<第五章:レヴナント> 【08】
【08】
『あなたの型番教えてください』
「V166S6・AIJ006マキナ・オッドアイ。日本製の第六世代人工知能、多重人格統制型。当初は、宇宙開拓用として作成されましたが、宇宙開拓計画のとん挫により他分野へ流用されました」
『登録されたユーザーは?』
「一名存在しますが、アンノウンです。記憶が封印されています」
『封印とは?』
「分かりません。マキナの中の何かが『今は見るな』と言っているであります。………あります?」
『その機体は、どのような経緯で手に入れたのですか?』
ピンク髪は、自分の手足を眺める。
白い肌に浮いた血管。細く未成熟であるが、まさしく人間の手足だ。
「分かりません。気付いたら地下の湖で溺れていました。大変苦しかったです」
『申し訳ありません、雪風ちゃん。確かにこいつはシックスだと思われます。ですが、どうみても人間の体です。正直何が何やら理解不能で』
ドラム缶は匙を投げた。
「アッシュさん、お腹が空きました」
マキナは白いワンピースのお腹を押さえる。ぐきゅーと豪快な腹の虫。
ゲトの助けで地底湖から脱出した俺達は、ピンク髪のマキナを連れて雪風の家に帰還した。
今、同タイプのマキナに調べてもらったのだが、何も分からないようだ。ちなみに、ゲトは『我が神に、事の真意を確かめて来る』と海に帰宅した。
「アッシュさん、お腹が空きました」
「分かった分かった。時雨に何か作ってもらう」
「熱いものは食べられませんよ」
「分かってるって」
マキナに左手の袖を掴まれる。出会ってからずっと、こいつは俺のどこかを掴んで来る。元がドラム缶だから手足に慣れていないのだろうか。
「何だかねぇ」
『ですねぇ』
雪風が変な顔をして、ドラム缶が頷いていた。
無視して上に。
コテージの居間では、雪風のパーティメンバーと、ニセナと榛名がくつろいでいた。隅のキッチンでは、時雨が大量のキャベツを千切りにしている。
「時雨、悪いが軽食を頼む。パンか何か、熱いものはなしで」
「分かった。けど先に、一個言わせてもらっていいか?」
「何だ?」
時雨は包丁を置いて振り向く。
「アッシュ。お前なんで、また裸のねーちゃん連れて来たの?」
いや、今はワンピース着ているだろ。連れて来た時は裸だったけど。
「偶然だ。後こいつマキナだぞ。ほら、炎教の」
「………ウッソ」
雪風みたいなリアクションで驚く時雨。
「時雨さん、ですか。何か懐かしい気はします」
マキナはどこかで時雨を憶えているようだ。
「懐かしいって、ほらボク。度々、飯届けていただろ。忘れたのか?」
「記憶が少しな。一時的なものだろうから、今はそっとしてやってくれ」
マキナの記憶。
実は、一つだけ戻す方法に心当たりがある。結構な荒療治になるが。
「所で、マキナなんで顔隠してんの?」
「造形に自信がないからであります」
「お、おう」
マキナは長いピンク髪で顔を隠している。気になるな。隠されると見たくなるのは、人間のサガだ。
「んじゃ、ちょっと待ってくれよ。軽食、軽食っと。果糖水とパンに何か挟んだ物でいいよな」
時雨は、戸棚からパンとハム、チーズ、食材の詰まった瓶を取り出す。
パンを切って中を開きバターを塗る。キュウリのピクルスを輪切りにして並べ、ハムとチーズも贅沢に置く。マスタードとマヨネーズを塗り、まな板の大量のキャベツを一掴み挟んで完成。
素早い。見事な手際である。
「はい、サンドイッチ。本当は両面焼いて中のチーズをトロトロにするんだけど。熱いの食べられないんじゃ仕方ないよな。マキナ、野菜食べられるよな? あんだけ子供達に好き嫌いするなって言っていたのだから」
「子供達、とは?」
「あ、うん」
時雨は俺を見る。『後にしろ』と視線を送った。
マキナはサンドイッチを受け取り、片手で持ってチマチマ食べ出す。もう片手は俺の袖を掴んだままだ。
「おにゃーちゃーん。ハルナも食べたい」
「こなたも食べるぞ」
榛名とペットがやってきた。
「お前ら、朝飯めちゃ食べただろ」
「ベツバラー!」
「仕方ないなぁ」
二人は、マキナの後ろに並んだ。
「おにゃーちゃん、ハルナは熱々でも大丈夫です! チーズはトロトロがいいです!」
「こなたは灼熱でもいいぞ」
「はいはい、そっちの二人も熱いのでよいな?」
『………………』
しれっと短髪エルフと半裸獣人も並んでいる。
仮面の魔法使いはソファに座ったまま、顔をマキナに向けていた。首が、真後ろを向いている。ように見えたような………錯覚だろう。
「熱いのでいいな」
無言の返事を時雨はイエスと受け取った。
「ここのキッチンは火入れるの楽だなぁ」
ボタンを押すとコンロに火が点く。割と立派なシステムキッチンである。明らかに異世界の文明水準ではない。
テキパキとサンドイッチを作る時雨に、俺はふとした疑問を口にした
「この大量のキャベツは何だ?」
「貰った調味料を混ぜて発酵させる。左大陸の保存食らしい」
「ほほう」
ザワークラウトか? 冒険用の食品かな。しかし、凄い量だ。
「おにゃーちゃん。ハルナ、スっぱいのはヤーです、ヤー」
「ピクルス沢山だな」
「ギャー!」
榛名のサンドイッチに、どっさりとピクルスが追加された。
火にかけたフライパンの上に豪快にバターを置いて、サンドイッチを三つ並べる。片面ずつ焼きながら、しばらく待機。沸騰するバターと焼けるパンの音を楽しむ。
良い匂いだ。俺も腹が減って来た。
「こんなものだな」
時雨はフライ返しでパンをすくい。皿に移動させた。防腐用の葉っぱで焼き立てのサンドイッチをくるみ、一個目が完成。熱々のチーズがはみ出ていて実に美味しそうである。
「ほい」
一個目は俺に差し出される。
「アッシュ、朝飯まだだろ?」
「俺は後でいい。榛名食べていいぞ」
「いいでーす。ぱぱー、たべなさーい」
「それじゃまあ」
子供二人に言われたのでは断れない。熱々のサンドイッチを頂く。
カリっとしたパンを齧ると、とろけたチーズが口に広がる。続いて、ハムの肉汁とピクルスの酸味。マスタードとマヨネーズのアクセント。しなっとしたキャベツが少し邪魔な気もするが、野菜は大事だ。
美味いが、だからこそ強いて、強いていうなら―――――――
「何だよ、不満か?」
「いやいや美味いぞ」
「100点の顔してない」
顔に出ていたのか。変に隠してもバレるから言うか。
「肉が不満だ」
「このハム不味かったか?」
時雨は俺の食いかけを一口食べる。
「あーんー………確かに。塩気ばかりで単調かなぁ」
「不味くはないが、肉は柔らかく甘みのある味付けがいいな」
「鳥か兎使ってみようかな。味付けは、甘辛ベースに果実を足して。それにキャベツより、炒めたタマネギとか、ドロドロに煮た豆の方が良いかな」
「タマネギと豆、両方混ぜたらどうだ?」
「うーん、良いかもなぁ。それじゃ――――――」
「そなたら二人の世界は後にせよ」
ニセナにチャチャを入れられた。
「二人のって、バッカ!」
何故か時雨は真っ赤になる。
「まーだーでーすーかー!」
榛名にキレられた。
「はいはい!」
時雨も怒り気味に、残ったサンドイッチを作り上げた。
「アッシュさん」
「何だ?」
クイクイ、マキナは俺を引っ張る。
「お腹一杯になりました」
「お前小食だなぁ」
二口分くらいで満腹のようだ。もったいないので俺が食べる。焼いてないと野菜のシャキシャキ感で出てこれはこれで。
やっぱり肉が惜しい。
「経口の栄養摂取になれていないのです」
「それは困ったな。ベビーフードでも作ってもらうか」
「ご安心を。この体はすくすく成長しています。ただ胸部装甲が不必要に増加しつつあり、再設定できないかと模索しています」
「胸が大きくて困る事は無いぞ」
「どうしてでしょうか? 脂肪の塊など胸に抱えても得はありません」
「理屈ではない」
「理屈ではないのですか」
そうだ。世の中理屈ばかりではないのだ。
時雨(子供)とエルフ(貧乳)とニセナ(貧乳)が俺を白い目で見ている。獣人は何か納得しているような雰囲気である。
「ぱぱーは、おおきいのが好きなのですか?」
「大は小を兼ねると言う」
「おにゃーちゃん、これ美味しいね!」
榛名は一瞬で食い気に注意が向いた。まだまだ色気を知る時ではない。何か安心する。
サンドイッチが全員分完成。
そのまま立食開始。
時雨は、果糖水をコップに注いで皆に渡す。相変わらず働き者である。
「これ、ねーちゃん―――――じゃなかった。マキナにやるよ」
と、コップついでに時雨はマキナに髪留めを渡す。
「ボクの古いやつ。新しいの貰ったから」
黒髪のポニーテールには、今日も真新しい髪留めが輝いている。『ムフフー』と得意げな榛名。
「これを、どうすればよいのですか?」
マキナは果糖水と一緒に髪留めを受け取る。やっと俺の袖を離した。
「邪魔だろ。髪」
今気付いたが、俺を掴んでいた理由は前が見えないからか?
「ですが顔が」
「不衛生に見える。顔に自信があろうがなかろうが、清潔にしなきゃダメだ。モテないぞ。マキナがいつも言っていた事だろ」
「そうですか………それは理にかなっています」
渋々、マキナは前髪に髪留めを付ける。
とても控え目に顔を露出させる。黒い片目が髪の合間から見える程度に。
『………………』
沈黙が流れる。榛名が本気でビビっていた。テレビから這い出てきそうな女である。
「時雨、やれ」
「了解」
背後に回って、マキナの首に片腕を回す。
「なぁはぁ?! お、お待ちください! 心の準備が!」
「暴れるな! すぐ終わる!」
「イヤラシイです!」
「恥部を見られるわけじゃあるまいし! 抵抗するな!」
「マキナにとっては恥部と同じなんですぅー! アッシュさんのエッチ!」
中腰になってマキナの体を時雨に向ける。グェェェ、と品のない悲鳴が聞こえた。
「時雨さっさとやれ」
「あいよ」
時雨は給仕服から櫛を取り出し、マキナの髪を整え出した。ヒャァァァァ、と妙に艶めかしいピンク色の悲鳴。
テキパキと手早くセットが終わる。
「何だよ。別に変じゃないぞ」
と、時雨の感想。
「う、うう、マキナの初めてがこんな形で」
よよよっと、倒れ込むピンク髪。
どれどれと覗く。
幼顔である。整った目鼻立ちで、美人と可愛いの中間地点。左目は髪に隠れたまま。くりっとした右目と、ピンク髪も相まって飾り気がないのにファンシーである。
まあその、割と? どこに出しても問題はないと思う。
だが、俺の中の何かが“決して安易に褒めるべきではない。こいつは調子に乗る。”と、具体的に訴えていた。
「見ないでー見ないでくださぃぃぃぃ」
のひぃぃぃぃぃと顔を隠そうとするマキナ。面白いので片手を掴む。
変に抵抗したせいでその場の全員から注目を浴びた。
「かわいいー」
と榛名。
「いや、可愛いと思うけど」
と時雨。
『………………』
獣人とエルフも無言で可愛いと言っている。多分恐らく。
「ヒャァァァァ」
涙目のマキナはタコのように真っ赤であった。
「貴様、ただならぬ水気をまとっているが。地上の者か?」
ニセナだけ別方向のツッコミを入れる。今更だが、こいつは何者なんだ? 普通に馴染んでいて忘れていたが、どうして城の地下にいた?
「マキナにも分かりません」
「では、勝手に迷っておれ」
中々手厳しい言葉を吐く。
さておき、だ。
「時雨、悪いが俺とマキナの昼飯は弁当にしてくれ」
「良いけど、どっか行くの?」
崩れ落ちているマキナを小脇に抱える。こいつの服も、向こうで何かあしらえないとな。
「街に行く」
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