<第五章:レヴナント> 【02】

 

【02】


「昨夜の事だ。面白い事があった」

「ほう」

 安酒場の隅の席、待ち合わせに遅れたベルハルトはそう切り出す。

「【獣人連盟】の根城が襲撃された」

「そうか」

「連中の敵は多い。騎士か、冒険者か、商会か。いや、グラッドヴェインの宿舎を無断で占拠しているのだ、それ関係か。街を混乱させる為、諸王の線もある」

「全方位に喧嘩売っているからな」

 ここ数日の【獣人連盟】の動きは全てろくでもない。商会への略奪、冒険者との暴力沙汰、無関係の一般人まで襲われている。

「しかしオレは、個人の線もあると思う」

「へぇ」

 焦るな。取り乱すな。

 証拠は残していない。

「襲撃犯は不思議な事を一つしている」

「何だ?」

「子供をさらった」

「そもそも連中がさらった子供だろ」

「炎教の孤児か」

 心を動かすな。熱くなるな。

「あれには心が痛んだ。保護していたドワーフを殺して子供をさらうとは。しかも、ヒームの子供は皆殺しと。………………しかし、こうなる事は予想できた」

「何?」

 予想できただと?

「解放された獣人が自由になれば、抑圧された鬱憤を解消するだろう。さて、その対象は何か? 簡単な事だ。“全て”だ。連中は元々、街の外の生き物だ。このレムリアと言う国、街に愛着なんぞない。はなから外敵なのだ」

「お前………炎教の孤児が狙われる事を知っていたのか?」

 なら同罪だ。

「知らなかったさ、連中は上手く隠れていたからな」

「だが見つかった」

「誰かが密告したのか、単純に綻びが生まれた結果か、単純に隠していた者のミスか」

「密告したとして、誰だ?」

「お前がそれを知ってどうする?」

「俺はネズミだ。そういう連中は金になる」

「知らんな。だが一つ心当たりがあるとすれば、娼館の女将か」

 嫌な予感だ。

 嫌な繋がりとも言える。

「【睡魔と豊穣の女神館】を知っているか?」

「ああ、まあな」

「冒険者相手の高級娼館だ。そこの女将は耳聡くてな。無論、炎教の孤児の事も知っていた」

「売り渡す理由がない」

 女将に利益がない。【獣人連盟】が情報に金を払うとも思えない。

「理由はある。例えば、誰かを焚き付ける為だ」

「その“誰か”とは?」

「さあな、意外と近くにいるのかもしれん」

 こいつ、どこまで。

「密告したのが誰にせよ【獣人連盟】は襲われた。頭目ばかりが綺麗に狙われ、今や手負いの獣と同じだ」

「デブラがいるだろ」

 あいつは見逃した。下手な奴が上に就けば、組織は予想できない動きをする。街は更に混乱する事となるだろう。

「デブラは意識不明の重体だ」

「………何?」

 おい待て、俺の仕業じゃないぞ。

 誰かそんな事を。

「このまま目覚めんかもな。そこで、オレが【獣人連盟】の代理頭目をやる事になった」

「お前」

 怪しまれる事を隠しもしないとは。

「代理頭目としての初仕事は襲撃犯の捕縛だ。連中、必ず生きて捕まえろとさ。そいつの親類縁者全員をな。見せしめにするのだろう」

「そうか」

 笑えるな、ケダモノ共。

 自然と手を刀の柄に置いていた。

「ベルハルト、犯人の目星は付いているのか?」

「言っただろ。“多すぎる”と」

 嘘だな。

 俺だと当たりを付けているように見える。

「なら、初仕事は失敗しましたと報告か?」

「そんな馬鹿な。何事も最初が肝心だ。これの良し悪しが今後を決定付ける」

「あんたの“今後”ねぇ」

 何が王に興味はないだ。ちゃっかり獣人の頭になりやがって。

「アッシュ、少し協力して欲しいのだ」

 断ればお前を犯人として売り渡すぞ、そんな含みのある言葉だ。

「内容による」

「今回の【獣人連盟】の襲撃犯を、【睡魔と豊穣の女神館】の女将、ヴィクリス・リエビア・エルターリア・ローオーメンとする。正確にはこっちは計画犯、実行犯は別だ」

 悪くないと言った所か。【獣人連盟】も納得しそうな人選ではある。

 しかし、

「実行犯は誰だ? そこらの用心棒じゃ話にならんだろ」

「個人で頭目達を目撃者共々殺すとは、並みの使い手ではない。女将は情報通であって、戦える人間ではないからな」

 ベルハルトが笑う。

 人を食った獣の顔で笑う。

「【冒険者の父】が適任だ。アッシュ、お前には彼の相手を頼みたい。捕まえろ、無理なら殺しても構わん」




「って事があった」

「………………あんた冗談なら趣味が悪いわよ」

 さらりと、ベルハルトの計画を全て女将に話終えた。

「そういう訳だ。【冒険者の父】に会いたい」

「どこの馬鹿が、亭主を殺しに行く男を案内するかね!」

「しねぇよ」

 するわけがない。

 俺は【冒険者の父】がどんな人間か噂でしか知らない。恨みもない。殺す理由がない。

「俺は警告したいのさ。あんたの亭主に」

「余計なお世話よ。こっちで―――――」

「俺が直接話をする」

 ベルハルトについて。【冒険者の父】なら何かを知っているはず。俺が気付かない奴の目的も。

「何であんたに」

「影に潜んでいた奴が表に出て来た。向こうは準備万端という事だ。急いだ方が良い。伝言ゲームをやっている暇はない」

 完全に後手に回っている。手遅れかもしれないが、何もしないよりはマシだ。

「信用出来ないわ」

「お互い様だ。しかし、敵の敵は味方と言うだろう」

「違うさね。敵の敵は利用しろ、これが真理さ」

 その通りだ。

 出来るなら、こいつとベルハルトが潰し合ってくれれば良い。その為にも確かめなければならない事が一つ。

「この娼館の背後には誰がいる? 【冒険者の父】の背後には誰がいる?」

「答える必要はないわ。出て行きなさい」

 女将が手を叩く。

 部屋の戸を開けて出て来たのは、娼館の用心棒ではなく一人のエルフだった。

 面食らう女将。

「何だ。悪巧みか?」

 半裸のエルフが言う。背後には困った顔の用心棒がいた。

「メルム………あんた何やってんだ」

「終わった後だ。事の途中で女を放り捨てるような―――――――」

「分かったから黙れ」

 娘もいるのに娼館で遊ぶな。こいつを見ると頭が痛くなる。

「アッシュ、私が力になってやらんでもない」

「かき乱すの間違いだろ」

 絶対に話さん。他所に行け。

「メルム、帰りな」

「何だエルターリアまで」

「昔から、あんたが出てきて好転した試しがないわ」

 言葉の重みが違うな。

 と言うか、古い付き合いなのか。

「だからこそ、私の出番だ」

「話を聞けよ」

 女将の言葉を聞いちゃいない。ずかずか部屋に入り込んで、ソファに腰かける。

 何故か俺の隣だ。

「アッシュ、毒に毒だ」

「猛毒になるだけだ」

「作用によっては無毒化するのだ」

 そりゃそういう事もあるだろうが、基本的に死ぬだろ。

「察するに、後手に回っているな? 正攻法ではどうにもならないのだろう?」

「予想で話を進めるな」

 それで正解だから困ったものだ。

「私の隠れた特技でな。女の顔色を見れば物事の良し悪しが大体分かる。ま、深刻だな」

 女将は扇子を取り出して口元を隠した。

「アッシュがいるという事は、騎士団か【獣人連盟】絡みだな。大方メディムに用があるのだろう。例の襲撃事件が無関係ではあるまい」

 ほぼ正解だから鬱陶しい。

 女将は眉をしかめる。俺よりもメルムは厄介者らしい。

「知った以上、私は一人でも動くぞ。連携を取った方がよいだろう」

「あんたに協調性があるのかい?」

「足の引っ張り合いをしない程度にはな」

 こいつの実力は本物だが、できるなら巻き込みたくない。

 クソ面倒になる。

「ハァァ」

 女将の深いため息。

「こっちがやれと言ってもやらない癖に。何が気に入ったんだい? もしかしてその男?」

『冗談』

 俺とメルムが声を揃える。

「あんたは、やる気を出したら止まらないからね。仕方ない任せるわよ」

「エルターリア、メディムは今どこにいる?」

 女将は閉じた扇子で上を指す。

「亭主は竜を探しているわ」

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