<第四章:炎の子> 【13】
【13】
食う。
飯を食う。
豪勢な朝食を端から端まで食っていく。
「ほほー、これは美味いな。何というスープだ?」
「名前はまだないよ。ジャガイモをトロトロになるまで煮て、それをベースに鶏の骨や、苦味を処理した薬草を沢山入れた。冒険者用の特別メニューとして出そうかなって」
ドレス姿のラウアリュナが、スープをスプーンですくう。ドレスはランシールから借りた。こういう姿を見ると実に姫らしく見える。
俺もスープを飲む。
緑色でドロっとした見た目だが、味はクリーミーで口当たりもいい。スプーンで忙しくすくって喉に入れる。残り少なくなったら、皿から直に飲み干した。
「この肉は? プリっとした触感であるな。虫か?」
「エビだよ。海の………虫なのかな? いつも出汁に使うけど、今日は脱皮仕立ての殻ごと食べられる珍しいやつだから、シンプルにバター焼きにした」
フォークが簡単に殻を貫通した。脱皮したばかりで柔らかいということか。
口に運ぶと殻はカリっと肉はジューシーかつ、海とバターの風味が広がる。美味だ。がっついて皿のエビを食い尽くす。
「この白いのは、何であるか?」
「おにぎり。南の湿地帯で栽培されている野菜を茹でて丸めた物」
「変な食感であるな」
ラウアリュナは、フォークとナイフでおにぎりを切り分けた。一口サイズにして上品に口に運ぶ。リアクションが薄い。
「もう食わないのか?」
「他に美味な物がある」
「くれ」
ラウアリュナのおにぎりを手掴みで奪う。頬を膨らませて口に入れる。自分のも入れる。ほんのりの塩味から、甘みが出るまでしっかり噛んで、豆茶と一緒に飲み干す。
『………………』
急に食卓が静かになった。
今朝は、テュテュに時雨、榛名、エア、ラウアリュナと俺というメンバー。国後は部屋の隅で揺籠に揺られている。ランシールとエヴェッタさんは、まだ上で寝ていた。
「どうした皆、食わないのか?」
ラウアリュナ以外、フォークやスプーンが止まっている。
「アッシュ、お前どうしたの? すげぇ小食だった気がするけど」
時雨が一番驚いていた。
「栄養を取りたい」
今のままでは駄目だ。少しでも体力を付けないと。
その為には飯だ。
「ぱぱ、おなかへってるの?」
「割とな」
「あげまーす」
榛名が、自分のエビとおにぎりを俺に差し出す。
「ハルナ、おかわりあるから自分のは自分で食べろ」
「はーい」
俺が戻すまでもなく時雨が戻す。しっかり者のおにゃーちゃんめ。
全員の食事が再開。
「このスパイス、変わっているな」
ラウアリュナがチマチマ食べているのは、ベーコンと野菜のカレー粉炒めだ。
「あ、分かる。アタシ特製のカレー粉よ。この世界ではアタシ一人しか作れないのよ」
「世界に一人とな。ほほう、それは食指が動くな」
俺はスプーンでガツガツと口に運ぶ。野菜の火の通り具合はグット。ベーコンはいつも通り美味い。ちょっと甘めのカレー味。どこにでもあるカレー味である。
あれ? でも久々な気もする。
「はふはふ」
榛名が俺の真似をして急いて食べる。
『ハルナ』
テュテュ、エア、時雨が三人声を揃えて注意した。
「ぱぱのまねー」
「ダメだ。女のする食べ方じゃない」
と、時雨。
「そうニャ。女の子はもっと綺麗に食べないと。真似をするなら、そこのエルフさんニャ」
「え? テュテュさんアタシは?」
「エアさんも良いと思いますニャ」
「どっちー?」
ハルナが困っていた。
「榛名、基本は大事だからな。こっちの真似をしろ」
俺はラウアリュナを指差す。
エアも十分に上品に見えるが、ラウアリュナに比べて気品が足りない。品は大事だ。それがない人間は獣と同じだ。
『お前が言うな』
時雨とエアに揃ってツッコミを入れられた。
「ニャはは」
テュテュは困った顔で笑っている。
「時雨、おにぎりおかわり」
「他には? エビ以外なら沢山あるぞ」
「この野菜炒め頼む。後、ピクルスあるか?」
「あるぞ」
時雨は俺の皿を持って、食卓から少し移動してキッチンに。野菜炒めを追加して、戸棚からピクルスの入った瓶を取り出す。
「沢山あるから人参でいいか?」
「問題ない」
戻って来た時雨が瓶を開けてくれた。
手掴みに細長くカットされた人参のピクルスを食べる。生野菜のシャキシャキした食感と酸味。うむ、この酸味でまたご飯がすすむ。
ピクルスとおにぎり、カレー炒めとおにぎり、この組み合わせでおにぎりを六個食べた。
「呆れた食べっぷりね。その角といい、あんたエヴェッタの仲間?」
「さあな、似たもんらしいが」
エアの疑問には俺も答えられない。誰かさんには否定されているしな。
言われてみれば俺の正体か。
――――――何かの役に立つのかね?
「小さな料理人よ。美味であったぞ。細やかな部分で味のアラはあるが、食材の物珍しさが上回っている。良きかな良きかな、これは報酬である」
ラウアリュナが、宝石を散りばめたネックレスを時雨に差し出す。
非常に高価な代物だ。金貨100、いや200は行くかも。
刀もそうだが、どこに隠していた? こいつの体は隅々まで触ったが、そんな場所は見当たらなかったぞ。
「いらない。こんなもんジャラジャラさせて飯作れないだろ」
「ならば、これはどうだ?」
時雨に断られ、一瞬でネックレスを消す。次、手の平に乗っていたのは指輪だ。
手品のように見えたが、種も仕掛けなさそうに見える。
「指輪なんかしてたら、洗い物できないだろ。不衛生だし」
「むむ、ならば調理にまつわる物を………まつわる………」
ドレスのあちこちをラウアリュナは探る。いや、ドレスには絶対に隠してないはずだ。
「………………ない」
「そもそも、あんたはアッシュのお客さんだし。もらえねーし。美味しいって言葉が一番の報酬だよ」
「納得行かぬ。こなたの沽券に賭けて財宝をくれてやろう」
「財宝って、飯の度に財宝渡すの?」
「美味ければそうなる」
「あなた変わったエルフね。ホント、どこのエルフよ?」
怪訝な顔でエアはラウアリュナを見ていた。気前よく金品を渡すエルフとは、俺も聞いた事がない。
「聞くがよい。こなたはッ!」
急にテンションを上げたラウアリュナは、
「………………いやよい。何でもない氏族の面汚しよ」
また急にテンションを落として、エビを食べる。
「まあ、ねーちゃんにも色々あるんだろうけど。お腹が膨らめば大抵の事は解決するから、食えよ」
そうだ。その通りだと思う。
とりあえず、
「時雨、スープのおかわり」
「はいよ」
快く時雨は俺の皿に新しいスープを入れてくれた。おかわりを一気に飲み干し、右腕の拳を作る。いける。これで当面戦える栄養は取れた。
食後、時雨とテュテュは洗い物。エアはテーブルの掃除。
ラウアリュナは玄関近くの遊戯スペースでトドのように横になり、俺は、腕にまとわりついてきた榛名をバーベル代わりにして筋トレ。エアに怒られたが、榛名は嬉しそうだ。
すると、
ノックの音がした。
心当たりのある来客は三人ほど。榛名をエアに渡して、腰に刀を下げて玄関に向かう。
自然と、何がいても最速で斬り殺せる体勢に。
もう一度ノックの音。
扉を開くと、組合長がいた。
「戻っていたか」
「まあな」
家には入れない。こいつ何ぞ玄関先で十分だ。
「デブラがフレイ様を奪還した。他の方は、駄目だったようだ」
「そうか」
だろうな。しかし、そのフレイとやらが無事なのは引っかかるな。
罠か?
「貴様は、途中から別行動と聞いた。むざむざとケルステインを倒せず。しかも、手ぶらで帰ったのか?」
「あいつは必ず倒す。それに手ぶらではない」
丁度、足の届く範囲にアレがいる。
「おい、ラウアリュナ」
尻を軽く蹴飛ばして呼ぶ。
「何?!」
「ハァ?!」
組合長と、何故かエアも叫ぶ。
「何ぞ? 何をする?」
ラウアリュナの襟首を掴んで組合長に差し出す。
「ほら、ご所望のラウアリュナだ。好きにしろ」
『………………』
「だから何ぞ?」
組合長と、駆け寄って来たエアがラウアリュナの顔を凝視する。
「誰だ?」
「誰よ?」
まさかの、いやある程度予想していた反応。
「こいつ城の地下で囚われていたけど。ラウアリュナ………ではないのか?」
「似ても似つかぬぞ」
と組合長。
「あのねぇアッシュ。アタシの“姉”は、こんな美人じゃないし背も高くない! いっつも自信ない顔しているし、猫背だし、それにおっぱいが“無駄に”デカいの! エルフって事以外、何一つ似ていないじゃない!」
とエア。
「姉、だと?」
まさかの姉妹とは、時雨の関係者って王族ばかりではないか。
「おい、ラウアリュナ。お前偽者?」
万が一の万が一もあるので、念の為に本人に聞く。
「偽者も何も、そなたはこなたを『この氏族の穢れめ』と責め立てたので、こなたもしくしくと『そうだ』と頷いたのだ。事実であるからな、受け止める他ない」
「どういう意味だ?」
分からんのでエアに聞く。
「ラウアリュナって、古い言葉で『氏族の穢れ』って意味があるの。あのクソ馬鹿メルムが何を思ってかそう名付けたのよ」
「あの馬鹿、自分の子供に何て名前を」
「ホント馬鹿の極みよね」
メルムが馬鹿という事でエアと意気投合したのだが、
「組合長。どうだ? これで我慢しないか?」
「するか大馬鹿者が!」
激おこの組合長は、玄関の扉を閉めてお帰りした。
「おい、離せ。こなたは猫の子ではないぞ」
「おい、お前。じゃあお前は誰なんだ?」
手を離すと、偽ラウアリュナは胸を張って答える。
「聞け、こなたの名は………ふわぁ、腹が膨れたから寝る」
名乗り途中であくびをして、横になった。
「………………」
一拍の沈黙の後、俺は偽ラウアリュナを外に放り出した。
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