異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅻ 劫火のレムリア 【12部】
<序章>
劫火【ごうか】仏教用語。世界を焼き尽くす大火。
<序章>
「ダンジョンに潜りたい。手続きはここで良いか?」
椅子に腰かけ、組合の女性に訊ねる。
簡易受付は酷いものだった。ダンジョンの一角に、椅子とテーブルと事務の女性を置いただけ。近くにはモンスターの死骸が転がっている。少し離れた場所では、新米の冒険者がモンスターと戦っていた。指導係の怒号も飛び交う。
「はい、そうです。必要書類に記入をお願いします」
「これを」
スクロールを女性に手渡した。
「あら、準備がよいですね」
「まあね」
騒がしいのは予想していたので、先に書いておいた。
カンテラに照らされた薄闇の中、広げたスクロールを女性の猫目がなぞる。手足の長いモデル体型の獣人。しかも猫。
何かと猫に縁があるな、僕は。
「アッシュ・ウルス・ラ・ティルト様ですね。これはこれは」
エリュシオンの貴族様ですか、とボリュームを下げた声。
「親の金で遊んでいるだけだ」
「街の情勢はご存じで?」
「もちろん」
「では、この身分は隠した方が良いでしょう」
「承知した」
正論だ。今、中央の貴族と身を明かそうものなら、良くて冒険者から袋叩き、そのまま諸王に引き渡され身代金を要求される。
無論、僕の身分など嘘偽りだ。そんな貴族の息子など存在しない。身代金など銅貨一枚も取れず死亡が決定する。
悪くて背中を刺され、身ぐるみ剥がれ路地裏に投棄。故も分からぬ死体となる。
「お体の異常の事ですが、結晶化とは?」
割と正直に書いて記した。後でバレるよりは正直な方がマシだ。
「これの事だ」
左手の袖を捲る。ガラス細工のように細く固まった腕。所々血で赤く汚れている。切り落として加工しても値は付かないだろう。
「これは何でしょうか?」
「ちょっとした魔法の影響だ。安心してくれ感染はしない」
「値は張りますが、腕っこきの治療術師を紹介できますよ?」
「前に診てもらった。“どうにもできない”とさ」
「健康体でない方は、仲間集めに苦労しますが」
「構わない。気にしないでくれ」
仲間か、今の僕には必要ない。
「では続きまして、規約説明ですね。ええと、一回の探索で金貨50枚以上の報酬を得た場合、必ず、その一割を冒険者組合に納めてください。支払いは金貨、ダンジョン内の素材でも可能です。支払いの納期は、商会が価値を決めてから七日間となります。素材価値の誤魔化し、支払い納期の遅れがあった場合、装備品と財産の全てを没収させていただきます」
「了解だ」
微妙な差異はあるが、昔聞かされた言葉だ。
「契約されている神は、聖リリディアス。書類上の職業は傭兵となっていますが、差し支えなければご変更してもよろしいですか?」
「頼む」
「では、中央大陸の蒐集家としておきましょう。傭兵も今は聞こえの良い職業ではありませんからトラブルの元です」
事務の女性はスクロールを修正して行く。
「形式的な質問ですが、特定の種族、宗派、国に対し憎悪、嫌悪、敵意を持っていますか? またそれらの感情を他者に向けられていますか?」
「はい」
しまった。正直に答え過ぎたな。
「今後、同じ質問をされたら嘘でも『ない』と答えるのが良いかと。同じ考えの方と徒党を組むのも良いですが、冒険者の規範から逸脱すると処罰の対象になります」
「気を付ける」
足がつかないように。
「記入にはありませんが、他所のダンジョンに潜った経験をお持ちで?」
「まあ、それなりに。非公式だが」
こことは言えないか。
色々説明が面倒になる。
「やはりそうですか、落ち着いていると思いました。実はですね、当冒険者組合は様々な事情により非常~に人手不足です。この階層も本来は加工場だったのですが、急にモンスターが湧いて落ち着かない状態でして」
「はあ」
そういえば、ここはモンスターのいない安全な階層だった。前に来た時は安全だったのだが。
「つきまして、新人講習の順番待ちが………少し」
「こんな状況でも冒険者を目指す人間は多いのか?」
「平時と比べたら少ないですが、こういう時だからこそ冒険者になろうとする方もいまして」
世が荒れると出て来る人間もいるか。
「安心してくれ。講習はなしで大丈夫だ。再生点の加護も受けている」
「話が早くて助かります。では、レムリア冒険者組合にようこそ。今日からあなたは冒険者です」
割とあっさり、冒険者になれた。
いや、前が大変過ぎただけだが。
「あ、大事な質問を忘れていました。当ダンジョンには、どのような目的で訪れましたか?」
「狩りだ」
「狩りですか、目的のモンスターでも?」
「ああいる。大物だ」
女性が手を差し出す。
握手を交わした。
「では、良い狩りを」
「ありがとう。頑張るよ」
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