<第二章:クォ・ヴァディス> 【09】


【09】


 万策尽きた。

 一応トーチの残骸を調べたが、軍事機密の戦闘用A.Iポットなど素人が手を出せるレベルではない。溶接された中身を開くことすら出来なかった。

 イズに修理できないか聞いた所、

『あ、無理です。データにない機体ですし、民生品ポットと大きく構造が違いますね。専門的な技術者が必要です』

 異世界でA.Iポットの専門家などいるはずがなく。完全にお手上げだ。

 一緒に転移してきた軍需品には小火器もあるが、弾薬が圧倒的に足りない。火薬はある、加工技術もある、ただ時間がない。

 緑色の鉄屑と木箱をコテージの前に並べ。座り込んで僕は途方に暮れていた。

「ぱぱー、これなーん?」

 榛名がトーチを突く。

 幼女が奇跡を起こすはずもなく。トーチは沈黙したままだ。

「危ないから離れろ。ほら、これやるから」

 軍用レーションの入った紙箱を榛名にやる。中身にダダ甘いジャムとかケーキもあったはず。子供なら喜ぶかもしれない。

「わほーい!」

「雪風に言って開けて貰えよー」

「はーい!」

 喜んでコテージに戻って行った。

「あ、スパムあるじゃん。アタシこれ好きなのよね」

 メルムのように唐突に現れたエアが、木箱を漁りスパム缶を取り出す。無遠慮にナイフで缶を切り開けて、そのまま加工肉をモシャモシャ食べ出す。

「お前、傷は大丈夫なのか?」

 エアの腹には包帯が巻かれていた。元気そうには見えるが。

「おコメと一緒に食べよ」

 エアは僕を無視してコテージ戻る。しっかりスパム缶は確保していた。食欲があるなら大丈夫だろう。

「さて、どうしたものか」

「なんこれ?」

 僕が悩む前に、続いて現れたのは時雨だった。エアと同じく木箱を漁り、缶詰を持って不思議そうに眺めている。

「中に食い物が入っている。食品を容器に密封して加熱調理したものだ。保存が利く」

「へー」

 目が輝いていた。

「食べてみたい」

「確か」

 レーションの箱を開けて、中からドッグタグサイズの折り畳み缶切りを見つけた。

 時雨から缶詰を受け取り、缶切りで開ける。

「自分でやってみたい」

「はいよ」

 半分くらい開けた所で時雨に返す。

 時雨は僕の膝の上に座って、缶切りで缶詰を開け始めた。

「これ、どこの食い物だ?」

「アメリカ」

「あめりか?」

「デカい国だ」

「どのくらい?」

「中央大陸くらいかな」

 正直分からんが。

「へー」

 興味は無さそうである。

 ぎこちない動作で時雨は缶詰を開けた。トマトソースの匂い。具は豆とぶつ切りにしたソーセージだ。

 レーションの箱にあったプラスチックのスプーンを時雨に渡し、こいつは缶詰を一口。

「………………」

 目の前の黒い獣耳がへちゃりと下がる。美味いという沈黙ではない。

「味が単調。塩気が多すぎる。このソーセージ、もうちょいスパイスが欲しい」

「まあ、保存と栄養摂取用の食べ物だからな。味は二の次だ」

「美味しくないのはダメだろ」

「美味し過ぎると不必要に食べ過ぎるだろ? これは戦場で兵士が食べる物だからな」

「おおーなるほど。たまにはいいこという」

 生意気可愛い子供である。

「アッシュも食べるか?」

「僕は良いから全部食べろ」

「ぶぅ」

 さては飽きたな。

 仕方ないと、時雨から缶詰を取り上げて食べる。言われた通り、塩気が強い単調なトマトソース。今一よくわからないスパイス。それと豆とソーセージ。

 異世界で肥えた舌だと、元の世界の加工肉が今一つに思える。時代が原因な気もするけど。まあ、微妙に空腹だったので素早く完食した。


「ねぇちょっとー」


 少し離れた場所で、雪風はジト目で僕らを眺めている。

「楽しいそうな所、大変申し訳ないけど。人の家の前で大荷物並べないでもらえる?」

「雪風、今榛名がお前を探しに―――――」

「あんたの所のピンク髪にハルナ取られたのよ。ちょっと胸が大きいからって、あのぶりっ子ピンク。たかが缶切りじゃないのよ。えらそーに」

「そ、そうか」

 ロージー、大家とは仲良くしてくれ。僕以外の前ではウザさ控え目で頼む。

「って、これ。ゴリラタイプの軍用A.Iポットじゃない」

 雪風はトーチの残骸に近付く。ポットの裏側に回って部品を興味ありげに眺めていた。

「お前これ知っているのか?!」

 何故に妹が秘密兵器の情報など。

「知ってるも何も、前に一度ガンメリーと戦った事があるのよ。その後、分解整備して………………後は秘密。これ異世界にも落ちていたのね。型番潰されているし、部品も見た事ない。一つ一つ、オーダーメイドなのかな」

 こいつ現代世界で何をしていたのだ。超気になるのだが、さておき。

「雪風、単刀直入に聞く。これ直せるか?」

「どのレベルの“直せる”なの?」

 どのレベルと言われても。

「動いて銃火器ぶっ放して軍隊をなぎ倒せる程度の“直せる”で」

「出来ないとは言わないわ。高いわよ。あんたあたしに借金あるの忘れてない?」

「それが前払いだ」

 木箱を指す。

 雪風も木箱を漁る。

「ウッソ、これベトナム戦争のレーションじゃない。何年物よ、食えるわけ――――――」

「あんまり美味しくないけど、食えなくはないよ」

 時雨は、僕の持った空の缶詰を指す。

「五十年近く前の物とは思えないわよね。缶は膨張してないし、紙の劣化もない」

「賞味期限は問題ない」

 トーチ達、本物のシーカーブリゲイドが異世界に来てから数年しか経過していない。ポータルの移動は時間のズレがあるとかトーチが言っていたな。

「………小火器もあるわね。あたし銃は嫌いなんだけど」

「必要がなくなったら処分する」

 嫌そうな顔で、雪風はトンプソン・サブマシンガンを手にする。嫌そうな割には、手慣れた動作でマガジンを外し、排薬口を確かめている。

 こいつ軍事訓練の経験が? 素人っぽくないぞ。

「そうねぇ。食器は値段付けないわよ。衣類とヘルメットはまあまあの値段ね。ゴム製品と靴は高額で買い取るわ。異世界のゴムって高額だし。アレの元の素材って何なのかな。レーションは………………個人的に高く買ってあげる」

 そういえば雪風の奴は、加工食品とか好きだったな。カルパスや、スパムで作ったチャーハンが好きだったし。こういうレーションも好きだったのか。

「借金返済分としてもらってあげる。A.Iの修理は別料金だからね」

「分かっている。必ず返すさ」

 時雨が上を向いて僕を見る。

「アッシュ、お金ないなら貸してやろうか?」

『いいからいいから』

 雪風と一緒になって断る。

 子供が大人に金を貸すとか言わない。

「ほら、シグレ。これ今日の夕飯に出してもらえる?」

 雪風がレーションの箱を二つ時雨に渡した。

「わかった。味付け足す。めっちゃ美味しくする」

「あたし的にはそのままでも――――――」

「ねーちゃん期待してくれよ!」

「あ、はい」

 元気に走って時雨はコテージに戻った。雪風は時雨に甘々な気がする。

 軽い沈黙の後、

「で………………あたしはあんたに沢山のクエスチョンがあるのだけど。いつか全部説明するのよね? しろよ」

「はい、します。落ち着いたら」

 この戦いが終わったら雪風に全てを話すつもりだ。

 って、死亡フラグか止めておこう。

 雪風はトーチの状態を再確認。取り出したマジックペンで損傷個所を丸く囲う。

「これがオリジナルなら、採算度外視の機体だし滅茶苦茶頑丈なはず。派手な損傷は見当たらないし、水溶脳の再起動と、バッテリーの交換をすればすぐ動くかも。それで、何時までに修理すればいいのよ?」

「明日までに頼む」

「は?」

「明日までだ。敵は二日過ぎたら船の上だ。そうなると追う手段がない」

「冗談言わないでよ」

「そうか………出来ないか」

 自然とため息が漏れる。雪風が無理と言うなら僕にはどうしようもない。

 最悪、単身傭兵王の軍勢に突っ込んでボロクソに死ぬだけだ。無駄に死ぬと分かっていても、やらないで後悔して死ぬよりはマシ。そんな最後だ。

「………今なって言った?」

「いや、無理なら仕方ない」

「聞き違いかも知れないけど、あたしに“出来ない”って言った?」

「いや、冗談て」

「無茶な要求で“冗談”とは言ったけど、“出来ない”なんて言ってないでしょ!」

「じゃ出来るのか? 明日の昼までに、こいつを軍隊相手に無双できる程度に完璧に修理する事が?」

「出来るわよ! 当たり前じゃない! おっちゃんがいなくても余裕よ! 見てなさい! 完徹して完璧に仕上げてやるわ!」

「おおう」

 何か上手く乗せれた。

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