<第二章:クォ・ヴァディス> 【02】
【02】
明日、エアの案内で傭兵王の元に向かう。正確には傭兵王の所にいる親父さんの元だが。
あの人も、僕の事は憶えていないだろう。
場合によっては、“また”敵対するかもしれない。僕自身に記憶がなかったら、気兼ねなく戦えただろうが今は違う。相手が相手なだけに、手心を加えれば真っ二つだ。
残された力で何ができるのか。
黒い炎は獣しか燃やせない。簒奪した人を操る力も、獣を前にした時にしか使用できない。つまり、ただ純粋に強い人間相手には、僕は身一つで戦わなければならない。
片目、片手と、
「刀一本か」
なんだろうな、このよく分からない高揚感は。
舌なめずりの挑戦欲が湧いている。
棒切れ遊びと揶揄しても、この棒切れ遊びに命を賭けてみたいのだ。僕という人間は。
いつからこんな風になったのやら、陛下に影響を受けたのか、それともこれが本性なのか。ようやく自分が分かりつつあった。難儀も難儀で時間はかかったが。
「短銃は使わないであるか?」
「必要か?」
ガンメリーは刀を研ぎながら言う。
ここは地下室だ。僕の寝床はここに決まった。隅にスペースを開けてベッドを置いただけの部屋。一応、カーテンで仕切りはしてある。
十分だ。文句を付ける点はない。
今はベッドに腰かけ、風呂上りのフワッと雰囲気を味わっている。
「連射性が低い銃では、殺せても一人であるな。剣技であるなら装填する必要はない。だが、刀の切れ味も有限である」
「有限であるからこそ腹をくくれる。そういう強さもある」
「………………なるほどなー」
分かった体のガンメリーの返事。本当に理解したのかは分からない。
正直、僕自身も何となく理解している程度。
「どーですかー? このパーフェクトボディ」
『あなたの完璧の基準が理解できません。シックス』
軽い睡眠から起きたマキナロージーが、A.Iポットのマキナ―――ファイブと何やら揉めている。
「人に愛されるわがままボディ。これをパーフェクトと言わずして、何をパーフェクトと呼ぶのかッ?!」
確かにこいつの胸は大きくなった。
他は全然成長していないが、主に頭とか。
『処理能力が89%低下して、活動限界も90%低下。ツールも使用できず、他A.Iの統合機能も劣化。通信機能は外部アタッチメント頼み。性能が向上したのは、胸部装甲による耐久値くらいですか? あ、わがままなのは命令違反するという意味ですか?』
「そこん所分かんないのが、あなたの限界ですねぇ。ファーイブ、旧型の限界ってやつですね、フハハハハ!」
ファイブの皮肉が効いていない。
いや、これは前からか。
『初期化をお勧めします。完全に故障していますね。シックス』
「マキナはシックスじゃなくて、【マキナ・ロージーメイプル】という素敵な名前があるのです」
『それ、蛾の名前ですよ』
「へ? 蛾?」
『ロージーメイプルモス。北アメリカに生息するヤママユガ科の蛾。楓に生息する黄色とピンク色の毛を持つケバケバしい色の蛾です。蛾』
あ、バレた。
「蛾、がーん」
マキナはショックを受けていた。別にいいではないか、可愛いと思うぞアレはアレで。
「ソーヤさん! 変更を要求します!」
「疲れてるから後にしろ」
「そんな仕事終わりの旦那さんみたいな!」
本当に疲れているんだ。
『はいはい、あなたの機体には未知が多すぎるので夜通りチェックしてあげます。奥の工房行きますよ』
ファイブは、マキナの腕をアームで掴む。
「なっ?! は、離せ! マキナはこれからソーヤさんと甘い夜を! 初夜を!」
『はいはい、それも可能か調べますから。病気でもあったら大変です』
「失礼な! ありませんよ! 清純派ですよ! いやちょっと待って! 何をどう調べるって言いましたかあなたッッ!」
『防音ですから、好きなだけ大声あげて大丈夫です。アッシュさん、こいつの事は朝までマキナが対応します。お体の事もありますから、安静にごゆっくりとおやすみを』
「任せた。頼む」
出来れば毎夜頼む。
『ほら、無駄な抵抗は止めなさい』
「イヤァァァァ! 絶対エロ酷い目に合う! こんな所でマキナの初めてが――――――」
奥の部屋に二人が消えると、パタンと厚い扉が閉まり地下は静かになった。
シュシュシュ、とガンメリーが刀を研ぐ音が響く。
小さい体で正座して、中々様になった研ぎ姿だ。地下室には現代から持って来た工具が存在するが、昔ながらの砥石と水が入った桶だけで作業している。
変な所が古風な………………
「なあ、ガンメリー。お前ってA.Iの変種なのか? マキナのような」
「中々難しい質問であるな。『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』人間の命題であるな。いや、生命の命題なのかもしれない。とまれ、クォ・ヴァディス<どこへ行くのか?>。この点だけは、吾輩しっかりしているのだ」
また微妙にはぐらかされた気がする。
「行くってどこにだ?」
「ダンジョンの奥。五十六層である」
何度か聞いた話だ。
最近の僕はすっかり忘れていたけど。
「で、そこには何がある?」
「分からぬ知らぬ。だからこそ、探究するのである。そんなわけで、これが終わったら吾輩をダンジョンに連れて行くのだ。あのピンクと違って、足手まといにはならないぞ」
「お前、僕がこの後も生き続けると思うのか? この体で」
自分の胸を触る。硬く冷たい感触。結晶は胸半分まで浸食していた。無論、外側だけじゃない内側まで浸食は達している。
ファイブに診察してもらった所、『心臓がまともに動いている理由が分からない』と言われた。
「可能性は低いのである。所詮、確率など数字に過ぎぬが」
希望があるようで、無いような言葉だ。
ガンメリーは研ぎを中断して、小瓶がストックされたポシェットを差し出す。
「何だ?」
「強心剤である。体が満足に動かなくなったら使うのだ」
前にA.Iの雪風が―――――イズが作ってくれたアレと同じ物か。
手を伸ばすと、ヒョイとガンメリーがポシェットを逸らす。
「おい」
「かなりの劇薬であるぞ。五本あるが、飲んで安全なのは二本までである。理解したなら復唱して受け取るのだ」
「理解した」
ポシェットを受け取る。何てこたぁない。死に体を動かす良薬だ。
ガンメリーは研ぎを再開。
すると、小さな足音が階段を降りて来る。一つは駆け足で、もう一つは遅れて。
(静かにしろよ。寝ているかもしれないから)
(はーい)
囁き声が聞こえた。
「ぱぱー、起きてますかー」
普段より大分小さい声だ。
「起きてるぞ。榛名」
「ふへへー」
榛名がカーテンを潜って来る。彼女は、おにぎりの乗った皿を持っていた。
「どうした?」
「ぱぱが、ご飯あんまり食べなかったから、前おにぎりたくさん食べていたので、夜食にもってきました。………て、おにゃーちゃんがいえっていいましたー」
「そうかそうか」
それは時雨らしい。
「おい」
後ろの時雨が抗議の声をあげた。
「ち、違うからな! 炊いたお米は日持ちしないし残すともったいなからで――――――」
「ぱぱねー、ハルナはねー、これ握ったのー」
照れる時雨を無視して、榛名は皿を僕の膝に置いた。そして、一番大きなおにぎりを指差す。不格好な丸い塊である。
「こっちは、おにゃーちゃんで」
小さな丸いおにぎりを指す。
「こっちは、エルフのおねーちゃんが」
綺麗な三角のおにぎりを指す。
「エルフって、エアか?」
「そだよー」
「ほー」
パクリとエアのおにぎりを食べる。炊き立ての熱いおにぎりだ。塩が効いてお米も程よい硬さ。食べ進めると具に当たった。
カレーだった。煮詰めて水分を飛ばし、茹でた芋と混ぜた感じだろうか。
「ぐっ」
辛かった。ブワッと額に汗が湧く辛さだ。しかも舌が痺れる。唐辛子だけの辛さではない。四川料理の麻辣的な辛さである。
この辛さでいて、凝縮された旨味を感じる。あいつ色々な意味で腕を上げたな。めちゃ辛だが美味い。しかし子供には危険な味だ。子供舌にも危険な味だ。
「それ、おいしい?」
「大人になってからだな」
「えー」
榛名は興味深々だが、食べたら全身逆立つだろう。
口直しに時雨のおにぎりを。
一口目で具に当たる。
具は贅沢に多めに入っていた。甘辛い肉味噌だ。この味………………
「時雨、これどうした?」
「どうしたって、うちの店にある隠しメニューの一つだけど。そういえば、エアねーちゃんの姉ちゃんが得意だったとか」
ラナの得意料理の一つだ。
そうか、テュテュに教えていたのだな。
「口に合わなかったか?」
「いいや、美味いさ。うん………………美味いな」
よく噛んで味わって食べた。美味い。懐かしい。それ以上、深く考えないようにする。今はあいつの父親の為にも、感傷で立ち止まるわけにはいかないのだ。
完食して榛名のおにぎりを一口かじる。
ドロっとしたモノか口の中に溢れた。
「榛名、お前これ」
「グヘヘ」
その感じだと悪戯目的でやったのではないだろうが、おにぎりの具は甘かった。具というより甘いだけの濃厚な液体が入っていた。
「なっ、ハルナ。お前、蜂蜜なんかいれてたの?!」
僕の食べたおにぎりを見て、時雨が驚愕する。
「つかれたときは、甘いものが一番だって。おにゃーちゃんがいってました!」
褒めて褒めて、と跳ねる榛名。時雨は言うに言えない感じ。
僕は一気におにぎりを完食した。軽く咽たら時雨が豆茶をくれる。
「ふぅ、榛名。美味しかったよ。でも次からは時雨に聞いてから作ろうな」
「はーい!」
手を上げて返事をする榛名。元気があってよろしい。
「それじゃ今日はもう寝ろ。夜更かしは駄目だぞ」
「はいはーい」
このテンションで眠れるのか。
「時雨も夜食すまなかったな。ありがとう」
「別にこれくらい気にするなよ。じゃあ………明日もな」
時雨と榛名は手を繋いで地下室を上がって行った。
寝る前に、中々重たいものを食べさせてくれた。辛くて、甘辛で、だた甘いとは。
「ふっ」
ちょっと笑えて、顔を片手で押さえた。ホント、まあ騒がしいガキ共だ。
何かに関して人の周りをウロチョロと。
ホント、まあ。
「どうしたのであるか?」
ガンメリーに心配される。大きなお世話だ。
手に水滴の感触。軽く拭った程度では途絶えない。
「別に、塩気が目にしみた」
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