<第五章:レヴナント> 【05】


【05】


『現在の気温は32℃、湿度は74%であります』

「………何か懐かしい蒸し暑さだ」

 腰のカンテラが周囲を照らし、気温の報告までする。

 暗闇を射す明かりが蒸気で歪んでいた。上も下も壁も石造り、代わり映えのない地下のダンジョン構造である。

 俺は雪風(精霊の方)の案内で、街の地下を進んでいた。例のドワーフ、マキナを探す為だ。


 メルム曰く。

『あのドワーフは、炎教の孤児を保護していた。炎教の教化に付いて、何か知っているやもしれん。それこそ外部の人間では知り得ない秘密をな』


 同じドワーフ曰く。

『シックスは、この世界の“奇跡”に付いて調べていました。腹ただしいですけど、唯一無二の情報を持っている可能性が高いです』


 雪風曰く。

『あんた暇でしょ? 行け』


 決して暇ではないのだが、ほんの少しだけ待機時間が、竜を探すにも街の混乱が収まってからだろうし、時には相手の出方を見ないと。

 それを暇と言うのは違う気も………………何だかね。

 たまには腰を降ろして一日中休みたい。

「なあお前」

『何でありますか?』

「あのドワーフと関係あるのか? まさかドワーフが作ったとか?」

 こいつらは、声調と形がどことなく似ている。

『いいえ違います。それと、マキナもドワーフではありませんよ』

「どういう事だ」

『詳細は企業規定で話せませんが、異邦から来た器物と言っておきましょう』

「器物だと? 生き物じゃないって事か」

『一部に生体部品は使われていますが、“生物”と言うカテゴリーの物体ではありません』

 なるほど、分からん。

 そしてもっと分からんのが、

「その信号とやらが何故に地下にあるのだ?」

 俺はマキナの中身を見た。

 器物というのなら、確実に壊れていたはずなのだが。

『雪風にも分からないのであります。緊急時、ミニポットに移る事は可能ではありますが、マキナのメモリーはカオス化により、バックアップ機能が利用できなくなっていました。今回の信号、色々解せないのであります』

「つまり行ってみるしかない、と」

 怪しいが、確かめてみないと意味がない。

 信号の座標は、雪風が別のマキナから聞いている。俺は従って進むだけで到着するはずだ。

 問題は、息苦しい蒸し暑さと不快極まる湿度。こまめに水分を補給して塩を舐めているが、先日までの凍えるような気温から、今のこれは体に堪える。

「ああ、ちくしょう」

 しかも敵が現れた。

 筒状の一本道、緩い坂道の下からズルリとした気配。

 蛇だ。

 人間よりもデカい巨大な蛇がいた。

『羽根蛇の変種でありますな』

 言われてみれば、羽根らしき骨がある。と言っても機能していないが。

『気を付けてください。頭部が――――――』

「二つある」

 鎌首を上げて、蛇が俺に喰らい付いて来た。

 抜刀から一閃。

 蛇頭を縦に切り裂き、返す刃で十字に斬り絶つ。蛇の尾には、もう一つ頭があった。分かっていたが、狙う箇所が読めたので迎撃はしない。

 左腕に衝撃。

 血が噴き出て、蛇の牙が砕けた。

「こういうのを歯が立たないと言うのな」

『装甲を仕込んでいるのですか?』

「外せるなら嬉しいのだが」

 さくりと蛇の目を刀で突く。小さい脳を壊して殺した。

「こいつはダンジョンに出て来るモンスターだろ。何で街の地下に?」

『地下水道が高温により変化した為かと。街の地下は、ダンジョンと繋がっていますので』

「と言う事は、他にもいるのか」

 厄介だな。

 俺一人でダンジョンに潜るのか。

『モース硬度8、靭性数値10』

 左腕に軽い振動。

 雪風が小さいアームを伸ばして俺の左腕を叩いていた。

『素晴らしい素材ですね。サンプルを採取してもよいですか?』

「何に使う気だ?」

『純粋な好奇心であります』

「別に良いが、危険だぞ」

 今の所、この結晶の影響は他人にはない。アリアンヌが身をもって試してくれた。だが、俺の治療にあたった術師は言った。


『正体が不明であり、安定している理由も分かりません。つまり、変化する可能性もあるのです。油断はしないでください。兆しがあったらすぐ連絡を。そして自分の隔離を』


 とまあ、やばい物には変わりないのだ。

『問題ありません。推測ですが、これは特定の有機物に寄生して増殖するタイプの物質です。ミニポットには影響はないでしょう』

 左指に痒み。

 雪風が針状の部品で指の一部を削る。

『いただきましたー。帰ったら研究するであります』

「それだけで良いのか?」

 砂粒程度しか採ってないが。

『十分の十分であります。楽しみでありますなぁ』

 クックックっと雪風が不気味に笑う。

 別の意味で不安である。

 と、

 気配を察知した。

『敵、探知』

「数は2だ」

『そうであります。驚きの探知能力でありますな』

「そりゃどうも」

 闇の奥からモンスターが現れる。また巨大な―――――――

「蛙だ」

 カエルだった。身長2メートルの直立歩行したカエル。

 ぎょろっとした目が俺を見て、口を開く。

 帽子が跳ぶ。

 回避しなかったら頭を潰されていた。槍と勘違いするような舌の攻撃。

 舌は伸縮性が高く、一瞬で口に戻る。もう一度、口が開いた。

「?」

 軽い違和感だ。既視感を覚えた違和感。

 刀の柄を咥え、鞘をカエルに向かって投擲した。舌は鞘を巻き込み口に。異物を吐き出そうと動くカエルに近づき、頭から股間まで両断した。

『効率的な戦い方ですね』

「いや」

 知っている。俺はこいつと戦った事がある。

『もう一体は』

「分かっている」

 天井を斬った。

 足で鞘を拾い刀を収めると、別のカエルが二つに別れて地面に落ちた。

『両方個体とも変種であります。モンスターは、環境の変化に敏感なようですね』

「基本は同じだ」

 攻撃手段である舌を出す時、無防備になる。そこを狙えば問題ない。

『経験があるようですね』

「かもな。何となく体が覚えていた」

『あなたは記憶喪失と聞きました。何か思い出したのですか?』

「別に、何も」

 依然として頭は空っぽのまま。最古の記憶は、アリアンヌに路地裏で拾われた所だ。

『細胞も記憶を持つと言います』

「体の記憶ねぇ」

 今も昔も、やっている事は変わらないのかもな。ったく、ろくでもない人生だ。

『接近感知』

「当ててやる。数は………………」

 ここ最近、左目はほとんど見えなくなった。代わりに、右目を閉じて闇を作ると光が見える。生物の光。生命力というか、力の揺らぎ。

 星の瞬きのように光が近付く。

 一つ、二つ、三つ、

「む?」

 十、二十、三十。

 目を開ける。気配を感知しなくても体が地響きを感じた。

「沢山いるな」

『沢山でありますな』

 ドドドドドドドドド、と。何かが転がって来る。ソフトボール大で、つぶらな瞳と鋭い牙、大口を持った生物。

『チョチョですな。卵の代替品として食されるモンスターであります。味は今一でありますが、栄養価はあります。これは、小型かつ飛行能力を失った変種のようです』

「なんつう大群だ」

『元々群れる習性を持っていますが、これは異常です』

 津波のようにチョチョが押し寄せて来る。

 狭い通路に100以上の敵。隙間すらない。

「逃げるぞ」

『間に合うとは思えませんが』

 刀を二度振る。波は揺るがず、俺の剣技ではこれを斬り払えない。

「まずっ」

 飲まれる。

『時雨隊員が喜ぶと思うので、10匹ほど捕獲しましょう』

「生きて戻れたならな!」

 顔をガードした。牙のミキサーにかけられ、全身を噛み裂かれる。痛みと走る熱さ。

 不味い。本当に不味い。

 刀一つでは何もできない。俺個人では何もできない。状況を打開する道具もなければ力もない。逃げようにも、この大群だ。このまま体力を削られて終わる。

「ッ」

 冗談。

 終わってたまるか。

 まだまだ、地獄に連れて行かなきゃいけない奴らが残っている。こんな卵の劣化品に殺されてたまるか! 何を覚えているのか知らないが、さっさと力を出せ!

『超高温を探知、緊急用防御シールドを展開します』

 光が見えた。

 右手が光を掴んでいた。

 右手が、小さな太陽を握っていた。

 近付く者を全て焼き殺す【終炎】の太陽を掲げる。矮小なモンスターが燃え、焼け焦げ、灰になり消える。

『シールドが融解しています。アッシュ臨時隊員、その炎を消してください』

「いや………………どうやってだ?」

 俺自身は熱くない。身に付けている衣服も不思議と燃えていない。軽く手を振ったが、炎は消えず。手から離れもしない。

『コントロールできないのですね』

「そんな所」

 炎の熱が、天井や壁、床を赤く熱している。いや、溶かしている。

 これは不味いぞ。

『周辺の構造物にダメージが、このままでは崩落する危険性があります。機体の安全の為、雪風も退避したいのですが』

「待て、消し方を考える。取りあえず水に浸けよう」

『水蒸気爆発が起こるかと。と言うか、この辺りは干上がって水はありませんよ』

 一難去ってまた一難だな。こっちの方がやばいと思うが。

『退避~』

 雪風は、俺の腰から飛び跳ねて転がって逃げた。

「おい待て」

 ドロッと足場が溶けて抜けた。

 そしてまた落ちる。

 大きな口を開けた闇の底に。

 ああでも、何だか既視感が。しかし今度は、大分深そうだ。

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