<第一章:キングスレイヤー> 【04】


【04】


「そなた記憶が戻ったようだな」

「まあね」

「だがそれは、そなた個人と極一部の“外れた者”だけの事。頼れる力は多くはあるまい。倒せるのか? エリュシオンを、呪われし王子を」

「倒せる倒せないは重要じゃない。戦うか戦わないかが重要だ」

「それだ。そなたのそれは実に見苦しい。刹那に生きる小さき者が、身に余る矜持を持って何とする。死を恐れ、神を敬い、命を繋いでこそ人であろう」

「僕をネズミと揶揄したのはあんただろ」

「それはそれ、これはこれだ。子もいるというのに、少しは性分を抑えたらどうだ馬鹿者め」

「とりあえず。そこから出て来い」

 ニセナを見つけた場所は、路地裏の奥。炎の柱から大分離れた場所。建物と建物の隙間に隠れていた。隠れるというか、挟まって身動きが取れないように見える。

 元の姿を思い出すと中々愉快だ。

「ちなみに周囲は安全かや?」

「大丈夫だ。いても僕が何とかする」

「仕方ない出てやろう。手を引くのだ」

「へぇへぇ」

 やっぱり挟まってるじゃないか。

「お前、ランシールのドレスを」

 引っ張り出すと、ドレスの汚れが明らかになる。全体的に泥に汚れ、生ゴミを付着させ、スカートの一部は噛み千切られていた。

「貴様が悪いのであろうがッ! こなたを放置して! 腹を空かせた野犬に襲われたり! 妙な人攫いに狙われたり! 冒険者にからかわれ! 大変だったのだッ! だッッ!」

「そうか………大変だったな」

 ちょっとホロリときた。

「同情するなー!」

「ぶっ」

「笑うなー!」

 それじゃどうしろと?

「もーイヤだ。おぶるのだ! こなたは一歩も進まぬぞ!」

「はいはい分かったよ」

 払えるだけ汚れを払ってニセナを背負う。

「ほれ走れ。ハルナが心配している。………心配しているであろう?」

「してる」

 ペットがいなくなってな。

「ほーれ見た事か。このダメ親め」

 こいつには言われたくない。所で竜はどうやって増えるのだ? 卵なのか? 

 さておき帰ろう。

「やれやれ明日は早いというのに、とんだ寄り道だ」

「そなたが悪い!」

「はいはい僕が悪い」

 チッ、反省してる。


 ニセナを家に持って帰り、風呂で洗い。僕も汗と汚れを落として、激動の一日がようやく終わりを迎えた。

「こなたは寝る」

 と、ニセナは榛名の所に。

 そういえば、僕の寝床が分からない。コテージは寝静まっている。誰かに聞くのも面倒になり、リビングの長椅子に腰かけた。

 中々の座り心地。

 熱からず寒からず快適な温度。

 窓ガラス越しに月と草原とダンジョンが見える。もちろん、炎の柱も。

 渦巻く感情を飲み込み、目を閉じた。

 全てを整理するのは戦いが終わった後だ。明日の戦いの為、今はひと時の休息を。

 体の力を抜く。暗闇に潜り、意識を溶かし、せめて悪夢は見ないようにと祈り、眠る。

 水底に沈むよう眠りに落ちた。

 ………………………………

 ………………………

 ………………

 ………

 眠っている。


 まだ暗闇の中をさ迷っている。


 体は休息の中、しかし夢の中ではない。薄い現実の中だ。

 肩に毛布がかけられていた。誰がやったのかは分からない。頭は回らない。

 胸に温かな感触を感じた。毛布から銀毛の獣耳が出ている。榛名だ。スヤスヤと眠っている。

 悪い気はしない。

 落ちないように片手で抱き締めて眠る。

 心地良い。意識はすぐ消えた。



 次は軽い息苦しさで片目を開けた。

 闇は薄く、夜明けは間近である。

 もう一眠りと目を閉じ、榛名を撫でると髪の質感が違った。

 フワッとした感触ではなく。サラッとした感触。体温も少し冷たい。毛布から飛び出た獣耳は榛名と比べて小さく黒い。

 寝ぼけた頭でも読めた。恐る恐る正解を捲ると、やはり時雨だった。榛名と同じように僕の胸に抱き付いて寝ている。

 ギンガムチェックのパジャマ姿で髪も降ろしている。寝顔にいつものキツさはなく。見た目相応の幼い子供の顔。

 何とも、何ともである。

 何がどうしてこうなった? 榛名はいないから、もしかしたら時雨が榛名を退かせて寝床に運んだ後、自分がここにと?

 それはまあ、僕の自意識過剰だろう。やんごとなき理由があってここにいるのだ。

 多分恐らく。落ち着け僕よ。

「にゃ」

「ッ」

「にゃ………………にゃー」

 寝言だった。心臓を吐き出す所だった。

「………んにゃ」

 いいや、時雨は起きた。

 僕は寝たふりをした。目を閉じて呼吸を整えつつ平静を装う。時雨は僕の胸の上でゴロゴロと喉を鳴らして転がる。

 ペタペタと頬を触られ、角や髪を触られる。くすぐったいが我慢。

「ふう」

 満足したのか、僕から離れて小走りで去る。こんなよく分からない緊張は初めて体験した。

 ほっと体を楽にすると、また眠りに落ちた。


 と言う夢を見た。

 気がする。


 夢だと思うが、夢でなかったような気も。夢うつつと目覚める。

 朝だ。

 陽が射している。

 雪風のパーティメンバーが傍に座っていた。仮面を付けた魔法使い。今更ながら、その仮面のデザインには見覚えがある。

「なあ、あんた。もしかして無貌の――――――」

『当たらずといえども遠からず』

「正解で良いのか?」

 妹の協力者に強力な魔法使いがいるのだ。別に損はない。

 何か下種な打算がなければな。

『安心せよ。我らは人類をもう一度繁栄に導くつもりだ。その為にも、貴公には王子を滅してもらいたい。皮肉であるが、古き守護者は人類の邪魔でしかないのだ。協力はしたいが、全ての魔法、神との契約は、等しく彼奴等に無効化される。我らの物理的手段でも王子は殺しきれぬ。例外があるのは【竜】と貴公の【暗火の神】のみ。それに、今動いて奴に悟られるわけにはいかぬ』

 まるでガンメリー見たいな言い回しだな。

「ケルステインの他に敵がいるのか? 諸王の事か?」

『それらの糸を引いている者だ。しかし貴公は、王子との戦いに集中せよ。何をどうしてもアレは貴公にしか倒せぬ敵なのだ』

 気になる事を一つ置いておいて、目の前に事に集中しろとか。厄介な事をしてくれる。

『後顧の憂い作ったようですまぬ』

「いいさ、別に何も変わらない」

 僕は戦うだけだ。灰になってもそれは変わらない。

「あ、起きてる」

 いつもの給仕服姿で時雨が寄って来た。手には弁当箱がある。

「これ弁当。朝飯と一応昼飯も入ってる。顔洗ったら?」

「すまんな」

「いいってことよ」

 時雨はすぐキッチンに戻った。上機嫌に尻尾が揺れている。

『良いのか?』

「良いのだ」

『しかし、ガンズメモリーも言うであろうが選択肢を言うものは――――――』

「ああ分かったよ」

 僕も感じていた事だ。

「この戦いが終わったら伝える」

『なるほど、これが俗に言う死亡フラグであるか』

「………黙ってろ」

 大きなお世話だ。

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