<第五章:レヴナント> 【07】


【07】


「よし、突っ込む」

 三秒悩んで結論を出した。

「それでいいのか、お前は」

 ゲトに呆れられ、

『分かりました。雪風も手伝います』

 雪風には賛同された。

「何となくだが、あれはぶん殴れば正気を取り戻す、気がする。俺の第六感がそう言っている」

 古い家電と同じだろう。ポンコツと言われていたからな。

『当たらずと雖も遠からず、であります。雪風を手にしてください』

 浮遊していた雪風を手に収める。プロペラが収納されると同時に、下部から二本の太い針がせり出した。

『これをぶっ刺してください。超強力な電気ショックを与えられます。本来は水溶脳を破壊する為の機能ですが、暴走を止めるのに有効かと』

「刺すって、どこに?」

『これを』

 パカリと雪風の腹が開いて、アームが眼鏡を取り出した。

『使い方ですが―――――――』

 眼鏡を付ける。

 液晶には周辺の気候や、俺のバイオリズム、触手の全体像が表示されている。

 要らない情報は消した。表示倍率が合わなかったので、フレームの縁を小指でなぞり調整。不要なので左目の表示機能はオフにする。

「問題ない」

『………そうですか。雪風の予想では、ポイントは三つ。触手二本の交差部分、もしくは触手どちらかの先端であります』

「所で、お前のこれ使用回数は?」

『機体をオーバーロードさせるので、一回こっきりであります。使用後は、雪風の全サポートが使用不能になるのでお気を付けをば』

 表示されたターゲットは三つ。

 で、使用回数は一回と。

「三択か。くじ運は悪いのだがな。ゲト、分かったりするか?」

「分からん。アレはまだ歪だ。生物としての形がなっていない」

 参考にならない。

「雪風、水溶脳って奴はどういう形なんだ?」

『透明度の高い液体であります。見た目は普通の水と変わりませんよ』

 はい参考にならない。

「よし、突っ込む」

 有言実行。悩んでも仕方ない。

「話には聞いていたが、お前はいつもこうなのか」

「いつも?」

 誰に聞いたのだ?

「気にするな。どれ、手を貸してやろう。少しだけ、動きやすいようにしてやる。オレも歳でな、本当に少しだけだぞ」

「は?」

 ゲトは潜って姿を消した。

 異変はすぐ生じた。地鳴りだ。この空洞全体が揺れている。

 暴れる触手が原因ではない。その証拠に、波は治まっている。………おかしい。依然として触手は暴れているのに波が発生していない。

 湖の水位が変化した。

 触手を中心に水位は下がり、他は上がる。

「冗談」

 そして、湖が割れた。

「行け! そう持たんぞ!」

 湖底で魚人が叫ぶ。矛を掲げ、まるでモーゼのような姿である。

 足場にしていた不思議な物体が水に還る。俺はまた落下し、ゲトが作り出した別の足場を転々と降りて着地。

 全貌を露わにした触手を前にした。

 巨大な触手に反して、根本は小さいピンク色の肉塊である。イカか、タコを想像していたが大違いだ。確かに生物として形が成っていない。

「雪風、行くぞ」

『いつでもオーケーであります』

 距離は100メートル。全身全霊、最速で走る。時間はない。割れた水の壁はもう崩れようとしている。良くも悪くもチャンスは一度、一撃のみ。

 風を切り駆ける。

「げ」

 肉塊の中に、知能のある瞳を見つけた。


 ボオオオオオオオオオオオッッッ!


 目が合うと触手は叫ぶ。

 まるで壊れた船の汽笛。爆音に鼓膜が痛み、脳が震える。俺は歯を食いしばって走る。何が来ようとも、必ず走り辿り着く。

 俺の決意を、触手は敵意と受け取った。

 ゆっくりと触手が落ちて来た。あまりにも大きいので遅く見えただけだ。

 速度を落とさず紙一重で触手を回避。衝撃と風で体が流される。しかし、速度に遅れはない。

 残り距離は50、綺麗に半分。

 もう一つの触手は横薙ぎで俺に迫る。雪風を放り投げた。逆手で抜刀してスライディング、刃を閃かせる。

 俺一人分のスペースを斬り開いて、触手を潜る。血生臭い液体に包まれたが問題ない。

 刀を捨て、雪風をキャッチして跳ぶ。余力を全て使い高く、高く。

 背後に迫る巨大な気配を感じ、歯を食いしばって防御態勢を取った。

「行くぞ! 準備しろ!」

『らじゃ』

 着地点は触手の中心。ピンクの肉塊。

 雪風を振り上げ、着地と同時に突き刺す。

「まだだ!」

『了解』

「ぐッッ」

 背中に衝撃。二本の触手が俺の背中を強かに打つ。触手自体かなり柔らかい。それでも骨まで響く。口の中に血の味が広がる。肉塊に押し付けられ、このままだと圧殺だ。

 少しだけ、今少しだけ、この身に奇跡と力を。

 忘らるる者の名を。

「我が神、――――よ」

 遮二無二、何かの名を呼んだ。

 心臓が高く鳴る。肉と血が沸き立つ。

 後ろ手で触手の片方を掴んだ。異常な膂力で触手を引き寄せ、肉塊に植え込んだ。

 耳をつんざく異形の悲鳴。

 肘まで入り込んだ腕を引き抜き、降って来たもう一つの触手も受け止めた。これも同じように突っ込む。

「やれ!」

『巻き込まれますよ?!』

「構わんやれ!」

 手と足で抑えなければ触手は抜け出る。だがこれで、三つまとまった。

『幸運を』

 文字通り総毛立つ。

 バチッ、と筋肉が硬直して胸の内側が弾けた。放電して半壊する雪風。痛みが蛇のように全身を駆け巡り、次の瞬間には脱力した。

 指一つ動かせず崩れ落ちる。

 肉の焼ける匂いが鼻につく。視界の端で、水の壁が崩れた。迫る水音が遠くに。しかし、体を濡らす水はすぐそこに。

 流れに飲まれ、水底に沈む。呼吸が出来ない。麻痺した体では、もがく事すら出来ない。

 漂う。

 深い水の中で力なく漂う。

 濁った視界の中、人影が見えた。

 広がるピンク色の髪、白い肌、小柄で細い女の肢体。

 ある映画のシーンを思い出した。溺れる男に人魚が口付けをして息を吹き込むのだ。

 それを思い出し、近づいた唇は――――――俺の鼻に齧りついた。

 鼻から酸素が入って来た。

 助かったが、助かったのだが、こう情緒的なモノが間違ってやしないか? 助けてもらって、文句を言うのもおかしいが、結構ガッカリした。

 ピンク髪は俺を抱えて浮上する。

「ぶはッ」

 水面から顔を出して自力で呼吸する。

「お前は、マキナなのか?」

 髪が邪魔で顔が見えない。こいつの顔が無性に気になる。

「はい、そうで………あります?」

 あります?

「先程のショックで肉体を形成できました。マキナはマキナなのですが、イゾラの人格プログラムの断片がメモリーに。『雪風』とは何の事でしょう? 何故、AIが自己の複製、改良を? 業務規程違反ですが、誰の権限で許しを? はれ、おかしいですね。6480時間以上の活動記録がありますが、アクセスできません」

 おい、これって。

「無事か」

 ゲトが焦げ付いた雪風を手にして浮いている。

「雪風、説明しろ」

 反応がない。ゲトが『駄目だ』と首を振る。

 ピンク髪は首を傾げて俺に言う。

「所で、あなたは誰ですか?」

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