<第一章:キングスレイヤー> 【02】
【02】
昔の苦労が記憶にあるからか―――――――
ダンジョンに潜り、人目を盗み、目的の物を盗み、密やかにダンジョンから脱出する。滞りなく進行した物事に違和感を覚えた。
苦労に慣れた体である。楽する事の方が非日常なのだ。こっちから騒ぎを起こしてやろうか、とも思った。
「さて」
つまらん迷いは横に置く。
どうせ体を動かしたら忘れる。
続いて城に忍び込み荷物を設置。街の城壁にも設置。
軽くエリュシオンの騎士達を覗き見る。城門付近で騎士達は戦列を作っていた。例の化け物女に操られ虚ろな目で。
街の外には、門の目と鼻の先に諸王の軍がいる。
一触即発。
大規模な戦闘がいつ起こってもおかしくはない。
ケルステインは城で引きこもっていた。全く動く様子はない。
良い御身分だ。これは個人の強さによる油断か、傲慢か、確信か。
「マキナ、こっちは終わったぞ」
『はーい、動作のチェックしますね』
眼鏡から通信機能からマキナの声が響く。
少し感慨深い。調子に乗るから口にしないけど。
『問題ないですね』
「それじゃ」
周囲は明るいが、空を見ると星が見えた。街にある巨大な炎の柱。あれのせいで日が落ちている事に気付かなかった。
もう夕飯時だ。
「マキナ、腹減ってないか?」
正直減った。
しかし、今の街で飯が食えそうな場所はダンジョンにある商会の店だけだ。証拠は残していないが、万が一の事を考えて戻りたくはない。無用なトラブルもごめんだ。
『えーその事ですが、暇だったので実妹の雪風様とメアド交換しました。ただ今『早く帰ってこいや! 時雨が夕飯作って待っているでしょーが!』というメールを30通頂いています』
「家か」
雪風のコテージ、正直言えば帰りたくないな。
どんな顔をすれば良いのか分からん。
『帰りますよね?』
「あーうーん」
『戦いは明日ですよね。じゃ帰りますよね? 最終決戦前の会話イベントとか大事ですよね?』
「お前、ちょっと冒険者組合行ってパンとチーズでも買って―――――」
『帰りますよ!』
「お、おう」
剣幕に押されてしまった。こいつこんな押し強かったか?
「はあ」
深~くため息を吐いた。
仕方ないと諦める。
合流してマキナとガンメリーを回収、渋々帰路につく。本当に気が進まない。草原を歩いている中、何度もマキナに背中を押された。
「可愛い七つの子がいるでしょ!」
「それも原因なんだよなぁ」
国後はまだ赤子だから良いとして、榛名もなんやかんやで生まれた時と今に至るまで多少なりとも同じ時間を過ごした。
時雨が問題なのだ。
今更、父親面はできない。
「言っちゃえばいいじゃないですかぁー」
「言えるか馬鹿。母親は忘れているが、僕はお前らの親父で、明日法王と戦ってくる上にそれで死ぬかもしれない。おまけに寿命も短い。………これをどう伝えろと?」
こんなもの、伝えるくらいなら何も言わず消えた方が良い。
「寿命て、ほらソーヤさん。結晶化でしたらマキナも調べていますし何か解決方法が。戦いだって、これまでも何度も生き延びてきたじゃないですか」
「これまでは、な。綱渡りもそろそろ限界だ」
今は状況が違う。
それに、
「生きようと戦ったわけじゃない。いつだって、この命と身を引き替えに敵を倒してきた。偶然なんだよ。生き延びて来たのは」
今更、命惜しさを抱えて戦えるか。
保身で鈍った腕で勝てる相手でもない。
「マキナには戦いの事は分かりません。ですが、誰かの所に帰るという意思は強さにならないのですか?」
「知らん」
「え、いや知らんて何ですか」
「語り得ぬものには、知らんと言わざると得ない」
僕は帰れなかった。もうない決意だ。
「格好よくない!」
「恰好よさを意識した事は無い」
「ソーヤさんダッサイですからね。マキナがコーディネートしてあげましょうか?」
「お前の男の趣味ってどんなだよ?」
聞いてはみたものの嫌な予感しかしない。
「全身黒は基本ですね。学ランでも可です。とんびコートかマント付けて欲しいですねぇ。裏地かワンポイントに和柄を付けたいです。あ! マキナ帰ったら刺繍やりたいです!」
学ランにマント姿の自分を思い浮かべると、マキナを蹴り倒してる姿が思い浮かぶ。
金色夜叉か僕は。
「まー暇ならな」
「やるやり~」
どの程度できるか分からんが、やらせてみるか刺繍。こいつ器用だし。もしかしたら、手に付く職になるかもしれない。
そうなれば僕が死んだ後も自立できるだろう。
「あれ、ソーヤさん。マキナの勘違いでなければ………はれ?」
「何だ?」
マキナは、首を傾げて何かを思い出そうとする。
「マキナは、というかソーヤさんも、何か忘れていませんか?」
「馬鹿言え。つい最近まで忘れていたのだ。今は全部憶えているさ」
思い出したくない事から、認めたくない悪夢までな。
全部、全部だ。何を忘れるか今更。
「えーいやー、こう大事なようなそうでもないような。マキナ達には直接関係はないのですが、割と重要な人がいたような」
「“あの事”を言いたいのなら後にしろ。僕なりに色々と覚悟が――――――」
「いえ、それとは別です別! なんかこう一緒に街に行って………喉から手が出ているのですが思い出せません」
「それはもう、大して重要な事ではないだろ」
「うむ、そうであーる」
ガンメリーも同意した。
「吾輩的には大変愉快なので黙る~」
「こいつもこう言っているのだ。どうでもいいさ」
えー、とマキナの声。
「ソーヤさんがそう言うなら、マキナは男を立てる女ですから黙りますけどぉ」
「気にするな。もっと他に気にする事はある」
例えば、マキナが何故に人間の姿になったとか。
ここはかなり重要だと思うが。
「そうですね。一個あります。重要な事。マキナ完全にうっかりしてました」
ほら見ろ。
「マキナの名前です」
「………ん?」
マキナはマキナだろ。何を今更。
「マキナ普通の名前が欲しいです! A.Iとしての形式的名称でもなく商品名でもないやつを! シックスとか言うつまんない名称も論外です!」
わからんでもないか。
雪風のコテージにA.Iポットのマキナもいるし、混同すると面倒だ。
「そんなわけで、ソーヤさん名前ぷりーず! へい! かもんかもん!」
「それじゃ」
別に艦船縛りじゃなくていいよな。
「マキナ・ロージーメイプル」
「えーソーヤさん、えー。マキナも艦船縛りがいーいー」
「じゃ扶桑か陸奥」
「止めてください」
即否定された。
「でもロージーですかぁ。この髪がピンクだからそんな感じで、ほほぅなるほろー」
いや、ロージーメイプルモスと言うピンクの蛾から取った。
「グヘヘ名前グヘヘ」
にへらぁとした笑い顔。
悪いとは言わないが、もうちょっと何かね。女としての慎みをだな。
「丁度良いのであります」
急にマキナの声のトーンが変わる。
髪色がピンクから夜闇に溶け込む黒に染まった。濡れたように艶めかしく。まとまった髪の二房が、別の生き物のように蠢く。
片目にかかる髪を邪魔そうに払い。それは言う。
「自分にも名前おば」
「お前まさか、雪風か?」
「はい、そうであります。隙を突いて支配性を変更しました」
マキナと混ざっていた感じだったが、こう変身して出て来るとは驚きだ。
「コテージには実妹の雪風様がいます。自分の呼称が雪風だと混乱を招くであります」
「確かに」
えーと、黒いしマキナ・ブラックとかでいいか。それかビターチョコレートとか。
「しっかり練って欲しいであります。蛾の名前とか論外で」
「お、おう」
バレてた。
「んー」
雪風はイゾラが作り出した人格だ。イゾラの子供とも言える。
だから、と。
語感でパッと思い付いたのが敵の名前だ。
「宗谷、もしかして『イライザ』と名付けるつもりであるか? 反対するのである」
「うーむ」
ガンメリーから反対が一票。
名前的に悪くはないが。
「イライザ、でありますか。悪くないであります。決定案ですか?」
「吾輩は反対である」
「イライザはソーヤ隊員に聞いているのであって、ガンズメモリーには聞いていないです。少し黙れであります」
「宗谷、もう影響されていると思うが?」
「そんな馬鹿な」
しかしまあ、名前は存在を決定付けるものだ。イライザと名付けたら将来裏切られる可能性も無きにしも非ず。
少しもじるか。
「短くして『イズ』でどうだ? イズ・イゾラ・ユキカゼとか?」
妹には悪いが、こっちに来てからずっと雪風と呼んでいた。割と愛着があるのだ。
「その程度なら吾輩は賛成するのだ」
ガンメリーから賛成の一票。
「イズ、でありますな。了解です。『雪風』改め『イズ』と呼称するであります」
「了解だ」
マキナは、呼称は『マキナ』のまま判別する時にはロージーと付ける。
雪風は、呼称を『イズ』に変更。
これで混同しないと思う。良し。
などと話していたら、草原の闇の先に明かりの灯ったコテージが見えて来た。
気の重さが再燃。ここまで来たらぶつかるだけだが、時雨にどう接すればよいのやら。やはり迷うな。
「所で」
とイズが言う。
「ソーヤ隊員、イズは体を持ったらやりたい事がありました。協力してもらえますか?」
「構わんけど何だ?」
「はい、セックスしましょう」
何のためらいも羞恥心もない言葉に、僕は何もない所ですっ転んだ。
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