<第二章:クォ・ヴァディス> 【01】
【01】
“事後処理”を全て済ませ、僕は妹の拠点に帰って来た。
冒険者組合で風呂に入って血も汗も流してきた。服も新しくしたので、戦いの後には見えないはずだ。
今日は夕飯に間に合った。
体調的には飯より休憩だが、死んだら嫌ほど休める。後回しで問題ない。
「ただい――――――」
「ぱぱおかえり!」
扉を半分開けた所で、バターン! と榛名が出迎えてくれた。
「今日はね! あのね! ………………忘れた!」
「お、おう」
興奮して言う事を忘れたようだ。手を引かれてリビングに向かうと全員集合していた。
雪風と、そのパーティメンバー、エヴェッタさん、ランシールに抱えられた国後。
ニセナ、バーフル、マキナ・ロージーメイプルのペット組。
キッチンではテュテュと時雨、エアが、夕飯をテーブルに今まさに運んでいる所だった。
あれ? 女騎士がいないのだが。
「今日はこいつも一緒なの?」
僕を見てエアが露骨に嫌そうな顔をする。うむ、懐かしい反応。
「夕飯は、カレーか」
「え? あんたカレー知ってるの?」
「まあな」
コテージに近付くにつれ匂いで分かった。
エアのカレーは間違えようがない。
「そう! きゃれーだ! つまみぐいしたらおいしかった!」
銀毛の尻尾がビュンビュン揺れる。
『ハルナ』
エアと時雨が同時に睨んで来た。榛名は素早く僕の背後に隠れる。
「………ニセナちゃんが食べようっていいましたー」
「そうだ。それが何か問題かえ?」
悪びれる事なくニセナが言う。こいつはメイド服になっていた。こんな偉そうで無能なメイドは嫌だ。チェンジしたい。
「所で早よ飯にせぬか。こなたペコペコのペコであるぞ」
「あんた手伝いなさいよ。居候でしょ」
割と働き者のエアに言われた。
「ハルナの毒味をして、外の野菜に水をやり、木精の手入れもしてやったのだぞ。もっとこなたをいたわれ。全くエルフは気が利かぬな」
「あんたもエルフでしょ。どこの一族か知らないけど」
そんなニセナとエアの会話。
「おなかー!」
「榛名が暴れる前に飯頼む」
「はーい、並べるニャ。席着くニャー」
テュテュはテーブルにパンの山盛りを置き。
時雨はご飯の鍋と、ピクルスの盛り合わせを置く。
エアはカレー鍋を置いた。
「エア、そのカレー辛くないよな?」
「子供でも食べられるように甘口よ。ハルナはまだ味覚が育ってないから、辛いのはもうちょい後にしないと―――――って、馴れ馴れしく呼ばないでよ。てか誰だっけ? 確かアッソ? アシュー? ボッシュ?」
「ああ、すまん」
つい前と同じようにエアに接してしまった。
「ごーはーんー!」
「はいはい、悪かった」
榛名が爆発する前に席に着く。何となしに座って見たが、右に榛名、左に時雨、正面にランシールに抱かれた国後という陣形。囲まれた。
正直、超居辛い。
外でボッチ飯したい。
「今日のカレーはね」
エアが自慢気にカレーを皆によそって行く。
「チリビーンズ風に作って見たのよ。豆とタマネギ多めで、お肉は表面を炙った豚のアバラ肉。水は少な目にして代わりにトマトを沢山。スパイスをまろやかにする為に、チーズと他に隠し味を――――――」
エアの話半分くらいで全員が飯を食べ始めていた。恒例行事なのだろうか?
「ふがっふ、ふがっ」
榛名がカレーを掻き込みながらパンを頬張っていた。こいつ、リスじゃあるまいし。
「榛名、お前もうちょい食事マナーだな」
「………………」
榛名はゆっくりと、ニセナ、エヴェッタさん、雪風のパーティメンバーを見る。
全員、野獣のように飯を貪っていた。
そうだった………冒険者ってこういう感じの人種だった。マナーとかお笑い所だ。静かに肉を食っているバーフルが一番マシという。
「雪風かエアの真似しろ。お前のママでもいい。テュテュと時雨も良い。あのケダモノ共は人間の飯の食い方じゃない。真似するな」
小さい頃からのマナーは大事だ。
「ちなみにマキナはどうですか?」
キリッとした顔でマキナがいう。
こいつ食べ方は上品なのだが、コップ一杯の水とパン一欠けらでお腹一杯になるのだ。
「お前は小食過ぎて問題外」
「おぷす」
マナーも大事だが、沢山食って大きくなって欲しい。
「じゃ、ぱぱは?」
「僕は片腕しか使えない。参考にするな」
「ふぁい」
榛名は、パンを丸かじりしてカレーで飲み込む。
「しっかり噛む」
「ふぁはーい」
モグと口を膨らませて即飲み込んだ。
分かっているのかな? こいつは。
「あまり口うるさく言っても子供は聞きませんからね。好きにさせて失敗すれば学びますよ」
ランシールから至言をいただく。
二児の母だと色々違う。前より格段に落ち着いている。人妻感が凄い。僕も少しは大人にならないと。
「うーん」
カレーと食べて首を傾げてしまう。
「何よ口に合わない?」
「いや、美味い」
とは言ったものの、エアには悪いが味が分からない。
今日殺した人間達の息絶える瞬間、斬刹の光、義父の最後がフラッシュバックする。
参ったな。
切り替えが出来ていない。
一応、カロリー摂取の為に胃に入れる。後に響かなければ良いが。
そも、僕にどれだけ時間が残っているのやら。メルムの奴も託す相手を間違えている。託された以上、やれるだけの事はやるが途中で倒れても知らないからな。
「ふぎっっ!」
「あ、詰まったな」
榛名が喉を詰まらせた。
「はいはい、水よ」
「ぎゅ、ぎゅー」
ランシールに水を貰って榛名は一気飲みしていた。
騒がしい子供だ。誰に似たのやら。
食事が終わり、雪風と拠点の地下に降りた。
地下室には、ガンメリーとドラム缶のマキナがいる。ピンク髪のマキナは飯を食ったら眠ってしまった。生身になった弊害である。
「今日の街の騒ぎって、もしかして?」
雪風に聞かれる。
軽く迷って真実を明かす。
「全部僕が原因だ。法王ケルステインを暗殺した。遠征騎士団も粗方潰した」
「………………は?」
雪風は『頭がおかしくなった?』と指を動かす。
「主戦力と指揮系統は壊滅したのだ。今の遠征騎士団は烏合の衆である」
「ガンメリー、嘘でしょ?」
「吾輩、嘘吐かない」
「冗談。変なヒモだとは思っていたけど」
ガンメリーの言葉は信じるようだ。
てか、ヒモって。
「それじゃ何? このアリアンヌのヒモは、一人で一軍を超える力を持っているって事?」
「状況と戦況、敵の種類によるがイエスである」
「納得いかないわぁ」
別に信じなくても結構。
「それで雪風、色々と聞きたい事がある」
「嫌よ」
取り付く島もない。
「それじゃ【冒険者の雪風】に依頼したい」
「あたし高いけど?」
金の問題なら楽だな。
「ガンメリー。隠し拠点の装備品、売ったら幾らくらいになる?」
「混乱した情勢では武器は高値が付くのだ。金貨2000は楽に行くだろう」
「じゃ、それで雪風を雇う」
「ハイ、ヨロコンデー」
ぎこちない笑顔で雪風が笑う。
現金な奴だ。お兄ちゃん心配なんだが。
「んで何よ? 体とか言ったらぶっ飛ばすわよ」
貧乳実妹なんぞに興奮するか、生足出しているのは気になるが。普通に腹も出しているのが気になるが。エアに着せられたあの恰好気に入っているのか? 結婚前の女がむやみに肌を―――――落ち着こう。これは後だ。いやいや、脚は問題ないのか? 僕はこれが原因で異世界に―――――よし、これも後だ後。妹相手だと色々と気が散る。
深呼吸を一つ。
問題を口にする。
「諸王、傭兵王の動向を知りたい」
「知らないわよ」
素直に言わないのは口が堅い証なのか、僕を信用していないだけか。
仕方ない。ちょっと理屈っぽく攻めるか。
「時雨の奴が大量のキャベツで発酵食品を作っていただろ? あれ、お前の依頼だってな。ザワークラウトだろ。この地域じゃあまり食わない食い物だ。壊血病予防の食品。長い航海には必需品となる」
「………それ、他の誰かに言った?」
雪風の声が低くなる。
「いいや。続けるぞ。この辺りで長期の航海を予定している連中は、僕の予想では傭兵王の奴らだ。つまりは帰り支度の一つ。連中、近々レムリアから引き上げるのでは?」
「続けて」
「傭兵王の動きはレムリア内から依頼されたものだ。そこで気になるのが、誰が、何故、どういう意図で、その辺りだな」
「つまりのつまり、とどのつまり、ザワークラウト作りを依頼されたあたしと傭兵王は繋がっていると?」
「繋がっていないのか?」
「言う訳ないでしょ?」
そりゃそうだ。
「エリュシオンの遠征騎士団が体を成していない今、諸王はそのまま帰ると思うか?」
「さあね、帰るんじゃ? あたしの“予想”だけど連中は仕事の契約は守るわよ」
「お前との契約は守るだろう。しかし、それはそれこれはこれ」
「何よ? さっきからもったいぶって」
お前が言うなと言いたい。だが黙っておこう、僕の方が年上だし兄だし。前はこれで際限なく口喧嘩したから。
「僕は諸王との付き合いがある。その中で四強の諸王については一通り情報を持っている。傭兵王、別名【奴隷商人の王】だ」
「………………」
雪風が嫌そうな顔をする。
「知らなかったのか?」
「知らなかったわよ」
だろうな。
そんな感じだ。
「連中が引き上げるとして、遠征騎士団の中から身代金を取れそうな奴らを攫うだろう。身代金が無理ならそのまま【商品】だな。ついでに綺麗所の獣人や、力のない人間、隙あらば冒険者の中から何人か、それと――――――」
僕は何もない壁に視線を移す。
体が満足に動かなくなったせいか、別の感覚が研ぎ澄まされている。最早、不可視の外套ですら見通せる。
「エア、お前の森のエルフも対象だ」
ロラの外套を払い。潜んでいたエアが突如現れた。
「あんた、どうやって見破ったの?」
「ただの勘だ。気にするな。僕と雪風が会う時、いつも護衛として監視していたのだろ?」
雪風がばつの悪そうな顔で視線を逸らす。
エアが胸を張って僕の前に出て来た。
「そのお見通しの態度、不愉快よね」
やれやれ、実妹だけではなく義妹にまで嫌われたようだ。
さておき、それよりもエルフの身の安全が大事だ。
「間違いなく。傭兵王はヒューレスの森を襲う。エルフは良い金になる」
「馬鹿にしないで、それくらいアタシ達だけで。メルムだっているのよ」
ため息を噛み殺した。
あの野郎、いきなり難題を押し付けやがって。
「例えそうでも、安全策はいくつあっても困らないだろ。雪風、依頼主を話せ。僕が接触する。足が付くようなヘマはしない」
「………………はあ」
雪風がため息を吐いて、エアを指差した。
「エアから依頼されたのよ、あたしは」
「アタシよ。アタシがユキカゼに依頼したの」
「何?」
どういう事だこれは。
何故にエアが傭兵王から依頼を?
「傭兵王と奴隷商人の話、アタシも初耳だから言うけど。アタシに依頼してきたのは、昔の仲間。メディム、【冒険者の父】よ。あいつは今、傭兵王の所にいる」
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