ」
とても戦える速度ではない。
『力を入れ過ぎである。柔らかく、素早く、引っ張るのではなく“押す”感覚で動かすのだ』
真上からトーチの助言が入る。
言われた通り“押す”感覚で右腕を動かす。先程より遥かに軽く腕が動いた。何となく理解した。動かす力は最小限でいい。ただし、動作の“返し”には重い抵抗がある。
ようは、一挙一動を頭に入れてから先読みして動くのだ。
考えるより先に体を動かす普段の戦いとは違う。
「反応が遅いな。慣れるまで訓練が必要だ」
『性能限界である。ある程度は私が動かすが、動作予想は人間がやった方が遥かに早い。特にトリガーを引く事は』
「なるほど」
指先にある銃器と連動した引き金に触れる。
『アッシュ、五指を動かして』
「了解」
雪風の通信に従う。指の開閉も腕の動きのように押す感覚で行う。
「これ危ないな」
『そうである。戦闘機動中、乱暴に指を動かすと骨折する危険性がある』
「欠陥だよな」
『欠点のない兵器はない』
「欠点といえば―――――――」
僕はトーチの中に入り、急ぎで機体のチェックをしている。乗り込みは後部ハッチから、マキナ達でいうA.Iポット部分に軽い前屈みで入り込む。座席は小さく尻が痛い。
操作は難しくはない。トーチの手足にあるスペースに自分の物を入れて動かすだけ。難しくはないが、この“押す”感覚に慣れて十二分に動かすのは難しい。
それに、
「暑い。狭い。暗い。息苦しい」
この空間は快適には程遠い。真っ暗な中、両サイドには計器とランプの明かり。頭上すれすれの所には、トーチの水溶脳が納められた容器。手足の圧迫感も酷い。
『アッシュ、視界はどうであるか?』
「覗き見している気分だな」
小窓というより隙間だ。
『私がある程度はサポートする。しかし、有能な戦車乗りは装甲越しに敵の気配を察知するのだ』
「五分前に初めて戦車に乗った男に言う事か?」
てかこれ、戦車とは全くの別物だろ。
『何事も目標は高く持て』
「あのなぁ」
トーチの左腕が動く。僕の左腕は垂れ下がったまま、動かないので収納していない。
『拳を合わせるぞ』
言われた通り、トーチの左拳に僕が動かした右拳を当てる。胸部装甲の前で拳が鳴る。
『もう一度だ』
トーチの左手が動く。勘で動きを読んだ。
機体頭上で拳が鳴った。
『上出来である』
不安だったが、装甲越しでも何となく気配を掴める。
『貴公、左目は弱視であるな』
「いや、全く見えない」
『それでこの動きが出来るのなら上出来だ』
「どうも」
久々に褒められた気がする。
『ユキカゼ、点検は終了したな?』
『機体は完璧よ。でもね――――――』
『なら上出来である。ブラザー、内蔵火器は問題ないか?』
『問題ないのだ。でも弾が少ない』
『理解した。時間が惜しい。これから戦闘に移行する』
『待って待って! トーチあなたの水溶脳には問題が!』
『問題ない』
『問題あるの! 今の状態じゃ―――――』
僕は通信のスイッチを切った。
「うるさい妹ですまんな」
『問題ない。………妹なのか?』
「向こうは忘れているが兄妹なのさ」
『切ない話であるな』
無視すんな! と、外から雪風の肉声。合わせてスパナで装甲が叩かれる。
『エンジンを点火する』
軽い爆発音と共にトーチの体が震え出した。座りの悪い椅子が振動で更に悪く。空間の不快度指数が増す。
『左腕、左脚のキャタピラ展開。無限軌道開始』
トーチの体が左に傾く。
眼鏡の通信をオンにしてガンメリーに繋ぐ。
「アレの準備は?」
『今、持って来たー』
背後にガンメリーの気配。何かを引いて来る音。
「おい、トーチ。どうやったら背後が見える?」
『見えぬ。私が確認する。ブラザーが荷台を引いている。荷物も予定通りである』
「掴んで移動するぞ」
右腕が勝手に動いて荷台を掴んだ。
『移動開始する』
「了解だ」
と、戦いに行く前に一言。
ハッチを開いて外の空気を吸う。荷台を引き草原をのんびりと進むトーチは、牧歌的過ぎて兵器には見えない。少し離れた所に、雪風とガンメリーが整備部品を広げて立っていた。
「行って来る!」
「お前ら人の話を聞けやぁぁぁァァァァァァ!」
手を振ると、妹が元気良く返事をくれた。
「万が一の時は分かっているな!」
「分かってるわよ!」
用意周到な妹の事だ。避難する手筈は問題ないはずだ。“僕らが負けて死んだ場合”であるが。
妹は、まだ何かあるようで上を指すジェスチャーをしている。
『ドローンを放出したと言っている。すまないが、距離が開くと吾輩の量子チャンネルとブラザーのチャンネルが混線する。故に今回は吾輩のサポートはなしである。後は任せるのだ』
「ああ、問題ない」
せまっ苦しい戦車に戻る。
『ハッチのロックを忘れるな』
後ろ手でハッチのかんぬき錠をかけた。
「トーチ、ドローンが打ち上げられているそうだ」
『ラジャ、増設されたネットワーク機能をオンラインにする。戦術データリンク開始』
眼鏡にドローンの上空映像が映る。300メートル先、傭兵王の陣。前に見た時より明らかに数が少ない。
『敵総数、500』
「思ったよりも少ない」
『移動した形跡がある』
ドローンが最大望遠で車輪の轍を映す。もしや、マリアと傭兵王も移動した後か?
「いや」
杞憂だ。自分のテントの前で傭兵王は待ち構えていた。背後に繋がれたマリアも見える。
動きを察知されたか、それとも長年戦い続けた者の勘か。
ともあれ、
「舐めているな」
『好都合である』
僕一人ならこの程度の戦力で十二分と見たな。それか兵はお飾りで僕とサシでやってくれるとか? どの道、知った事か。
『アッシュ、戦う前に一つだけ伝えておく』
「何だ?」
『私の水溶脳は破損している』
「………………」
おい止めろ。
『私達が根城にしていた聖域は、時の流れが緩やかだった。マリアの急激な成長を見る所、外に出れば元の時間が追い付いて来るようだ。私に残された時間は少ない』
「雪風は修理できなかったのか?」
『私が拒否した。それこそ時間が足りない』
「それじゃお前」
『問題ない。だが“ソーヤ”、私が停止した時は迷わず進め。何故に偽名を名乗っているのか、その姿や傷で察した。それが、人が獣と戦う代償なのだな』
「憶えていたのか」
『今朝方、メモリーが囁いていた。今し方、関連付けて思い出した。人に忘れられる事は悲しい事である』
「そうでもないさ。失った絆は戻らない。だが、人の絆は何度でも作り直せる」
『理解した』
「実は僕も死にかけだ。長くはもたない。それでもお前よりは長生きするが」
『それは良かった。私は依然として、マリアと貴公の結婚には反対である』
この野郎、それを蒸し返すか。
「死にかけのポンコツと半死人を合わせれば、まあ一騎当千の半分くらいだな」
『御託はいらん。やるぞ』
トーチが停止した。
『キャタピラ収納、戦闘機動用意』
傭兵王の陣は80メートル先、目と鼻の先だ。身構える傭兵達の姿を捉える。
「トーチ、肩は強いか?」
『本気を出せば、ジョージ・シスラーからスリーアウトをとれる』
どちら様か知らないが、凄い人なのだろう。
「それじゃ花火を投げてくれ」
『任せろ』
右腕で荷台に積んだ樽を掴む。
『貴公、野球の経験は?』
「全くない。チームプレイが必要なゲームではいつもハブられていた」
『………………私が投げる』
ドローンがトーチの姿を映す。機体が揺れた。砲丸投げのポーズをとる。足と左手を使った軽い助走から、右手を突き出す。
装甲越しでも聞こえる風切り音。樽が遥か上空に飛んだ。
『ターゲットエイム、微補正は私がやる。トリガーは任せた』
「了解」
右腕を動かし、上空の樽に合わせる。大まかに狙うと的に腕が吸い付いた。
装甲が展開してブローニングM2が現れる。本来は両腕合わせて四丁ある銃器だが、今はこれ一丁限り。しかも弾は63発と心許ない。
『トリガー』
引き金を引く。
乾いた爆発音と軽い振動。薬莢が装甲の排莢口からこぼれた。まるで大砲だ。マスケット銃がクラッカーに思える。杭のように太い弾丸が、火薬を満載した樽に突き刺さり―――――
ドカン! と、大爆発である。
爆炎と衝撃が傭兵達に降り注ぐ。トーチの機体もビリビリと震えた。
「何人やれた?」
『戦闘不能10』
思った通り少ない。当たり前だ、下手をすれば爆発にマリアを巻き込む。だから、陣の外周に火薬樽を投げた。
「続けてやるぞ」
『了解』
また樽をぶん投げる。撃ち抜いて爆発させる。
総数6個の樽を空中で起爆させて、音と衝撃に慣れていない兵を50人無力化できた。爆発で殺傷した数はその半分にも満たない。
だが予定通り。
「密集した。トーチ、射撃用意」
『了解』
傭兵王の陣は、爆発で竦み、逃げ、否応なしに密集した。
これなら少ない弾数で薙ぎ倒せる。
「マリアに当てるなよ」
『愚問である』
ブローニングM2がフルオートで発射される。
ズザザザザザザザザザザッ! 掘削機に似た響く。密集した人間の体を、弾丸が豆腐のように噛み砕く。盾を構えようが、鎧を着こもうが、何の意味もない。弾丸は計画的に貫通して致命傷を与えた。
悲鳴は少ない。射撃が当たった者は、ほぼほぼ即死させた。
随分前に、僕は持ち込んだ銃火器を廃棄した。こんな光景を見ればその判断は間違っていなかったと自負できる。あれが集団に渡っていれば、こんな地獄が街で量産されていただろう。
『弾切れである』
「何人殺した?」
『死亡217、重軽傷者なし』
トーチは銃火器を切り離した。
「処分しろ。こんなもん他の誰にも使わせない」
『了解』
トーチの両手が、ぐしゃりと銃を包み込む。放すと鉄屑が草原に転がった。
「さて」
残り敵は残り283。
「トーチ、ここからが本番だ」
『理解した』
鋼鉄の巨人が拳と肩を鳴らす。
ゆっくりとした歩みで敵に向かう。
「素手で残りの傭兵をぶっ飛ばし、できれば傭兵王もぶっ飛ばす。言っておくが、王は伊達じゃないぞ。人間と思うな」
『問題ない。男が最後に頼るのは、いつの時代も拳だ。戦闘機動開始、ソーヤ跳ぶぞ』
走り出したトーチが両腕を使い跳躍する。その動きは機械ではない。野生の獣だ。
タマが竦み上がる速度で跳び、倍の速度で落ちる。
不幸にも着地点にいた傭兵はミンチになった。巨大な手が人間を掴み、遠く空にぶん投げる。殴り倒し、叩き潰し、引き千切る。
暴れる姿も獣のそれだ。
『傭兵共、私の娘を返せ!』
だが、叫ぶ言葉は実に人間だった。
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