<第五章:レヴナント> 【03】
【03】
「結局の所、【冒険者の父】の所在は不明と」
「あいつは昔から、集中すると周りが見えなくなる。知っているか? 行方不明の仲間を三十年探し続けた馬鹿の話を」
「知らん」
「あいつの事だ」
「そいつは………」
聞いた事がない。【冒険者の父】と言えば、後に名を残す冒険者の初期に現れ、助言を与えて消えて行く。そんな逸話ばかりだ。
行方不明の仲間を長年探していたとは初耳だ。………………初耳のはずだが、既視感を覚えた。
「ヒームの癖に、一つ事に拘り過ぎだ。なまじ腕が良いから始末も悪い」
「探していた仲間はどうなった?」
三十年も行方不明で生きているとは思えないが、
「見つけた。部外者のお前には関係のない話だ」
「へぇへぇ」
自分から振っておいて、この野郎。
「さて、私から一つ助言をくれてやる」
メルムは、懐から花を取り出して子供の墓に供える。
俺と時雨は、炎教の廃墟に墓を作った。小奇麗にしたつもりだが所詮は廃墟。瓦礫を積んだガラクタの小山にしか見えない。
「手向けは大事だぞ。相手が世の楽しみを知らぬ子供でもな」
「意外だな」
もっとドライな人間だと思っていた。
墓を見せろと言って来た時も、何か含みがあるのかと。
「エルフの生は長い。他の種族と関われば嫌でも慣れる。どいつもこいつも老けて禿げておって、物悲しくなるこっちの気持ちにもなれ」
「そうか」
俺には関係のない悩みだ。
「獣人の子供はどうした?」
「あんたの娘のツテで、炎教と縁のある魔法使いに保護してもらった」
一時的に街の外に出している。ゴタゴタが解消されれば呼び戻す事も可能だろう。
「エアか、あいつも貴様の所にいるのか?」
「俺の所と言うより、時雨の所だ」
後、榛名も可愛がっている。
どんだけ子供好きなのやら。
「困った娘だ。嫁入り前だというのに、獣人の子供に熱を入れて」
「いやいや、そういうアレじゃないだろ」
何歳だと思っているんだ。
「コブ付きのような真似をするなと言う意味だ。大事な縁談を控えているのに」
「………………」
エアはエルフの中でも美人なのだろう。相手のエルフが少し気になる。
「さておき」
今はエルフの縁談所ではない。
「ベルハルトに付いて何か分かるか?」
「分からん」
「散々デカい面してそれかよ」
改まって場所を変えたと言うのに。
「急くな、女に笑われるぞ。分からないからこそ分かる事もある」
「はぁ?」
意味不明だ。
「ベルハルトと名乗る奴は、巧妙に私の目を避けている。接触すらしてこない」
「それが何だ?」
「そこが重要なのだ。私とレムリア、そしてベルハルトには共通の秘密がある。我が森の領地問題で、エリュシオンを欺いた過去だ」
「デブラは?」
「急くなと言っている。デブラはレムリアの忠臣だ。秘密を知っていたかもしれん。だからこそ解せない。状況的に考えて、デブラをやったのはベルハルト“らしき”者だ」
「ん?」
こいつの物言い。
俺も最初は気になっていた事だ。しかし、いつの間にか信用していた。
「まさかベルハルトは」
「偽物だろう。なら、私を避けている理由は明白だ。奴の事はチビの頃から知っている」
「身の証としてアークと言う名の青い宝石を見せられた」
「奪う事はできる。死体から剥ぐことも」
「デブラ本人から、本物のレムリアの後継だと俺は紹介されたが」
「ならデブラも偽物だろう」
「おいおい、そうなるとレムリア商会すらもグルになるぞ」
ローンウェルも敵か。
「可能性の話だ。私は戦う時、肉親すらも敵と想定する。貴様、意外と甘っちょろいな」
「うるせぇよ」
悔しいが反論できない。
一匹狼の癖に他人を信じたのは大きな間違いだ。
「だがな、逆の可能性もある。デブラも本物で、ベルハルトも本物と言う事だ。いや、どちらかが本物で偽物と言う事も。人の真贋とは、結局は行動だ。例え奴らが偽物でも、行動が本物であるなら―――――――」
「その話は長くなるのか?」
「まだ半分も話していない」
「俺はエルフと違って寿命が短い。要点を頼む」
年寄りの自分語りは長くて困る。
「メディムの暗殺は諦めろ。エルターリアにも手を出すな」
個人的な意見だ。
こんな男にも仁義や友情はあるのだな。
「となると、俺が危険だ。俺の周囲もな。まさかベルハルトの暗殺をし――――――」
「しろ」
「………………」
何だかなぁ、そりゃそうなるだろうが、もう皆殺しの方が早いだろ。
「可能性に入れて置け、ただし最終手段だ。貴様はやり過ぎている。これ以上やれば歯止めが効かなくなるだろう。狂犬は誰も飼わない」
処分するだけか。
ま、俺の最後はそんなかもな。
「結局、俺に何をさせたい?」
「メディムを見つけ警告しろ『ベルハルトなる者が命を狙っている』とな。エルターリアは私が守ろう」
「で、竜はどこにいるんだ?」
話が振り出しに戻った。
竜なんてモノ。街にいるなら、とっくに視界に入っているが。
「黒い竜、さしずめ黒鱗公と言うべきか。聞いた事がない。白鱗公なら何か知っているのだろうが、彼女も行方不明だ。その黒い竜と戦ってな」
「あんたの人脈でも無理なのか?」
「竜の隠匿だ。人の術でどうこうできる次元なのか………………いやまて、一つ竜と関わりのある一族を知っている」
「誰だ?」
「ギャストルフォ。勇者と名乗っている連中だ」
「へぇ」
獣人連中が監獄から助け出した女か。多少危険だが、接触してみるか。
「小耳に挟んだ程度だが、かの勇者は竜と関りがあったとか。謎の多い一族だ。詳細は、私にも分からん」
「本人に聞くしかないな」
どんな人間か分からんが、【獣人連盟】の悪評を聞けば口は軽くなるだろう。勇者と言われる者に良識が備わっていれば、であるが。
「では動け。貴様のような奴は、怠けたら終わりだ」
「お前が言うな」
「私は働き者だぞ。だからこそ、休む時は休む」
娘に言える休み方なんだろうな? まあいい、今後の予定は決まった。
今からでも【獣人連盟】の根城に行って―――――――
「お、おおおおお」
その“みすぼらしい老人”の接近には、俺もメルムも気付かなかった。
路傍の石のような気配だ。声を聞いて注視して、初めて存在に気付いた。
「何という冒涜。神殿が見る影もない」
老人は灰色のローブを纏っていた。泥と垢で汚れているが、炎教の白いローブだ。
「遅かったな。炎教の関係者か?」
メルムが問う。
剣に手を置いていないのは、老人に殺気がないからだ。
しかし、何か妙な気配を感じる。この痩せた小さい老人から、ケルステインに感じたような大きな力を。
「あなた方は?」
「縁あって、炎教の子を看取り墓を作った。この男がな」
メルムは俺を指す。
老人は震えながら俺に手を伸ばした。握手を交わす。妙に熱い手だ。
「ありがとうございます、混沌の魂を持つ方よ。あなたの魂に救済がなくとも、あなたの善行は我が魂に刻みましょう」
「どうも」
宗教の賛辞はよくわからん。
「あんた一人なのか? 他に炎教の人間は?」
つい疑問を口にしてしまった。
この炎教の状況を、たった一人で解消できるとは思えない。
「教化を継ぐ者は後で来ます。ですがまず、人々を苦しみから救わねば。あなた、この街に家族はおられますか?」
「肉親はいない。まあ、一緒に暮らしている連中はいる」
それを家族と呼ぶのか、微妙な所だ。
「では、その方達を連れて街からお逃げなさい」
「は?」
老人が手を離した。熱さが手に残る。
周囲の雪が急激に溶け出す。熱と蒸気の中、眩い光が見えた。
「三日後、この街は炎に包まれ灰燼と化すでしょう。浄火を持って人界の淀みを消し、終末までの安寧とします。人の世に神と炎の加護を、世界は炎から生まれ、また炎に消える」
老人は燃え上がり、巨大な炎の柱となった。
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