<第一章:キングスレイヤー> 【05】


【05】


 城がある。僕の前には城がある。

 レムリア城。

 思い起こせば、ここにはロクな思い出がない。

 馬鹿王子の件。アーヴィンの件。バーフルに嵌められたネオミアの件。執政官に襲われ、ランシールと逃げて………………あ、榛名と国後はその時に。

「ごふっ」

 咽た。

 さておいて。

 この城は法王に占拠されているが、本来はランシールの物だ。そう思うと忍びない。これからする事に。

「マキナ」

『はい、信号チェック。全てクリア。問題ありません』

「ガンメリー」

『問題ない。しかし吾輩の今の機体はコントロールと工作専用である。戦闘能力は期待しないでもらいたい』

「分かっている。僕は一人で狩る」

 二人の通信を切る。言った通り、ここからは僕一人の戦いだ。

 手にあるのは太いボールペンのような部品。それにはボタンが一つあった。

 耳栓を付けた。ポンチョのフードを目深に被る。

 そしてボタンを押す。

「………………」

 反応がない。

「おい、マキナ」

『すいません接触が悪いようで。連射してください』

 連射。

 すると、城が一瞬膨らんだように見えた。

 腹に響く重低音。衝撃で肌が痺れる。地鳴りに突風。大きな物が下から上に弾き飛ばされる気配。街に瓦礫の雨が降り注ぐ。

 刀を抜く。

 閃きの一つで巨大な柱の残骸を両断した。

 舞う砂埃に目を閉じ、呼吸を止める。

 しばらくして、

「よし」

 目を開けると、城は綺麗に吹っ飛んでいた。多少なりとも基礎は残っているが、ほぼ更地だ。

 A.Iポットに付いていた自爆用の爆薬と、ガンメリーが回収した資材用の爆薬。それら全てを、城と騎士達が陣取っていた門に仕掛けた。

 遠く外壁からも爆発音の尾が聞こえる。

 威力は想像以上だ。歴史ある堅牢な城が一瞬で消し飛んだ。現代の爆薬様々である。

「さて」

 抜き身の刀を持って進む。瓦礫の道を進む。

 調べ通り騎士の姿は無い。

 たまにいるのは、例の胸糞悪い執政官の姿。建材に押しつぶされ、爆破で四肢を失っても尚、まだ動くそれらの首を落とし心臓を貫く。

 こいつらは一体も残さない。残してはいけない。

 刀に血を吸わせながら真っ直ぐと進む。不思議と敵の位置は分かった。僕の中の力が、奴と呼び合っている。

 左腕は動かない。

 左目の視力も失せた。

 愛刀は折れ、切り札もなく、かつての仲間との絆を失った。

 残ったのは、戦い続ける意思と残り物の装備。

 否、こうなったからこそ最後の一瞬まで戦い続ける決意が燃える。

「よお、法王様。それとも王子と呼んだ方がいいか?」

 ケルステインを見つけた。

 長い白髪の眼鏡をかけた青年。質素な貫頭衣は埃に汚れ、これが王かと問われれば誰しも首を横に振るだろう。

 形など意味のない状況なのに、崩れた王座に腰をかけ僕を見下している。

「随分風通し良くしてくれたな」

「賃料未払いにより強制退去だ」

「初耳である。この城は君の物か?」

「正当な持ち主を知っているだけだ」

 血濡れた刀をケルステインに向ける。

「今は亡き、諸王の中の諸王。【黒狼王】ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリア陛下の流儀に則り、エリュシオン第五法王・【放浪王】ケルステインよ。汝の真名を名乗れ」

「流儀と言うのなら、まず貴様が名乗れ」

 ごもっとも。

「冒険者、アシュタリア王最後の臣下、異邦人、宗谷」

「諸王の飼い犬よ。答えてやろう。確かに、この体は獣狩りの第五王子である。だが生憎、本当の名など忘れてしまった。長く長く様々な衣を纏う内に、余は本当の名をどこかに脱ぎ捨ててしまった。故に我が敵よ。貴様は【ケルステイン】と呼べ」

「なるほどね」

 名を思い出した男が、名を忘れた男と戦うか。

 おあつらえ向きだ。

「して、貴様は本当に余の兄を倒したのか?」

「ああ、間違いなく」

「そうか、それは実に――――――」

 楽しめそうだ。

 そう、ケルステインは笑う。

 刃が交差した。

 剣戟は二度。奴の得物はエリュシオンの名を継ぐ剣。この刀で受け太刀を繰り返せば容易く折られる。

 決めるなら短期。

 火花を散らし距離を取る。刀を収めた。

 見え見えの誘いをケルステインはためらいもなく攻める。

 要は脚。

 腕で振るうだけが剣術ではない。

 グラッドヴェイン様が編み出し、親父さんが習得したこの技。模倣とはいえ切れ味は本物だ。

 呼吸を止める。感覚を研ぎ澄まし、首に迫る刃を紙一重で潜る。

 カウンターで刃を放つ。

 鎖骨を断ち、首を斬り落とす。

 そう幻の刃で。

 予想通り、ケルステインはカウンターにカウンターを合わせて来た。残念、剣は僕の残像を斬り裂くに終わる。

 ぬるい。

 剣の腕はあるが読みが浅い。命の駆け引きが何も出来ていない。

 綺麗に背後に回り込む。

 逆手の刀で、ケルステインの心臓を貫く。刃を返し往復して破壊。膝で柄を蹴り上げ刃を跳ね上げた。噴水のように血が飛び出す。

 普通なら即死。しかしこいつらには、挨拶のようなもの。

 腰を蹴り距離を取る。

 鼻先を剣が掠めた。

「どうする? まだ棒切れ遊びをするか?」

「はっ」

 余裕だ。断ち割られた心臓も一瞬で再生した。

 僕に時間と体力が残されているのなら、付き合うのも一興と笑っただろう。

「ケルステイン、お前は僕に“楽しめそうだ”と言ったな?」

「そうだ。支配者の大敵は退屈だ。余は、兄のように延々と破壊するだけの阿呆にもなれぬ。気まぐれに人を育ててみたが………それも灰となり消えた。ならばこの世に何が残ると言うのだ? 炎教の狂信者共曰く、世界は何れ炎に消えるという。その炎とやらに余がなるのも、また一興か」

「薪になるのは勝手だが、燃えて死にたきゃ一人でやれ」

「余の血族が、蝶よ花よと育てた世界だ。滅びる時は蜜を吸いに来た虫も“共に滅びるのだ”」

 道連れを求めるか。

 支配者って奴はどの世界でも変わらんな。

「その滅びとやらの前に、僕がお前に最大の娯楽を見せてやる」

「ほう」

 欠片も期待もしていない顔で声を上げる。

 刀を地面に刺す。僕は腰に吊るした袋に手を突っ込み。耳を掴んで“それ”を取り出した。

 白く小さな、赤い瞳の羽根のない兎。

「その名は、悲劇だ」

 兎はケルステインを見つめ、そして僕も悪夢へと導く。

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