<第一章:キングスレイヤー>


<第一章:キングスレイヤー>


「終わったぞ」

 階層の隅に行く。そこにマキナを待たせていた。

「ぶうううううう」

 頬を膨らませ不満そうな顔である。

「なーにふて腐れているんだ」

「ぶふッ」

 頬を突っついて息を吐き出させた。

「なーんでマキナがダンジョンに潜っちゃいけないんですかッー!」

「何度も話しただろうが」

 頭が痛い。

「せっかく手足が付いたのに自宅待機とかないわー」

「お前、滅茶苦茶ひ弱じゃねぇか」

「ひ弱とかポイント高いでしょ?」

「冒険者としては致命的だ」

「あ、再生点でしたっけ? あれをかければマキナも」

「戦う手段がないだろ? その細腕で剣持てるのか?」

「じゃ魔法」

「今、何か使えるのか?」

「ソーヤさん嫌いです」

「………………」

 この野郎、馬鹿野郎。

「何よりもマキナの頑張りをまず評価するべきだとおも――――――」

 手で口を閉ざして黙らせた。うるさいのも理由だが、人が来たからだ。

 人骨の杖を持った白い肌の少年、冒険者組合の組合長だ。

「アッシュ、どういうつもりだ」

 色々あったとはいえ敵意を少しくらい隠せ。

「僕が冒険者をやっちゃいけない理由でもあるのか?」

 くだらない質問に質問で返す。

「トラブルの原因なら、組合長として止める理由はある」

「面倒は起こさない」

 起こすけど。

「信用できるとでも?」

「そりゃお互い様だろ」

「水掛け論なら、組合長としてやる事は一つだが」

 つい、前の感じで喧嘩を買ってしまった。

 でもこいつに下手に出たくないなぁ。

「所でアッシュ………こちらの“美しい女性”は誰だ?」

「あ?」

 何をどう勘違いしてとち狂ったのか、組合長はマキナを見て『美しい女性』と評した。

 片目隠しの長いピンク髪。喪服のまま来たので下は黒。まあ、顔は可愛い系だとは思うが『美しい』は無いな。美的センスを疑う。こいつロリコンじゃないのか?

 そういえば、こういう色のチョコレートがあった。

「誰だ? 見慣れぬ顔だぞ」

「ちょっと待て」

 マキナの腕を引っ張り、組合長から離れる。

(上手い事合わせろ)

(おまかー)

 密にコミュニケーションした相手だからこそ、簡単な言葉で連携が出来る。

「こい―――――この方は、さる諸王の隠し子だ。名はマキナ………様」

「はい、遠方からソ―――――アッシュさんを頼りレムリアに来ました」

 よよっとマキナは口元を隠す。ちょっと芝居が大きい。

「何用でだ?」

 組合長の疑問に、マキナとアイコンタクトして合わせる。

「彼女は原因不明の病に苦しんでいる。それを癒す手が、このダンジョンにあるとか」

「どのような病だ? これでも並みの治療術師よりは腕はある。力になれるが」

 こいつ下心に素直だな。

「心臓の病ですわ、実は今も苦しくて………ゲホゲホ、ィッくしょん!」

 マキナは、わざとらしく咳をしてクシャミをした。元々ない色気がゼロになる仕草だ。

「胸の病ですか、厄介ですな。よろしければ診察を」

「まあ待て」

 それは流石に困る。ムカつく。

「左大陸の古い風習で、未婚の女性は男に触れられてはいけない。組合長の気持ちだけ頂いておこう」

「では、腕の良い女性の治療術師を紹介してやる」

 ありがた迷惑な。

「申し訳ありません、ええと?」

「ソルシアです。マキナ嬢」

 次は気品のある演技でマキナは話す。僕からすれば茶番は見え見えだが、組合長は騙せたようだ。

「ワタクシと、ソアッシュ………ソッシュ、ボッシュ?」

 マキナが僕の袖を引っ張る。この馬鹿、また前の名前忘れたのか。

 アッシュ、と口パクで言う。

 うんうん、とマキナは頷いで。

「旦那様以外には、裸体を見せるつもりはございません事よ。オホホ」

『………………は?』

 組合長と一緒に声を上げてしまった。

「家の古い風習ですわん」

「そんな風習が」

 驚きの組合長。いや、ねぇよ。ないよな?

 これ以上話させるとボロが出まくるから進めよう。

「そういうわけだ。僕がダンジョンに潜って、こいつの治療方法を探す。止めるか? 組合長」

「真実なら止める理由はない。………………おいアッシュ。おかしな事を聞くが、“前にも似たような事がなかったか?”」

 違和感を覚えたか。

 こいつ特有の感覚か、それとも。

「気のせいだ。組合長」

「気のせいか」

 疑念を抱えたまま組合長は去る。最後に一言。

「忘れていた。冒険の安全を祈る。冒険者」

「どうも」

 微妙に冒険者組合の長らしい言葉を残した。

「旦那様♪」

「うっとおしい」

 腕に絡み付いて来たマキナを振り払う。

「この設定、マキナ的にはドストエフスキーなんですが」

「そんな事より、組合長の反応見たか?」

「ソーヤさんを少し思い出していましたね。横恋慕の記憶でしょうか?」

「いつの日か、皆が僕の事を思い出すと思うか?」

「マキナには何とも。感覚的なモノだけで、記憶は戻らないかもしれません。もしかしたら、今この瞬間にでも皆さんがソーヤさんの事を思い出すかも」

 僕は、忘れていた『僕』をマキナのおかげで取り戻す事ができた。

 しかし、『僕』を思い出したのはマキナと自分だけ。この冒険者組合にも知り合いは多い。その全てが『ソーヤ』という人物を忘れている。

 いや、違うのか。

「人々の記憶の中から、ソーヤさんが消えたプロセスが未知なのです。神様の言葉を借りれば『絆』でしたっけ? 人の痕跡すら消すとはまさしく神の御業、いえ呪いとしか言えません」

 そう、消えたのは記憶だけじゃない。

 僕の存在すらなかった事になっている。だがそれでも、消えぬモノはあるけどな。

「でも、でーも~、マキナは憶えていますけどねぇ~」

 チラチラ、と僕を横目で見る。

「はいはい」

「ほら、ほーら~、ん? んん?」

「感謝してるって」

 こう要求されると素直に感謝したくない。うぜぇ。

「グヘヘヘ」

 マキナは頬を紅潮させて破顔する。この笑顔は、何となく榛名に似ていた。

 また右腕に絡み付いて来たが、根負けして振り払わなかった。

「早速、ダンジョンに潜るのですか? マキナを置いて!」

「潜るにしても準備がいる。そこからだ」

「しかし、前に貯めた資産はパーティメンバーの方々が分配して持ち去ったかと。現代から持ち込んだ物資に付いても実妹様に回収されましたし」

「雪風に貸してと言っても無駄だろうな」

 あいつにとって、今の僕は兄ではなく厄介事を持ち込む他人でしかない。

「ソーヤさん、すかんぴんじゃないですかー。あ、まさかマキナを質にお金を? 安くないですよ?!」

「んなわけあるか、こんな事もあろうかと。パーティの皆に黙って個人資産を隠しておいた。その記憶まで消えるとは想定外だったが」

「用意周到な癖に、隙だらけなのがソーヤさんらしいですね」

「黙ってろ」

「やん」

 腕を引くと、妙に色っぽい悲鳴を上げて付いてくる。

「んでんで、保管場所はどこですか?」

「お前らが知らない所だ。僕にとっては最初に死にかけた所、いいや“二回目”か」




 クソ暑い街を歩き、寂れた街の一角に立つ。

 目の前にあるのは倉庫だ。目的の場所は、下にある半地下のスペース。

「あ!」

 ようやくマキナは勘付く。

「ソーヤさんが、チンピラ相手に無双した所ですね!」

「無双はしてないなぁ」

 ギリギリだった死にかけた。思えば、戦いで楽に勝った記憶は本当に少ない。今回も苦戦必須だろう。

 しかも、切り札はない。

 あるのは役にも成らない余り札。万全で挑んだ前回ですら多大な犠牲を払ったのだ。それで得たのは、勝利とは言えない痛み分け。

 この王殺し、分が悪い。

 だからと言って、止める理由にはならないが。

 鉄扉の弄り、仕掛けを動かす。

「簡単なパズルになっているのですね」

「寄木細工の秘密箱を参考に作ってもらった」

 扉の四方をスライドさせ、次に斜めに走った模様を動かす。これを所定の位置にはめ込むと、鉄扉を横に動かせる。

「何故ここを倉庫に?」

「弾痕や弾丸を処理する時に買い取った。遊ばせるのも何だと思ってな、ある程度の装備を保管していた」

「マキナ達に黙ってですかぁ?」

「今教えただろ。僕にもプライベートはある」

「それって信用してなかったと?」

「まあ、トーチに操られた後の話だ」

「ぶうううううう」

 うるさいから無視。扉を開けると、外よりも涼しい空気が流れた。

 しばらく放置していたから埃と傷みを覚悟していたが、

「はれ?」

「何だこれ?」

 マキナと一緒に疑問符を浮かべる。

 整頓された木箱が並ぶ。僕の記憶が確かなら、もっと適当に並べたはずだ。しかも木箱の量が倍以上に増えている。後、埃一つない。ついさっきまで誰かが手入れをしたような状態。

 ここは僕しか知らない秘密の倉庫だ。侵入されたとしても生活痕はないし、何が?

「お」

 と、木箱の影から声。

「遅かったであるな」

 小人がいた。

 身長は100㎝程で手足は丸っこい。鳥のクチバシのように尖った兜、前掛け付きの鎖帷子を身に着け、背には丸盾とスコップ状の短剣。両手に持っているのは、掃除道具。

「お前、こんな所にいたのか」

 瑠津子さんといたガンメリーだ。

 彼女が帰還した後、ふらっと姿を消していたのだが何故ここに。

「宗谷、待ちくたびれたのである。さっさと準備をするぞ」

 僕を憶えている奴が、ここにも一人。

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