<第二章:クォ・ヴァディス> 【05】


【05】


 あ、生きてた。

 何だこの既視感。ここ数日、毎日死にかけてないか? デイリークエストかよ。

「ちッ」

 頭痛と立ち眩みで何も見えない。角の根本がズキズキする。今まで感じた事のない痛みだ。

 よく考えれば、この角は何なのだ? ホーンズの物と似ている。前にダンジョンで死にかけた時も一時的に生えていたが、何故に今もあるのだ? 結晶化と関係があるのか? と言うか、誰のせいだ? 彼女の力なのか? それともダンジョンの恩恵か?

 色々と分からない事が多すぎる。

 解き明かす前に問題が起きすぎる。

 それでいて考える時間が残されていない。

「………………」

 どうしてこうなった? 

 頭を抱えようと右手を動かすと、ジャラリと鎖の音。

 立ち眩みが治まり、目が見えて来た。

 右の手首に手枷と鎖。鎖は地面に突き刺さった杭に繋がれている。

 テントの中のようだ。

 隅にトイレ用の桶がある。他には何もない。刀がない。ポンチョがない。靴も財布もポシェットもない。装備は全部奪われた。

 アシュタリアに飛ばされた時を思い出す。

 拘束されていなかったけどな。

 体は、まあまあだ。太ももの矢傷は完治している。相変わらず肉と結晶の境目が引きつる。しかし、激しく動かなければ問題ない。まあ、激しく動くけど。

 気になるのは角の痛みだ。ジワジワと酷くなっている。掻きむしりたいが、鎖のせいで手が届かない。杭はかなり深く刺さっていた。生半可な力では引き抜けないだろう。

 では、生半可ではない力で引き抜こう。

 鎖を引き、

「呆れた回復力だな」

 テントに親父さんが入って来た。片手に僕の刀を持っている。

「頑丈なのが取り柄なんでね」

 死にかけだけど。

「頭をカチ割るつもりで刃を降ろした。気絶程度で済むとは。その異様な左腕とホーンズに似た角、貴様人間か?」

「知るか」

 それより大事な問題がある。

「親父さん。あんたに聞きたい事がある」

「英雄騙り。貴様に聞きたい事がある」

 ほぼ同時に質問した。

「じゃ、あんたからで」

 元パーティメンバーのよしみだ。

 親父さんは顔をしかめて僕に聞く。

「このカタナ、どこで手に入れた?」

「女からもらった」

「どんな女だ? どこにいる?」

「タダじゃ話せないな」

「この状況で交渉できると思っているのか?」

「思っているが?」

 思いっ切り鎖を引く。鎖は千切れなかったが、杭は少し動いた。もう少し力を込め続ければ引き抜けるだろう。

「拷問が上手い奴がいる。遊びたいのなら呼んでやろうか」

「構わない。でも女が良いな」

 親父さんはため息を付いて、折れた矢を取り出す。

「この矢。矢羽の癖に覚えがある。貴様を射かけたのはエアだな。そもそも食料品の事はあいつに依頼した。何故に貴様が運んできた? ………彼女に何かしたのか?」

「何も、それは保証する」

 解散しても仲間意識はあるようだ。

 安心した。万が一、エアの関与が疑われても親父さんが上手く庇うだろう。

「何一つ信用できんな」

「僕もそう思う」

 立場が逆だったら欠片も信用しない。

「で、親父さん。質問が終わりなら、僕から聞きたい事が」

「ふざけるな。英雄騙り」

「いやいや、僕は本当に第一の英雄だ。騙ってないよ」

「法王と遠征騎士団をお前一人で倒したと?」

「そうだ」

 一応、事実である。

「………………」

 今は捕まっているけどね。

 これも僕なら信じない。僕って胡散臭さ半端ないな。

「混乱させてくるな。それが貴様の狙いか」

「そんな馬鹿な」

「カタナもそうだが、剣技は誰に教わった?」

 親父さんは苦い顔のまま質問を再開した。そしてまた、答え難い質問である。

「教わってはいない。見て覚えた」

「誰を見た?」

「あんただ」

「嘘を吹くな。これは見せる剣技ではない。見せない剣技だ。パーティメンバーとグラッドヴェインの眷属以外で、人前で使ったのは数える程。模倣できるはずがない」

「だが、僕の剣技は真実だ」

 あのままぶつかっていたら互いに手傷を負っただろう。本当の所、それは分からないが、分からない程度には競っていた。

「とどのつまり。貴様は本物の第一の英雄で、法王と遠征騎士団を壊滅させ、エアには何もしていないが脚に矢を撃たれ、珍しい本物のカタナを女から手にして、俺の剣技を完全に模倣、昇華している、と」

「はい」

 並べられると色々おかしいな。

「何もかも全て怪しいぞ。貴様」

 ですよねぇ。

「まあ、親父さん。僕の方はあんたに聞きたい事が聞けた」

 ここに来て“二つ目”の収穫だ。

 この馬鹿は何を言っているんだ? という親父さんの顔。

「あんたは人質安否を口にしていない。傭兵王の配下なら、そこは一番大事だろうに」

「マートの意識が戻るのを待てばいい。焦る事ではない」

 あの傭兵には一服盛って意識を奪った。マキナファイブお手製の怪しいお薬である。

「近々航海するのに、悠長に待てるのか?」

「それを誰に聞いた?」

 また質問のぶつけ合いだ。

「瓶キャベツから察した。誰からも聞いていない。あれを取りに来た傭兵共、料理人を買い取ろうとした。断ったら力ずくの口止めに切り替えた。これが、身ぐるみを剥いで樽に詰めた経緯だ。身代金など建前に過ぎない」

「俺は問題ないと伝えた。信じるか信じないかは、奴らと貴様の勝手だが」

「僕は信じるさ」

 元パーティメンバーだからな。

「で………貴様の本当の目的は何だ? 俺に謝罪と賠償でも要求するつもりか?」

 目的の一つ目は親父さんが手にしている。二つ目の傭兵王との癒着具合も確認できた。三つ目が肝心な所。

「傭兵王の雇い主を知りたい」

「何故、雇い主がいると思う? 傭兵が戦場を渡り歩くのは極自然な事だ」

 それはない。

「侵攻のタイミングが良すぎる。ヴィンドオブニクル軍とレムリア軍が焼き払われた後、上手に遠征騎士団と睨み合うように出現した。傭兵王の密偵が優秀でも、この情報鮮度と移動速度は“ない”と言える。何者かが、傭兵王を呼び込んだ。両軍が壊滅する事を予想してな」

 エリュシオンの遠征騎士団は、第一の英雄がこの地を訪れた時に動くと決まっていた。それを見越してのレムリア王の凶行だった。

 大陸一つを飛び越えて、諸王である傭兵王がこの地に来る理由は薄い。

「………………」

 親父さんはしばらく黙った後、口を開いた。

「傭兵王が誰に雇われたのか俺も知らん。右大陸の誰かなのは確かだ」

「傭兵王ってのは、死んだ人間との約束でも守るので?」

「守るな」

 そうなると雇い主の数は増える。同時に疑問も増える。

 これは僕一人ではまとめられないな。知恵を借りたい。

「親父さん、僕そろそろ家に帰りたいのだが」

「アホか貴様」

「では、こうしましょう。うちで捕獲してる傭兵と僕一人で交換という事で。大分お安いかと」

「騙りでもエリュシオンの英雄と言った奴と、そこらの傭兵程度では吊り合わんぞ」

「じゃ、僕は第一の英雄ではないと言う事で」

「アホか!」

 割と本気で怒られた。懐かしい感じである。

 僕も僕で、調子が戻って来た。

「調子の狂う奴だ。最後に一つ、これだけは教えろ。このカタナを貴様に渡したという女の事だ。それを教えるのなら――――――」

「白鱗公の居場所は知っている」


『亭主は竜を探しているわ』


 娼館の女将から聞いた言葉だ。白い方か黒い方か不明だが、白い方は家でペット化している。おやつを奮発すれば口は軽くなるだろう。

 彼女が何故に竜の姿を失ったのか? 二つの軍を焼き払った黒い竜とは何なのか? 僕も知りたい所だ。

「タダでは教えんと言ったな。条件を言ってみろ」

「親父さん。あんた一人で僕に付いて来い」

「構わんぞ」

 この人は一人でやる人だ。すんなりと意見が通った。

「で、貴様はここからどう出るつもりだ?」

「………え? そこはほら、親父さんが手引きを」

「するわけないだろう。俺の関与が疑われたら元も子もない」

 あれ? 計算違った?

「でも付いて来るって、そこはそれ」

「貴様一人で、この窮地を脱してみろ。それが出来たのなら少しは信用してやる」

 力を示せって事か。

 まあ、いいか。いいよな?

「陽が落ちてから、南側に馬を用意して待つ。邪魔者を排除するのなら手早く静かにしろ。英雄なら余裕だろう」

「そりゃ英雄と言うより暗殺者の所業でしょうが」

「何が違うと言うのだ?」

「………………」

 閉口してしまった。そりゃ僕には特に効く皮肉だ。

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