<第四章:炎の子> 【12】
【12】
「ただいまー」
と、エルフは我が物顔で家の扉を開け、入り口辺りに俺を捨てる。
「あれ? おかえり」
少し驚いた時雨がエルフを迎え、
「シグレ、また大きくなった?」
頭を撫でられた。
「そんな急に大きくはならないよ」
「ふーん………」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで、と。
エルフは無言で時雨の頭を撫で続ける。顔は無表情を装っているが、頬が緩みそうなのを必死で我慢していた。
「所で、そのボロイのと寒そうなねーちゃんって、アッシュ!」
「おう」
俺は親指を時雨に立てる。ちなみに、起き上がれないので倒れたままだ。
「『おう』じゃねーよ。何だよその有様は?!」
「仕事のトラブルだ。それで、ちょっと川を泳いで凍えている」
「風呂用意してくる! 怪我は?! 治療術師呼ぶか?!」
「風呂頼む。怪我は大丈夫だ。後、こっちのお姫様に飯を頼む」
「分かった! 死ぬなよ!」
「安心しろ俺は―――――」
聞く前に時雨は地下に行った。まず浴場の準備だろう。仕事の早い奴である。
「………ふーん」
「なんだ?」
冷たい瞳でエルフは俺を見る。気温とは別の寒気が背筋に走った。
「あんた、何でシグレに懐かれてるの?」
「色々世話してやったからな」
俺の目の前にナイフが突き刺さる。
「“色々”? あんな子供に何の世話をッ?」
おっそろしく速い投擲だ。俺じゃなきゃ見逃していた。
「落ち着け、やましい事は何もしてない。獣人同盟のいざこざを解消しただけだ」
「あいつらを? どうやってよ?」
「店に連中を誘い込んで騎士団に捕らえさせた」
ギリギリと張り詰めた弓が鳴く。鼻先に矢が向けられていた。
素晴らしい。
予備動作が完全に見えなかった。一瞬で弓に矢を番えて引き絞るとは、大した弓手だ。
「だからお店が廃墟になってたのね!」
「テュテュと時雨の許可はもらった」
「あの店はテュテュやシグレだけの物じゃない! 沢山の常連がいたし、アタシのパーティメンバーの思い出の店だった! それを勝手な!」
「じゃ、お前が親子二人を救えばよかった。俺以上の冴えたやり方で後腐れなくな。だがお前は、肝心な時に二人の傍にいなかった。店を守っていなかった。それで俺を責めるのは」
八つ当たりだ。
「このッ!」
感情的なエルフは、弓を捨てて俺の胸倉を掴んだ。
「怒るって事は、図星でいいな?」
「ぶち殺すわよ、ヒーム!」
本気である。怖い事は怖いのだが、何でだろうかあまり怖くない。
女だからか? 美人だからか? アリアンヌが本気で怒った時はビビったのだが。
「これそこの、そいつの相手はよいから飯を持ってまいれ。寒さと飢えで死にそうだ」
「………………」
マイペースなラウアリュナのお腹が『ぐきゅー』と鳴く。
音量は、エヴェッタさんと良い勝負である。
「あんた見ない顔だけど、どこのエルフ?」
気が逸れて、興が削がれたのか、エルフは弓を引いた。
「待て、それよりお前は誰なんだ?」
そういえばエルフの名前を知らない。正体も不明だ。
「あんた、アタシの事知らないの?」
「知らん」
何故知っていると思ったのだ。
「うん、知らぬ。エルフは皆同じ顔に見える」
姫のラウアリュナが知らないエルフとは、つまりは有名なエルフではないと言う事だ。
「アタシは! 上級冒険者であり―――――」
と、
「あ、エアさんニャ」
二階からテュテュが降りて来た。両手に寝た国後を抱え、腰には榛名が抱き付いている。
「テュテュ。ええと………その子供はまさか?」
エアと呼ばれたエルフは、子供とテュテュを見て驚きを現す。
「いやいや、流石にニャーの子じゃないニャ。二人はランシールさんの子供ニャ」
「ハァッ?! ランシールの?!」
「シー、体調を崩して上で寝ているニャ」
テュテュは『静かに』と指を立てる。
「あ、ごめ。それって産後のアレ?」
「それもあるニャ。でも、この子が少し特殊で頑張り過ぎたニャ」
テュテュは、エアに国後を近付ける。
「ウッソ、獣耳がない。呪いの子?」
「そういう風に言う人もいるニャ。でも、普通の赤ん坊ニャ」
エアは国後に指を伸ばすと、プニプニと頬をつっつく。
「ふ、ふぁ」
耐えられず破顔して、笑顔で頬をプニプニプニプニプニプニ。
「おい」
俺達の事を完全に忘れて夢中になっている。
「って、アッシュさん?! それどうしたニャ?!」
「ちょっと仕事で川を泳いで凍えている。大丈夫だ、時雨に風呂の用意してもらっている」
親子で同じリアクションだ。
「この寒い時期に変な事するニャ。所で」
テュテュはラウアリュナを見る。
「そちらの方は、エアさんのお連れで?」
「違うわよ」
エアは、まだプニプニしていた。ほおっておくと無限にプニプニしそうである。
「俺の知り合いだ。2、3日預かるかもしれない。すまんが飯の用意と着る物を頼む」
少し迷ったが、ラウアリュナの名前は出さなかった。これ以上、テュテュに面倒はかけたくない。心労的な意味でも。
「はいニャ。ご飯はエヴェッタさんよく食べるから、三人前くらい増えても変わりないニャ」
「悪いな助かる」
助けた恩は、なんやかんやで帳消しだ。今はもう俺が借りているレベル。
「ぱぱーぶじー?」
「無事だ」
「わっ、ちゅめたーい」
榛名の温かい手が頬に触れる。
「“ぱぱ”って………あんたまさか?!」
我に返ったエアが俺と榛名を見る。
「ちげーよ。俺みたいなのがランシール姫の男なわけあるか」
「だよね。安心した」
不愉快だがその通りだ。
「所で、あなたは何て言うのかな? 自分の名前は言える?」
エアは膝を落として、榛名の目線に近づけて話しかける。
「ハルナ」
「ハルナちゃんって言うのね。じゃ、おいで」
何が『じゃ』なのか分からんが、エアは両手を広げる。何の警戒もなく榛名はそこに飛び込んだ。手加減しつつもエアはおもいっきり抱き締める。
「柔らかい。可愛いッッ。連れて帰りたいッ!」
「きゃきゃきゃ」
おい待て、と言うツッコミは無邪気に喜ぶ榛名を見て止めた。
こいつもこいつで、急に懐き過ぎだ。他の奴らには、もうちょい警戒心があるのだが。
「風呂準備できたぞ! そっちのねーちゃんも早く入れ!」
地下から戻って来た時雨が、俺とラウアリュナを呼ぶ。
立ち上がれる程度には回復したので、起き上がってノロノロと地下の浴場に。
小汚い服を脱いで、冷たい体を洗い湯船に浸かる。
死んだ細胞が甦った。
この風呂、街の公衆浴場や、風呂屋に引けを取らない広さと快適さである。
しかし、管理が大変そうだ。誰が掃除しているのだろうか? それと、お湯にいつも果物や葉っぱが浮いて贅沢である。
「おーこれはこれで中々」
ラウアリュナも付いてきて一緒に風呂に入っていた。
そして、泳いでいる。
この女、俺に対して恥じらいが一切ない。一度全裸を見ているが、それにしてもそれである。本当に姫だよな? 不安だ。いや、姫だからこその世間知らずと言えるか。
言えるよな?
「この果物、味が薄い」
「それは食うな」
姫様は、湯船の果実を皮ごと食していた。
………………違う気がする。
「そういえば、そなた面白い腕をしているな」
ラウアリュナは、俺の左腕をマジマジと見つめて言う。
「見世物じゃない。安心しろ、感染はしないさ」
左肩から始まった結晶化は、左腕全てと鎖骨付近まで浸食している。
思ったよりも進行が早い。
「不死殺しの槍であるな」
「いだッ」
ラウアリュナに腕を掴れる。激痛が走った。結晶化と肉の境目が軽く裂けて湯に血が浮かぶ。
「知っているのか?」
「一度、当てられそうになった。生意気な異邦人にな」
異邦人か。
雪風じゃないよな?
「もしかして治療方法を知っているのか?」
「こなたも同じ物は作れる。前はそれをぶつけて相殺した。さて、これはどうかな? 普通の人間であるなら、とうに結晶の花が咲いて霧散している所だ。何が力を抑えているのか? ちょっと見せてみよ」
ラウアリュナは、腕の良い魔法使いと聞いた。
少しだけ希望が湧く。
「ほほう、こなたにも分からぬ事があるとは、下々の身に堕ちてみるのも一興であるな」
ベタベタと俺の全身を触って、
「よし、これは駄目だな。結晶が体のあちこちに入り込んでいる。例え腕を切り落としても、別の箇所から結晶化が始まる。諦めよ」
「………………」
分かっちゃいたが、儚い希望だった。
「しかしである。不可能を可能にし、絶望を希望と変え、死する運命に抗う。それが“奇跡”と言うものだ。貴様ら人間が大好きなモノだ。そなたを救う奇跡が、明日にでも生まれるかも知れぬ。せいぜい希望は忘れぬ事だ。願いを忘れた人間など、カス以下であるぞ」
「さいか」
願いか、俺の願いね。
とりあえずは、ケルステインを殺す事か。その後は、これとしてないな。別に俺は生きたいとは思わない。命は捨てる。保身などと言う甘っちょろいモノを持っては、奴を倒せない。
「上がる。食い物の良い匂いがする。飯の準備が出来たな。後、そなたこなたの体を拭け」
「へぇへぇ」
俺も風呂を上がって、欲情しない美しい体を拭かせてもらった。
何かな、彫像を磨いている気分だ。
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