<第二章:クォ・ヴァディス> 【10】


【10】


 地下に運び込んだトーチを、作業着姿の雪風が整備している。

「クローフットレンチ、19のやつ」

『はい』

 A.Iポットのマキナが助手をしていた。

「マキナ、ここ押さえて。内用液が残っている」

『らじゃ』

 雪風はレンチを使ってトーチの関節部を締めている。マキナはその補助だ。

「何これ、必要のない部品多いわね」

『データ採取用の機器ですか?』

「それもあるけど少し異常ね。ほらここと、ここ。設計思想が違うモノが混ざっている」

『現地での応急処置という事でしょうか? 代替品による』

「いや、違うと思うわ。これ………参考にした機体があったのかも。それを当時の技術で無理矢理デッドコピーしたのがこの子。前に整備した子達には、その意匠は残っていなかったけど。このオリジナルには残っている。半世紀も前に、何を元にしたのかしら? 謎ね」

 なるほど分からん話である。

 何故、役に立たない僕が地下にいるかと言うと、ここに僕の寝床があるという事に加え、上で榛名と遊んでいたら雪風にキレられたからだ。そりゃ徹夜で仕事するのに、上で遊んでいたらムカつくよな。

 して今は、ベッドで横になりながら雪風の背中を見ている。

「マキナ、トルクスレンチ」

『はーい』

 しかしまあ、妹が働く姿とは中々不思議な光景である。前に合った時は学生だったし、脚を―――――

「あ!」

「何よ?」

『何でしょうか~?』

 うっかりと大声を上げてしまう。二人が振り返る。

 何という事をド忘れしていたのか。かーなーり大事なのに。

「雪風、ちょっと込み入った事を聞きたいのだが」

「今仕事中よ。誰かさんの依頼で急ぎの」

「手を動かしながらで頼む」

「はいはい」

 雪風とマキナは作業に戻る。

「ガンメリーから聞いたのだが」

 僕が知っているのはおかしいので、全部あいつが漏らした事にする。

「脚を怪我していたそうだな。かなりの酷い怪我だったとか。今は綺麗なモノだが、何をしたのだ? どういう治療方法を? 金は幾ら必要だった?」

 ガシャガシャと金属の鳴る音に混じり、雪風が言う。

「何でそんな事知りたいのよ?」

「僕も左腕がまともに動かない。治療できるなら試したい」

「違法性の高い再生医療よ。こっちの世界では無理」

「どんな方法だ?」

「聞いても無駄だと思うけど。―――――マキナ、左腕外すわよ」

『はーい』

 軽快な音がしてトーチの左腕が外れた。

「これで機関部とポットが見えるわね。マキナ、チェックして」

『あいあいさー』

 雪風は続いて右腕に取り掛かる。

「こっちは損傷が激しい。総とっかえが必要かも、部品足りる?」

『足りない物は3Dプリンターで作るしかないですね』

「余っても良いから早めに作成しておいて」

『らじゃらじゃ~』

「ええと、何だっけ?」

 僕の事を思い出してくれたようだ。

「どんな方法だ?」

「分からないと思うけど、クローン技術の応用。遺伝子改良で生まれた兎に、あたしの細胞を入れてホメオボックスを弄るの。結構グロテスクな光景よ、兎の背中から自分の脚が生えている絵面は。成長した後、脚を切断してあたしに移植する。そして慣れるまで慣らす」

 聞いた事もない技術だ。僕が知らないだけだろうか。

「何故に兎だ?」

「手に入りやすかっただけ。一定サイズの哺乳類なら問題ないって………………ガンメリーが言っていたわ」

 あいつがやったのか。つまらん嘘がバレたな。

「ガンメリーが、という事は金は?」

「器具とか安定剤とか兎の餌代。設備の用意と手術はガンメリーがやったし、リハビリはプライスレスよ」

 つまり、金銭的にはそれほど負担はなかったと。

「そうか、まあ、それは良かったな」

 嬉しい反面。この皮肉は中々堪える。

 徒労だ。

 僕が異世界に来た理由は、僕がいない時に解消されていた。しかも、どこぞのよく分からない兵器に。あいつが現代世界にいた理由も謎だ。考えると頭が痛くなる。

「良くないわよ。異世界に来て冒険者するのは大変だし、下手したら人死ぬし、変な依頼は多いし、金と権力を持ってる馬鹿はどこの世界でも鬱陶しいし、今に至っては徹夜で修理をさせられているしねッ」

「確かに」

 ん? とまたまた疑問が浮かぶ。

「なあ、雪風。お前はどうして異世界に来たのだ? 突発的な事故か何かか?」

「答える必要はなーい」

 さいですか。

 僕を探しに、何てのは流石に考え過ぎか。

「………………」

「何よぉ? 暗いんですけど」

「いえ何でも、作業に集中してくれ」

 ここ最近で一番落ち込んだかもしれない。そうですか、無駄でしたか。僕は何しに異世界に来たのでしょうかね。ハハッ、ちょっと死にたい。

「マキナ、このセルモーター修理できる?」

『やってみます』

 雪風は、小型の部品をトーチから取り出しマキナに渡す。

「最悪、人力で始動させるか」

『昔ながらの方法ですねぇ。そういうの素敵だと思います』

「古い部品が多いなぁ。おっちゃんが居れば一発なんだろうけど。………これ何だと思う?」

『はて、何のパイプでしょうか?』

「排気管? 吸気口? 排煙装置にも見えるけど」

 雲行きが怪しい。

 すると雪風は外した腕の穴に上半身を突っ込んだ。

「こまい部品はさておき。主電源はこれね。つかないねー。やっぱりバッテリー切れね」

『マキナの電源使いますか?』

「かしてー」

 マキナは自分の機体からケーブルを伸ばして、手を伸ばした雪風に渡す。

『どうですかー?』

 小さな放電音が聞こえる。

「待って、これをこうで………こう?」

 大分自信なさげの雪風だが、トーチの電源灯が一瞬点滅した。

『雪風ちゃん。反応ありました。この方から量子チャンネルに通信が――――――あ、切れてしまいました』

「待って、もう一回やってみる」

『ちょっとお待ちを。設計図とメッセージを受信しました。問題はバッテリーでなく接続不良にあるそうです。水溶脳と電子部品の、78B接続端子の交換をば』

「あ、これね」

 雪風は焦げたケーブルの束を取り出す。

「代用になるケーブルある~?」

『このケーブルをどうぞ~』

 マキナは自分のポットからケーブルを引き抜く。ジジっと妙な電子音が聞こえた。

「他にも損傷している部品あるわね。マキナ、清水タンクとろ過フィルター、温度継電器もお願いね。後は―――――――」

『はい、雪風ちゃんこれを』

 マキナは言われた部品を雪風に手渡す。

「え、早いわね」

「雪風、あのな」

「アッシュ、今忙しいから黙って」

 上半身がトーチの中にある雪風には見えないのだが、マキナの奴は自分のパーツをもいで渡していた。僕もやった共食い整備だ。しかし、稼働している機体からはマズいと思うぞ。

「いや雪風、お前のマキナが【幸福な王子】みたいな事をしているぞ」

「幸福な、何って?」

「【幸福な王子】だ。自分の体を燕経由で人々に配ったアレだ」

「ああ、アレね。………………え? ちょっとマキナ! この部品!」

 気付いた雪風がトーチの中から出て来る。

「まーた、変な事している! 自己犠牲は無しって言ったでしょ!」

『いやぁ、マキナはろ過系がなくても一年は可動できますから』

「だからって、その一年を今から縮める必要はないでしょ! 何が起こるか分からない世の中なんだから!」

『今は急を要する感じでしたので』

「あなたに何かあった方が急を要するの! 待って、部品外すから」

『いえ雪風ちゃん。彼が起きるようなのでそれは後で』

 カッカッカッというスイッチが入る音。

 古臭い機械の始動音が響く。名前通り、電源灯のニキシー管が松明のような光を灯す。

『グッドモーニング、サー』

 目覚めと同時、トーチは堅苦しい挨拶をする。

 思わず僕は駆け寄る。

「トーチ、僕が分かるか?」

『貴公の認証データは存在しない。そちらのお嬢さん方も同じくである』

「なら、マリアは分かるな?」

『記憶している。我が娘の名前だ。貴公に質問がある。主電源停止の影響で記憶が混濁しているのだ。規定座標から大きく外れているようだが、ここはもしや右大陸か?』

「そうだ。手っ取り早く説明するとマリアがピンチだ。お前の力がいる。力を貸せ、オーケイ?」

『オーケイ。だが当機は機能不全を起こしている。修理を要求する』

 合理的だ。

 話が早くて助かる。

「このお嬢さん方が修理をしてくれる。お前も協力しろ」

『了解だ。しかしまず、用意してもらいたい物がある』

「何だ? 用意できる物なら何でも用意するぞ」

『飛び切り強い酒を頼む』

 ………………大丈夫なのか?

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