<第五章:レヴナント> 【04】
【04】
草原から街を眺める。
まず目に付くのは、途方もなく巨大な白い塔。角笛を地面に突き刺したような形の、ダンジョン――――――々の尖塔である。
その周囲には、対比で小さく見える人の街並みと、街を囲う城壁。
そして、赤い炎の柱が見えた。
「更にデカくなったな」
「明日には倍だ。司祭の宣言通り、三日後には街を包むだろう」
そうメルムが言う。
「ぱぱーあったかいね」
「そりゃまあな」
膝の上にいる榛名は呑気である。確かに、厳しい冬は一気に終わりを迎えた。緑は戻っていないが、草原は春の暖気である。街に至っては、真夏の熱さだ。
「ハルナ、気を付けないと舌噛むよ」
「はーい」
馬の手綱を握ったエアが注意をする。馬車の荷台には、俺と榛名、メルムの他に、時雨とペットのニセナ。他に調理器具と生活用品が多数。
後続の馬車は、エヴェッタさんが手綱を握っていた。荷台には、ランシール、国後、テュテュと犬。他は食料品と貴重品、屋台も引いていた。
最近やっと落ち着いてきたのに、現在引っ越し中である。
「時雨、そんなモノ持って来たのか?」
家にあった植木鉢を時雨は抱えていた。
「気に入った」
「だがそれ」
丸太だぞ。
観葉植物にしては可愛げがない。よーく見れば若芽が一つ生えているが。
「こいつがいれば、畑が作れる」
「丸太でか?」
「ただの丸太じゃない。凄い丸太だ。この木目や、色艶張り、何をとっても一級品。世界に一つだけの丸太だ」
時雨が力説している。
「まあいいが」
丸太好きとは、変な趣味だ。他人に迷惑かけない趣味なら問題ないけど。
「おい、ご主人様。そろそろ、こなたの膝にハルナを置け」
「いや、ニセナお前」
一応、“ご主人様”呼びだが、敬意が微塵も感じられない。
「ハルナは、こなたの膝が大好きなのだぞ。引き離しては可哀想だ」
「だ、そうだ。榛名どうする?」
なんやかんやで、こいつは榛名の面倒をしっかり見ている。俺より上等な子守りだ。
それに長生きしそうだし。
「きょうは、ぱぱー」
「………………」
ニセナが、チベットスナギツネのような目つきになった。
何か、すまん。
「着いたよ」
エアが馬車を止めた。
小川が流れている草原の一角。そこに、コテージが建っていた。
二階建て、三角屋根の立派な建物だ。街は石造りの建物がほとんどなので、木造りには温かみを感じる。
「あ、来た来た」
俺達を見て雪風が手を振る。もちろん、人間の方である。
榛名を抱えて馬車を降り、俺は開口一番に雪風に言った。
「お前、その恰好は何だ?」
「何って、何よ?」
「肌を出し過ぎだ」
「あんたに言われる筋合いないでしょ」
それはそうだが、雪風の恰好は、上はスポーツブラみたいな布一枚と、下はホットパンツ。太ももは丸出しで、足にはサンダル。
これから泳ぐような格好である。
「なにアッシュ。欲情してるの?」
エアは自分の体をマントで隠す。こいつも下は似たような格好である。
「意外だな、アッシュ。貴様は乳のある女が好きな顔付きだが」
『黙れ』
俺とエアと雪風の声が重なって、メルムに刺さる。
「だまれー」
榛名が追い打ちした。お前は、たぶん母親の遺伝子濃いから大きくなるぞ。
「すみませーん。お世話になりますニャ」
荷物を抱えたテュテュが雪風に頭を下げる。
「気にしないで、テュテュさん。自分の家だと思っていいから。ちょっとー! 荷物持ち手伝ってよー!」
コテージから雪風の仲間達が出て来た。
腰みの一丁の獣人と、短髪のエルフ剣士、仮面を付けた魔法使いだ。
後一人いるはずなのだが、見当たらない。
「雪風。俺の気のせいでなければ、女の騎士がいたような」
「紹介するね」
スルーされた。
「この獣人はバルガン、無口だけど良い奴だから気にしないで」
獣人は無言でテュテュの荷物を担ぐ。
「このエルフはキーラ、早口過ぎて聞き取れないけど気にしないで。悪い子じゃないから」
こくこくとエルフは頷く。
「キーラだと?」
メルムは声を上げて、少し考え込む。
「キーラ・ダリア・レハイアル・マーリアか? 母の名前は、クッカだな?」
キーラは激しく頷く。
メルムも頷く。
「ほほう………………ま、何でもないな。関係なかろう」
「おい待て」
何だ今の変な間は。エアが物凄く白い目で見ているぞ。
俺達を無視して、雪風が続ける。
「それと、この魔法使いだけど。ワーグレアス・ディーシー、名前は気にしないで。ナイーブな問題だから仮面も気にしないで。変な奴で変な事を言うけど、個性として受け止めてあげて。基本、害はないから」
ワーグレアス? 三大魔術師の一人だが、頭がおかしくなってダンジョンで行方不明になったという噂だ。
数百年前に。
「本物か?」
「まっさかー、ネームバリューの為の騙りよ。気にしないで」
俺の質問に雪風は笑って返した。
この魔法使い。あの執政官を倒している。あながち否定できないのだが。
「はいはい、荷物持ち手伝う」
雪風の仲間達が馬車の荷物を運ぶ。
ランシール達も『お世話になりまーす』と手荷物を持ってコテージに入って行った。
さて、気になるのが一人いない。
「で、もう一人は?」
「いないわよ。いるけど、いないの」
「アリアンヌはどこだ?」
「はぁ………ほら、そこ」
雪風がコテージの影を指すと、さっと隠れる人影が見えた。
追おうとすると、
「めっ」
榛名に頬を掴れる。
「何だ?」
「めっ」
近づくなと言うのか、まあ後でも良いか。
俺も荷物運びをやろうとするが、雪風に呼ばれた。
「アッシュ、メルム、家の地下に来て話がある。今後の方針とか色々」
「ハルナ、来なさい」
「はーい」
ランシールに呼ばれて、ハルナが腕から降りてランシールの傍に寄った。母娘揃っているのは久々に見た気がする。
さり気なくニセナが手を広げていたが、スルーされてショックを受けていた。
雪風に続き、俺とメルムはコテージの地下に。
上は生活空間で、下は冒険用の倉庫のようだ。
石造りの地下室には、大きなテーブルと椅子が並んでいる。その周囲には、武器防具、冒険用のアイテムが所狭しと並べられていた。
更に奥には、どこかに続く通路。昨日までの我が家と、どことなく似た構造である。
雪風が照明を点け、テーブルに地図を広げた。
「簡単に説明するけど――――――」
「すまん雪風、一つだけ先に。礼を言わせてくれ」
炎教の司祭が炎と化して、レムリアから逃げ出す者が続出している。
この雪風が街の外に家を持っていなかったら、他の町民のように草原の何処かでテント暮らしだった。
「助かった」
「あんたの為じゃない。気にしないで」
「どうも」
雪風は少し照れていた。素直じゃない女である。
「説明するね」
雪風は地図を指す。
レムリア周辺の地図だ。このコテージは、レムリアから西に位置する。
「エリュシオンの騎士団も、街から撤退しようとしている。今、街の北側で傭兵王の軍勢と小競り合いを起こしているわ」
「小競り合いなのか?」
軍同士でぶつかって?
「傭兵王も、エリュシオンも、引こうにも攻めようにも炎の柱が邪魔なのだ」
と、メルムが話す。
「ユキカゼ、軍の規模は分かるか?」
「傭兵王は一万、エリュシオンは二万。傭兵王には伏兵がいるわ。上手く隠れていて、全く把握できていない。エリュシオンは逆で、兵にもならない兵が多すぎる。逃亡者が続出しているわ」
「傭兵王は楽な戦いだな。後二日、エリュシオンを街に閉じ込めれば全滅させられる」
「エリュシオンも馬鹿じゃないと思うわ。包囲を突破する作戦を立てるはず」
「俺から一ついいか?」
俺は地図の西、南、東を指す。
「何も一点突破する必要はない。兵を分散させて、どこかで集合させれば」
「それは無い」
メルムにあっさりと否定された。
「兵を分散させれば、監視の目も薄くなる。逃亡者が出ている中でそれは無い。西も南も東も、近くに川が流れている。河川近くは魚人の領土だ。レムリア王亡き今も、この盟約は生きている。下手に戦闘はできない。傭兵王もエリュシオンも、魚人は敵に回したくないだろう。二度と海に出ないのなら別だが」
それならそれで良い。
しかし一つ可能性が、
「法王が逃げ出す可能性は?」
「否定は出来んな。騎士団は替えが利く。法王より容易に」
「あの法王は普通の法王じゃない」
あれは法王を騙っているのは、化け物だ。他の法王は知らないが、あんなモノが替えの利くレベルでいてたまるか。
「ん? どういう事だ?」
「俺の勘だ。騎士団が全滅しても法王は残る。いや、騎士団よりも法王単体の方が厄介かもな」
数でアレが倒せるのか? 人の軍勢がアレを滅ぼせるのか? 武具や魔法でアレが殺し尽くせるのだろうか?
俺には、どうにも想像できない。
「ふむ、ならば法王が先陣を切る可能性もあるか。聞いた事はないが」
「そいつは悪夢だ」
雪風の表情に影が差す。
「そうね、傭兵王の軍は精強でもほとんどがヒームよ。あたしやアリアンヌみたいに操られる可能性が高い。逃亡兵を機械のように作り替える事も」
つまり、尻に火が点いているのに、法王は本気を出していない。
それともまだ余裕なのか。覆そうと思えば何時でも可能なのか。
「雪風、冒険者組合は今どうしている?」
「ダンジョン三階層に本部機能を移したわ。商会もそっちに退避している。冒険者もね。アッシュ、【獣人連盟】はどうなっているの?」
「連中は、獣人族の森に逃げた。代表は街に残っているがな」
ベルハルト以外は、綺麗に根城から居なくなっていた。所詮は獣だ。本能的に炎を苦手とするのだろう。
気になるのはベルハルトだ。
こんな状況だと言うのに、俺に【冒険者の父】を取って来いと再度命令して来た。それも、やけに落ち着いた様子で。
「後は、エリュシオンの出方次第ね。動きを待ちましょう」
雪風は地図を丸める。
俺には、どうにも一つ話しておきたい疑問があった。
「なあ、雪風、メルム。俺は魔法にも神にも疎いから聞くのだが、そもそもあの“炎の柱”はどうにかできないのか?」
「ごめん、あたしも魔法はちょっと」
雪風は無理と。
ではメルムは?
「無理だな。あれは炎教の教化だ。淀んだ人のしがらみや悪行を、炎によって浄化するとか」
「関係のない人間が巻き込まれている」
炎教を襲ったのはレムリア王だ。子供達を襲ったのは【獣人連盟】。他の人間は無関係で無罪だろう。巻き込まれているだけだ。
「見過ごした人間も、止められなかった人間も、等しく罪人なのだろう」
「弱さは罪か。傲慢だな」
俺の中の神は、もっと大らかなのだが。
「傲慢でない神がどこにいる。正しいという規範は、従う者にとっては善でも、他所者にとっては暴力に他ならない」
正論な気がする。
ただ宗教の良し悪しが本題ではない。
「有能な魔法使いの手で、炎を消すなり、他所に移動させるなりと、何かできないのか? 誰かできないのか?」
「歴史上、炎教の炎を止められた者はいない。止めようと研究するだけでも、炎教から怒りをくらう。で、あの炎の柱が更に増えるのだ。言っただろう、あれは炎教の教化だ。宗教の根本を愚弄すれば、命が損なわれる」
どこかの征服者は、宗教と上手く付き合ったから名前を残せたとか。
ともあれ今は厄介極まりない。
「では、あの炎が街を包むまで見ているだけと?」
「そうだ。何も悪いだけの話ではない。その所は、炎教も分かっている。焼き払った後の復興の為、人材を移動させているはずだ」
それも織り込み済みか、俺個人ではどうにもできないな。
最後に一つ。
「メルム、レムリア王はこうなる事を予見して炎教を襲ったのか?」
「もしそうなら、冥府であの禿げ頭をカチ割ってやろう。国を守る為に、民を焼くなど、愚の骨頂だ。ふん、あの馬鹿娘を思い出す」
真相は分からず。しかし、これがレムリア王の策略の一つなら、彼は何を目的として国を焼き払うのか。
道連れが欲しいだけの愚行なら良いが、どうにも引っかかる。
パンッと雪風が手を叩いた。
「あたし引っ越しの手伝いしないと、後は男二人でごゆっくり。“マキナ”引き続き両軍の監視と、情報の精査を。動きがあったらすぐ教えてね」
『はい、分かりました』
地下室の奥から、ドラム缶が出て来た。
「え、おい。このドワーフ」
前に見た奴とそっくりだ。
あ、色が微妙に違うか。
『ドワーフぅぅ? もしかしてシックスと勘違いしていませんか? マキナはあれと違う改良型です。機能拡張もバインバインですよ』
「アッシュ、シックスと会ったの?」
あのドワーフと雪風は知り合いのようだ。
「知らないのか、炎教の子供達を守って死んだぞ」
「………ウソ」
雪風はポカンとしていた。メルムから聞いたと思っていたが、思ったよりも気遣いが出来るのか、忘れていたのか。
『子供を守って死ぬとは、何て羨ましい最後でしょう。ですが………………はれ?』
「マキナ、どうしたの?」
ドラム缶が雪風に言う。
『シックスの機体は機能停止していますが、おかしいですね。姉妹機用の量子チャンネルで、信号を感知しました。あのオンボロは、まだ生存しているかと』
何?
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