<第五章:レヴナント>


<第五章:レヴナント>


 叩き出した偽ラウアリュナが、家の前で大泣きしている。

 近所迷惑だ。近所に人いないけど。

「ぱぱーかわいそー」

「そう言ってもな」

「ハルナがおせわするからー」

「しっかり面倒見られるのか? 餌やりや散歩は手伝わないぞ」

「みるー」

 榛名がそう言うなら任せてもいいか。情操教育にペットは良いと聞くし。

「こらこら」

 時雨に何かツッコミを入れられたが、もう一回偽ラウアリュナを家に入れる。

「こ、このヤロー! なんたる不敬を!」

 涙目の偽物に俺はペチペチと殴られた。ダメージゼロである。

「不敬も何も偽物じゃねぇか」

「そなたが勝手に勘違いしたのだろう! か、勘違いしないでよね!」

「一理なくもない」

「こなたをここに置け! 今の体で人間に捕まったら、また何をされるのか?! それでも良いのか! 子供に言えない事だぞ!」

「ぱぱー」

「榛名黙ってろ」

 18禁だ。興味を持つのは20年早い。

「だから入れてやっただろ。追い出すとは言っていない」

「そうか! なら最初から追い出すな!」

「お前を拾ってやるとして、一つだけはっきりさせておく。我が家でのカーストだ」

「かーすと? 食べ物か?」

 そりゃカスタードだろ。

「上下関係だ」

「こなたが一番に決まっておろう。なんせ、生物種の頂点であるからな」

 何を言っているんだ、こいつ。

「いいか、我が家のトップはテュテュと時雨だ。なんせ美味い飯を作れるからな、絶対的な存在だ。言うなれば神に等しい。逆らったら俺がぶっ飛ばして追い出す」

「妥当だな」

「ニャはは」

 親子の反応はそんな感じ。

「で、次は俺」

「はるなー、わ?」

 榛名が両手を上げた。

「じゃ榛名も俺と並べてやろう」

「やたー! クナーとままーは?」

「まあ、同じで良いだろう。国後は寝るのが仕事だ。ランシールは家事を手伝っている。榛名、お前もランシールの仕事手伝えよ。それとよく寝ろ」

「はーい」

「アタシは?」

 何故かエアも聞いてくる。

「お前と雪風、エヴェッタさんは客だ。上も下もない」

「てか待ってよ。何であんたが決めてんの?」

 無視。

「で、我が家の一番下が、そこの駄犬」

「バフッ?!」

 キッチンの隅で寝ていたクソ犬が鳴き声を上げた。こいつは、たまーに子守りする程度の無駄飯食らいだ。

「そこに、偽ラウアリュナが並ぶ」

「こなたは最下層ではないか!」

「当たり前だろ。お前何できるんだよ?」

 ただ飯食らいは最下層でももったいない。

「金を出せる! 人間は金品財宝好きであろう!」

「金か、それはそれで」

 あっても困るものでも、

「時雨、どうだ?」

「いらない。食うには困ってないよ。屋台も上手く行きそうだし、過ぎた物を持っても奪われるだけだ」

「だ、そうな」

 予想通りの言葉である。この親子は獣人にしては贅沢な暮らしをしている。そこに使い切れない程の財が加われば、いらない厄介事の種になるだろう。

 できるなら俺がずっと守ってやりたいが、そういうわけにもいかない。

「我が家に居座るというのなら、自分の立場が一番下という事実を忘れるな。絶対に」

「ぐ、ぐぬぬ」

 偽ラウアリュナは涙を流して悔しそうである。

 割と良い気分だ。俺ってそういう趣味があったのか?

「ぱぱーこわーい」

「いいか? こういうのは最初が肝心だ。でなきゃ飼い犬に手を噛まれる」

「はーい」

 賢い榛名は手を上げて理解した。

「犬、こなたが犬、だと」

 偽ラウアリュナは肩を落として倒れ込む。榛名はその頭を撫でた。

「何もかも失くし恥辱を味あわされ、その上に次は犬ッコロ扱いが待っていようとは」

 下だけどな。

「げんきだしてー」

「うぐっ」

 弱り目に優しさが沁みたのか、顔をくしゃくしゃにして偽ラウアリュナは榛名に抱き付く。服が汚れるので止めて欲しい。

「ぱぱー、この子なまえはー?」

「そうだな。偽ラウアリュナじゃ呼びにくい。お前、結局名前は何なんだ?」

「はぁ? 言うわけがないだろうが!」

 キレられた。

 それでは勝手に名前を付けよう。

「偽ラウアリュナ、ニセリュナ、ニセリ、偽の名前、偽名、ニセナでいいか」

「あなたはー、ニセナちゃんです」

 榛名がしっかり命名した。

 首輪も必要かな。

「うう、勝手に名付けられとる」

 自業自得だ。

 我が家にペットが増えた所で、朝食終わりの一騒ぎは終了。



 して、俺は暇というわけではない。やる事は沢山ある。

 だが、情勢をほんの少しだけ見守る必要があった。城の地下から解放した獣人達の成り行き、騎士団の動き、そして一番の厄介所は、動きを全く見せていない諸王の動向だ。

 傭兵王ガーシュパル・ヨハン何某。

 こいつの率いる傭兵団は、レムリア平原の北と西に別けて陣を敷いている。

 時たま少数の兵が街で小競り合いを起こすが、軍そのものは動いていない。

 攻め入る機会を待っているのか、何か別の理由があるのか、解放した獣人の動き次第では軍が動くかもしれない。

 一度、騎士団内部に入り込んだ感想を言えば、騎士団は戦争をできる状態ではない。【位】を買った程度のチンピラなど戦争では何の役にも立たない。本当に数合わせ程度。正規の騎士は圧倒的に数不足だ。

 これを傭兵王は知らないのか、それとも………。

 いや、攻め入れない理由は他にもあるか。

 単純に傭兵団の兵力でもケルステインに勝てない可能性。

 そして、不確定要素である冒険者の存在。

 諸王と騎士団、冒険者はどちらに付くのか? それとも付かないのか?

 分からん。

 冒険者ではない俺にはさっぱりだ。

 つまり、とどのつまり、しばらく事を見守る必要があるという事。

「決して暇なわけではない。こうしている間も色々と考えを」

「暇だろ」

 時雨にズバリと言われてしまった。

 まあ認める。暇だ。

「じゃボクの仕事手伝え」

「仕方ない」

 我が家の神の命令だ。従う他ない。

 時雨は朝食のついでに弁当を作っていた。前に見た冒険者用の弁当に似ている。弁当の詰まったリュックサックを俺と時雨は担ぎ、家の地下から街の地下に移動する。

 念の為、腰に刀を差してきた。それに着古したマントと帽子。

「どこに行く?」

 暗闇をものともせず時雨は進む。狭くて複雑な地下通路だ。今置いていかれたら、俺は来た道も分からん。

「炎教の孤児の所」

 あのドラム缶が連れていた子供達か。

 しかし、

「何故だ?」

 食うには困っていないが、他人に施しをするほど潤ってはいないはずだ。

「司祭様に恩があるから。ボクが産まれた時に耐炎の加護を貰った。かーちゃんがラーメン作った功績があるとかで信奉していないのに特別に」

「ほう」

 火傷の心配がなくて安心。だが、テュテュの功績が元なら帳消しな気もする。義理堅いのは結構だが、その性格は心配だな。

「なあ、アッシュ」

「ん?」

 隣の時雨が俺を見る。闇に金の瞳が映えた。

「ボクの目。あんたと同じなのな」

「そうだな」

 榛名も同じだ。

 別に珍しい事ではないだろう。偶然だ。

「………………まあいいや」

「そうだな」

 暗闇を進む。時雨も俺と同じで夜目が利く。これは偶然というより、猫の獣人としての特性みたいなものか。

「あんた記憶がないって話だけど、何か思い出したのか?」

「いや、全然」

「ふぅん」

 会話が続かない。けれども、時雨の言いたい事は何となく分かる。

 小耳に挟んだ。テュテュは時雨に父親の事を話していない。

 獣人は二親揃っている方が珍しい。いいや、片親がいるだけでも恵まれている方だ。いないのが当たり前としても、気にならないわけではない。

 時雨は、俺を父親かもしれないと思っている。

 可能性は全くないわけでない。前の俺が娼館で働いていたテュテュと関係があったのかもしれない。しかし、その程度の可能性だ。確かめようはない。

 本心を吐けば、時雨や榛名の父親も悪くはないと思っている。だが同時に、ケルステインを殺せれば何もいらないという獣もいる。

 この二つは絶対に共存できない。

 冷静に考えれば、俺が人の親とか馬鹿らしい話だ。そうだな馬鹿らしい。

「何だよ?」

「別に」

 時雨の顔を見過ぎて変な顔された。

 似ているか? 俺と?

「変な奴」

 プイっとそっぽを向かれた。

 こんな可愛らしい生き物に俺の血が流れているわけがない。

 その後は、これとして会話もなく目的地に到着。

 なのだが、

「荒れているな」

 生活痕のある広い一室。ただし、荒らされて漁られたような散らかり様だ。

「おかしい。前はこんなんじゃ、それに誰もいない」

「いや、上に誰かいるな」

 真上に人の気配があった。

「ここにいろ」

 リュックを降ろして、時雨を待機させる。

 近くに階段を見つけ上に。半壊した扉を開けると、獣人が五人いた。

 全員男で武装している。

 内一人に見覚えがある。デブラが連れていた兵の一人だ。

「あんたアッシュか? 生きていたのか。何故こんな所に」

「それは俺の台詞だ。何をしている?」

 男達の背後に何かがある。

 影になって見えないが、何かの器のような物が足の間から見えた。

「地下牢獄から沢山の同志が解放された。【獣人連盟】の戦力は大きくなった。今は先を考え子供を集めているのだ」

「子供?」

「男は戦士として鍛える。女は次代を築く為の母とする」

 分からんでもない。一個気になるのは、

「獣人以外の子供はどうした?」

「敵になる種は潰す。ヒームがよくやる手段だ」

 男達の背後が見えた。

 何本もの槍で串刺しにされたドラム缶と、ヒームの子供の死体だ。

「そうか」

 俺は自然と刀を抜いた。

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