<第二章:クォ・ヴァディス> 【08】
【08】
『必要な物をまとめた』
「分かった」
ワーグレアスから目録を受け取り、目を通す。
魔術素養の高い者の血液、1500ml。
三十年以上使用された魔術触媒、20点。
対象と関連の深い情報、もしくは物品。
対象の正確な座標。
人が少なく魔力が安定した土地、0.047平方キロメートル。
なるほど、と。
「じゃ頼む」
「おい、この野郎」
雪風に目録を渡すと怒られた。僕は、いつも妹に怒られている気がする。
「後で、しっかり請求するからね!」
でも雪風は、引き受けてくれるのだ。
しかも半日で用意してくれた。
「あたしに謝礼とエアに感謝しなさい」
「エア?」
エアが何か協力してくれたのか。
「行方不明のお姉さんの装備を貸してくれたのよ」
「………そうか」
行方不明か。
落ち着いたら、エアにラナの事を話さないと。許されはしないだろうな。
「で、これで何をするのよ? あたしの仲間に何させるつもり?」
「ポータルを開いて援軍を呼ぶ」
「は?」
「前に凄腕の魔法使いがやったのを見た」
「違うそうじゃなくて、大規模な施設や莫大なエネルギー無しで任意にポータルが開けるって事? しかも好きな場所に」
「たぶん恐らく」
「ふぅん」
雪風は何かを考えながら去って行った。
物品は揃った。
土地は草原の一部を使う事にした。
奇しくも僕と第一の英雄が戦った場所だ。
この異世界の魔法とは、神への祈り、賛辞、または罵倒だ。そしてそれは、血肉や触媒の力は借りるものの、結局は人の意思の力が大部分を占める。
つまり戦場のような人の死、血肉、情念の渦巻く場所には濃く魔力が残る。
「思ったよりも綺麗だな」
陛下と獣達が戦った場所は、緑が生い茂り他の草原と何も変わりがなかった。ふと足元に転がる金属片を見つける。錆びた刃の欠片。僅かな痕跡だ。
『早速始めるのだ』
ワーグレアスは準備を始めた。ラナの遺産である杖を円状に刺し、中心に幾何学模様を彫り始める。
「お前は、何でここに?」
「それはソーヤ隊員のお力になれるので」
雪風―――――ではなかった。イズが付いて来た。まだこの名前には慣れていない。
イズの黒髪の間からは触手が出ていた。四本あるそれで、こいつは移動したり物を持ち上げたりしている。どうやらイズは人間の手足を使うのが下手なようだ。
ロージーには触手はないのだが、どうやらイズの時は生えるようである。
どこかでこんな奴を見たような気が………………どこだったか?
「旧マキナは正確な座標を取得しています。もちろん、イズもその情報を共有しているので」
「それじゃロージーでも良かったが」
「イズに何か不満でも?」
「いや、何でも」
この触手、一本でも軽々と馬車の荷台を持ち上げる。怒らせると怖いな。扱いやすいと言う意味ではロージーの方が良い気がする。あっちはあっちでウザいけど。
『収束回路は完成した。次は血を』
ワーグレアスは魔法陣を完成させていた。
「これを使ってください」
イズが自分の触手を一本引き千切り、ワーグレアスに渡す。
「イズ、お前それ」
「大丈夫です。適切な栄養を摂取すればすぐ生えます」
「すぐ生えるのか」
タコかお前は。
あ、まさかこいつ。
「イズの体には、変異前のソーヤ隊員の遺伝子と奥様の遺伝子が含まれています。魔術の素養は大変高いかと」
「それは良いが、待て」
じゃあこいつら、僕とラナの?
「ご安心を。プラス、未知の生体細胞とA.Iの基本遺伝子。それらが複雑に混ざり合ったモノが、イズ&ロージーであります。将来的に、イズはロージーから分離したいかと。文字通り独り立ちしたいです。イズは養ってくれとか言いませんよ?」
変な所で勘の良い奴だ。別に養わないとは言わないが、残り少ない僕の時間で何が出来るか分からない。
『躯体に魔力を貯蔵する。うむ、コリコリする』
ワーグレアスは、仮面をズラして触手をスルスル飲み込む。ラナも血を飲んでいたが、触手一本を丸呑みとは豪快な。
『次は対象の情報を』
「第一次異世界遠征軍【シーカーブリゲイド】所属。第一世代A.Iアルファ・コア搭載型・試作二足歩行軽戦車・T37フェイズⅦ。愛称、トーチだ」
僕はトーチの姿が描かれた紙を見せる。
「ソーヤ隊員、絵心はありませんな」
「うるさい」
子供が足で描いたような絵である。必要だからと描いたのに誠に遺憾である。
『………………正確な座標を』
「イズ」
「空白が多いですが、異世界の世界地図です。この赤丸が目標の座標であります」
イズが胸から取り出したのは、異世界の地図だった。
この右大陸はそこそこ埋まっているが、中央大陸は丸々空白。左大陸もアシュタリア周辺しか埋まっていない。
ちなみに、子供がクレヨンで描いたような地図だ。
「お前も絵心ないな」
「あなたに似たのです」
知らんがな。
『既存観測データと照らし合わせ、座標を確定する。誤差0.85。該当する機体を量子チャンネルで捕捉した。準備は良いか?』
あの地図で誤差ないのかよ。
「やってくれ」
『了解。空、光、闇、船。時のように、あまねく波を越え帆を掲げよ』
地鳴りを感じた。
いや、この揺れは足元からではない。この空間が揺れているのだ。
『呼び声に答えよ、古き人よ。黒き旗の姫君の父よ。我は星の子。仮初めの名はワーグレアス。叡智を掴みし深淵の魔人。答えよ、答えよ、応えよ。汝、掴みたき理想あるならば応えよ。我が意思に応えよ。召喚に応じるのだ』
ワーグレアスの杖が空に掲げられる。稲妻のような音が響き、空に亀裂が走った。
『応えた』
空間が割れる。
ズルリと落ちて来たのは、
「イズ、下がれ」
「何でしょうかこれ?」
「下がれ!」
イズを下がらせる。
落ちて来たのは、磨り潰された巨大な肉塊。破壊され尽くされて原型は分からないが、僕には本能的に理解できる。
獣の死体だ。
「ワーグレアス、どういう事だ?」
一体、向こうで何が。
『“巻き込まれだ”。気にするな』
ボトボトとミンチが落ちて、続いて落ちて来たのは大量の木箱。中身は不味い軍用食品。衣類に靴、食器、武器弾薬。
そして最後に落ちて来たのが、モスグリーンの鋼の巨人。
全長4メートルのゴリラに似たシルエット。足より太い二つの腕。深く爪痕が刻まれた装甲。関節のチューブは幾つかが切断され、前に見た肩の星はごっそりと削られていた。
胴体から頭に当たる位置には、旧型の人工知能ポットが設置されている。そこにも無数の爪痕が刻まれていた。
ポット中心のニキシー管には松明のような明かり、だがそれは今にも消えそうな光だ。
「おい、トーチ」
『………ザ………ア』
古いスピーカーから雑音が流れ――――――点滅して明かりは消えた。
「トーチ? おい」
『応答なし。機能停止。残念であったな』
「………………冗談」
最後の頼みが死んだ。
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