<第四章:炎の子> 【08】

 

【08】


「ぐ」

 左肩から胸にかけて痛みが走る。全身からねっとりとした汗が噴き出た。ドクドクと心臓の音が耳響く。左目が霞んでよく見えない。

 剣技の反動がデカい。もう一度は無理だ。

 ここから後があるというのに、このガラクタが。

「助かった」

 鞘を持ち、エルフの剣士に刀を返した。

 どこぞの王もそうだが、剣を持ったエルフとは珍しい。

 しかも女で、刀とは。

 刀は、特別高価というわけではないが、通常のロングソードより割高な上に、耐久性と扱いに難があり不人気な剣だ。

 それもそう。

 これは本来の刀ではなく、只のロングソードを無理やり【刀】の形にしただけ。元の形から外れれば、それだけ性能も落ちる。と言っても、斬れないわけではない。

 技巧が行くところまで行けば、刃物など選り好みしなくても斬れる。

「!? !! !!」

 刀を受け取ったエルフは、身振り手振りで何かを伝えている。

 流石に分からん。

「何て?」

「………………」

 獣人は無言である。俺を無視して、気絶した雪風とアリアンヌを小脇に抱えた。

『興奮気味に、【どこでその剣技を習ったのだ】と聞いている』

 仮面の魔法使いが代弁してくれた。

 変な声だ。

 普通の声帯から流れる声ではなかった。異様なのはそれだけではない。ローブのフードをすっぽりと被っている。輪郭や、髪の色すらも分からない。雪風よりも小柄で、性別も、正体も不明。

 宝石の付いた杖だけが、魔法使いと辛うじて分かる特徴である。

「知らん。何かできただけ。偶然だ」

『理解した』

「これから、お前らはどうする?」

『二人は眠らせて外に出す。どうやら執政官は、ヒームを操る術を持っている。人の王たるガルガンチュアが力の由縁であろう』

 何の事やら分からんが、執政官に対してヒームが無力なのは分かった。

 その点は、偶然にも俺は幸運に導かれている。

「あんたらの謁見は公式な招待だったのか? それとも秘密裏か?」

『秘密裏である。執政官自らが迎えに来た』

「こいつらか?」

『同一個体であるな』

 オーケイでよいのか? コミュニケーションに不安があるな。

「よし、今すぐ逃げろ。目撃者は消せ。上級冒険者なら騎士の一人や二人問題ないだろう」

『十名程度なら問題ないが、ここはエリュシオンの居城である。増援の恐れが』

「問題ない。ここはもう戦場になる」

 遠雷のように人のざわめきが聞こえた。

 同時に急いた足音が近付き、乱暴に扉が開いた。

「報告します! 地下牢獄で反乱が――――――なっ」

 血相を変えた伝令の騎士が、部屋の惨状を見て更に顔色を変える。

 俺がケルステインから剣を奪い返すと同時、何かに騎士は突き上げられた。

 絶命した騎士の腹は、細長い節の付いた槍に貫かれている。似た物を上げるのなら甲殻類の足、昆虫の足だが、それの根本は魔法使いのローブの下から生えていた。

 こいつ人間か?

『大部分は人である。あまり気にしないように』

 足は騎士の体を投げ捨てると、壁に縫い付けられた執政官の頭部を貫く。槍を引き抜いて反撃しようとしていた。

 敵も、味方も、人外だ。

『遺憾である。こちらにはオリジナリティがある』

 しれっと読心されているが、今はこいつに構ってはいられない。

「行け、頼むぞ」

『“どちら”をであるか?』

「両方だ」

『安心せよ。共生関係にある者を反故したりはしない。人と違ってね』

「そいつは皮肉だな」

 魔法使いを先頭に、女二人抱えた獣人を守りながら、後方にエルフを置いてパーティは部屋を出て行く。

 エルフに熱い視線を向けられた。いや、あの技は体が勝手にやった事なので追及されても困る。軽い静寂に包まれ、俺は視線を落とす。

「さて、寝たふりはもういいぞ?」

「つまらぬな」

 死体が起き上がった。床の血が波打つ、切断された骨が蠢く、血管や神経が踊る。再生と呼ぶには、おぞましい光景。

 数秒で、ケルステインと執政官は元の姿に戻った。

「服が汚れた。モーニエラ着替えを」

「はい、ケルステイン様」

 下がろうとした執政官が、壁に縫い付けられた執政官を見つめる。

「ケルステイン様、執政官ユッタが活動していません」

「そうか、それがどうした? 早く着替えを持って来い」

「………はい」

 俺は、去ろうとする執政官に剣を投げ放った。白い剣は少女の体を貫き、同じ顔の少女の隣にピン留めする。

 傷んだ体の癖に、妙に力が湧いているな。

 何のせいか? 考えるまでもないか。

 間違いなくケルステインのせいだ。こいつの顔を見ていると、食い殺したくなる衝動に駆られる。

 憎い。

 憎くて仕方ない。

 消えない炎のような憎悪が細胞を燃やす。

「ここで今、殺し合うのか偽物よ?」

「それを望む」

 俺は転がった椅子を背後に投げ付け、天井に突き刺さったアリアンヌの剣を落とす。

 拾い、握り、構え、どこか既視感を覚えた。

「それも一興、と言いたいが今の君では敵わぬよ」

「やってみないと分からないだろうがッ!」

 剣を背負い跳ぶ。

 一撃で両断してやる。それで足りぬなら十字に、まだ生きるというのなら千切りにしてでも、細切れにしてでも、永遠に殺し続けてやる。

「少し」

 軽いケルステインの声。

 たったそれだけで、俺の体は動きを止めた。

「君に興味が湧いた。そう、諸王の愚直さとも違い。レムリアの野心とも違う。純粋な憎しみというものだ。懐かしい。まるで、あの女の残り火だ」

 青白く巨大な怪物の手が、俺の体を掴んでいる。歪に変化したケルステインの右手。

 鎧が軋み、骨が鳴る。手が軽く動いただけで、全身から血が絞り出た。

「しばし時をあげよう。永遠を生きる我らには一瞬であるが、君には戦いの準備をする十分な時間だ。その間、狼藉を許そう。ネズミのように城を漁り、力とするが良い」

 猛烈な速度で景色が流れる。ケルステインの手は俺の体を投げ捨てた。壁を何枚も砕きながら吹っ飛ぶ。

「ぐ、がッ」

 勢いが止んだ時には、埃と木片と自分の血に塗れていた。奇跡的に無事だった剣を杖に、立ち上がり。もう一度………………いいや、駄目だ。

 実力差は明白だ。

 今の俺では歯が立たない。奴を倒すには、人以上の異常な力が必要だ。人の域ではまるで足りないのだ。

 分かっている。心だけでは、決意だけでは勝てない相手がいる事を。

 穴の向こうから、ケルステインの声が聞こえた。


「“楽しみにしているよ”」


 囁きは子供のようで、それでいて化け物の声だった。

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