<第二章:クォ・ヴァディス> 【11】
【11】
応急修理した右腕で酒樽を握り、トーチは酒を飲んでいた。
太いストローを使ってズゾゾゾゾと音を立てて。
マキナ達は砂糖水で動くが、あれは水溶脳の維持する為であり機体を動かすのは電力だ。
トーチは独特な内部機関で動いているらしく。それの燃料が酒だそうな。
「酒で動くロボットて」
大昔に見た映画でそんなのがあった気がする。
「アルコールを燃料に変えているのよ。2000年代にも高濃度アルコール燃料が開発されて頓挫していた。でも、この機体にそんな機能が内蔵されているなんて。かなりのオーバーテクノロジーよ。これが実用段階にあったのなら、石油燃料がお役御免になるわ」
『開発者の事故死により、量産は出来なかった』
「事故死ねぇ。そりゃまあ、政治的な事故死でしょうね。やだやだ」
トーチの言葉に雪風は何かを察した。
そりゃ石油利権の関係者に消されたのだろうな。ホントやだやだ。
『貴公、それにご令嬢。遅れたが名と所属、国籍と階級を教えてもらいたい』
「アッシュ・ウルス・ラ・ティルト。レムリア国、冒険者組合所属の冒険者だ」
「日本、石動重工業から派遣されたスノーベリー株式会社・代表取締役社長、葛城雪風よ」
「社長?!」
妹の肩書にビックリした。
「そよ」
「な、な………」
何という敗北感。
「雪風、実は僕はエリュシオン貴族で――――――」
「はいはい、後で後で」
「グッ」
張り合おうとしたら軽くあしらわれた。
雪風はトーチの修理を再開する。起動したとはいえ、両足と左腕はバラバラの状態だ。電装部品も幾つか交換が必要らしい。
『アッシュと雪風だな。我が娘、マリアとはどういう関係であるか?』
「あたしは知り合いの知り合い」
「僕は、ある人物に頼まれた。詳細は話せない」
トーチの電源灯が複雑に揺れる。
思考中の表示だろうか。
『私には信用するしか選択肢はない。現在、戦闘能力を95%損失している。復旧予定を聞きたい』
「明日の午前中には、あなたを完璧な状態にするわ」
『優秀な技術者であるな』
「どうも」
照れながら雪風はスパナを締める。その手や顔はオイルで汚れていた。妹が汗水流して働いている姿とは良いモノだ。
「手伝うのだ」
トコトコ歩いて来た小人が言う。ガンメリーだ。
トーチは酒樽を持った腕を突き出す。ガンメリーも拳を突き出し、ちょんとぶつけ合った。
「ヨー、ブラザー、ヨー」
『ヘイ、ブラザー』
変なモノ同士のシンパシーだろう。
「雪風、吾輩も手伝うのだ」
「あらそう、それじゃ銃火器の整備と点検して」
「了解」
ガンメリーは、ブローニングM2重機関銃を抱えて床に座り込む。小さい手が的確に銃器を調べていた。
『雪風ちゃん。マキナは電装系のチェックをやります』
「お願い。三重ね」
『りょうか~い』
マキナもトーチの機体を調べ出す。
僕にやれる事はない。明日の事を考えれば眠った方が良いが、一つ聞きたい事がある。
「トーチ、左大陸で何が起こった? 何故、お前は【獣】の死体と共にいた」
『貴公、ビーストを知っているのか』
「知っている。天敵だ」
『そうだ。あれは人類種の天敵である』
「いや、違う。僕が連中の天敵だ」
今や僕ほど獣を殺せる者はいない。指を一つ鳴らすだけで、否、指を一つ振るだけで奴らを灰に還せる。
『貴公は諸王に連なる者か』
「イエスと言っておく」
『ならば、マリアを助けるのは人質にする為か?』
「ノーだ。僕はアシュタリア陛下の一兵だ。この忠節は永遠に残る」
『全ては信用しない。だが、ある程度は信用せざる得ないな』
「で、何があった?」
僕の想像通りなら状況はよろしくない。悪い予感は当たるのだ。
『他の諸王が敵になった』
「どの諸王だ?」
『デュガン王が大陸を留守にした後、反ヴィンドオブニクル連合軍が結成された。筆頭は四強なる諸王の一人、ラ・ダガ』
「そいつは」
思っていたよりも最悪だ。
『留守を任されたデュガン王のご子息デュランダル王子が、ヴィンドオブニクル軍の残存を指揮し、ラ・ダガとぶつかった。結果は辛勝である』
「その後は?」
『弱った所をエリュシオンの遠征騎士団に襲撃された。デュランダル王子は囚われ、残った軍は王を失い散り散りに。遠征騎士団の手は、アシュタリア陛下のご息女と夫人、“ご子息”にも及んだ』
止まりかけの心臓によろしくない衝撃だ。
「レグレと陛下の子はどうなった?」
『私が時間を稼ぎ、左大陸から逃がした。そのさい聖域に遠征騎士団を誘い込み、ありったけの武器弾薬、爆薬を使用した。ビーストがいるのは予想通りであったが、いささか数が多すぎた』
安堵のため息が漏れる。
「あの死体はその時の物か。………レグレ達は、今は無事なのか?」
『不明。レグレの案内で群島の一つに身を隠す予定だ。彼女はタフな女である。任せて問題ない』
「そうだな」
レグレは強い女だ。海を越えたら軍規模で追うのは不可能に近い。
それでも暗殺目的の追っ手は来るだろう。不安は残る。早くマリアを奪還してレグレ達と合流しないと。
『マリアの状況を聞きたい』
「先にも述べたように傭兵王に囚われている。ただし、新生ヴィンドオブニクル軍の関係者ではなく変わり種のエルフとしてだ。しかし、僕が狙っている事を気付かれた。今は傭兵王本人が手元に置いている」
『貴公と傭兵王の関係を知りたい』
「敵だ。一度、暗殺しそこなった敵だ」
『静かに事は片付けられないのだな』
「軍を薙ぎ払い傭兵王を丸裸にする。トーチ、お前の力が必要だ」
『理解した。しからば、もう一樽酒を頼む』
この酒で動く機関。効率は良くないな。
『はーい。おかわり持ってきますね~』
マキナは酒を取りに行った。
『アッシュ、明日の戦いの為にこれを読むのだ』
「なんだ?」
トーチは体から何かを取り出し、僕に投げて寄こす。
ヨレヨレのアメコミに見えた。
『私の操縦マニュアルである』
「操縦だと? お前自立で戦闘できるのでは」
『できるが、私の性能がフルで発揮できるのは人が搭乗した時だ』
片手でマニュアルをめくる。ありがたい事に、全部絵だけで描かれていた。
「僕は左腕が役に立たない」
『問題ない。私に搭乗していたジョン・スミス大尉も、先の大戦で左腕を失っていた。私達はそういう人達の手足となる兵器だ』
マニュアルに目を通した感じ、ある程度はオートで操作してくれるようだ。
「インターフェースは最新技術に改良するわ。関節部も総とっかえする。時間は………………まあ、ギリで間に合わせる」
雪風のありがたいお言葉。
「ぶっつけ本番は得意だ。やってみるさ」
『頼むぞ、相棒』
相棒か、少し複雑な気持ちになる言葉だ。
「おーい」
と、声。
時雨が階段を降りて来た。
「夜食持って来たぞ。おおー何か凄い」
時雨はトーチを見て歓声を上げた。持った皿には………………。
「時雨、それは何だ?」
「エアねーちゃん考案の新メニュー。スパム握りだ。アッシュ、お前おにぎり好きだろ?」
丸く平べったいおにぎりの上に、炒められたスパムが乗っている。
「おにぎりは好きだが」
スパムは嫌なんだが。
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