<第四章:炎の子> 【07】


【07】


 鋭い一撃を鞘ごと抜いた剣で受ける。

「ッ!」

 衝撃が骨まで響く。殺気がこもっていた。

 アリアンヌの剣を弾き後ろに下がるが、彼女は逃さず肉迫して来る。

 無数の刃が所狭しと迫る。巻き込まれた料理や皿が切断された。早いが直線的な剣線だ。受ける事は簡単であるが、

「ちっ!」

 マズい。

 スタミナと体力に圧倒的な差がある。加えて俺はこの体だ。このまま受け続ければ持たない。

 剣線が変わる。

 下からの足を狙った一撃。いや、フェイントと気付いた時には、本命の大上段が首に。

 ギリギリで受ける事はできた。

 が、態勢を崩されて壁に押し付けられる。

(その鎧と兜。全然似合っていませんわ)

(馬子にも衣裳って褒めろよ)

 小声でアリアンヌに責められる。

 呆れた表情を浮かべ次は声を大にして責めた。

「あなた、このままだと死ぬわよ」

「それじゃあ、手加減して欲しいねぇ」

「お断りしますわ」

 容赦なく騎士剣が押し付けられた。

 自分の剣と腕に圧迫されて、呼吸ができない。視界が暗くなる。

「もう終わりか? やはり偽物か」

 ケルステインの言葉が遠い。

 俺にとっては英雄など知った事ではない。大事なのは………………大事なのは? 

「ぐっ」

 目の前にいる女だった。これ以外は何もいらないと思っていた。こいつの為と、俺は体を張って平穏を手にしようとしていたのに。

 そうだな。

 フラれたんだな!

 それで今は斬り結んでいると!

 何かが切れた。

 一瞬の意識の空白から、金属の尾を引く音色。右腕に痺れる痛み。部屋の隅に剣の鞘が滑ってぶつかる。抜き放った白刃が鈍く光った。

 アリアンヌは表情を変えて、3メートル近く離れている。

 知覚が広がる感覚。

 周囲を俯瞰で見通しているかのようだ。死角にいる執政官二人の息づかいすら感じ取れる。

「本気ですのね」

「そっちこそな」

 俺も男だ。女にやられっぱなしで終われるものか。

 アリアンヌが剣を振り上げた。だが、剣が落ちる前に彼女は引いた。

 俺の剣が鎧の肩を滑ったからだ。

 騎士らしい実直な剣技だ。それ故に、二、三度見れば十分に出だしを潰せる。

 三度剣を振るい。三歩アリアンヌを引かせる。

 調子を変え彼女は突きの体勢を取るが、遅い。

 剣の切っ先と切っ先がかち合った。

 しかし、彼女の腕は伸びきる前だ。威力が乗る前の剣なら、片手で押し退けられる。

 剣が弾け、焦った彼女は無理な態勢から横薙ぎの一撃を放った。

 剣線がブレた。

 握りも甘い。

 刃を絡めて跳ね上げる。俺の剣はアリアンヌの喉元に、彼女の剣は天井に付き刺さって震えた。

「俺の勝ちでいいな?」

 アリアンヌを見て、次はケルステインを見た。雪風がテーブルの下で武器を構えているのを察知。他のメンバーも何かあれば俺に襲いかかる様子。

 それを知ってか知らずか、ケルステインが不思議そうに言う。

「勝ち? 何を言っているのだ。余は“殺し合え”と言ったのだ」

「あ?」

 こいつ今何て言った。

「アッシュ十人長、女の首を刎ねろ。夕飯の前菜に丁度良い」

「ケルステイン法王! お戯れはここまでで!」

 雪風が席を立ち、パーティメンバーも武器を構えて続く。

 ケルステインは、退屈そうに冒険者を見つめていた。

「戯れとはおかしな事を言う。命を賭けてこその遊びであろう。この女も、それを理解して剣を抜いたはずだ」

「その通りですわ。アッシュ、やりなさい」

「アッシュ止めて!」

 当然と受け入れるアリアンヌに、非難する雪風。どいつもこいつも俺の都合など気にしちゃいない。

「ケルステイン様、一つ聞きたいのだが。この女を殺して俺に何の得がある?」

「得だと? そうか、褒美は必要だな。好きな物を言ってみよ」

 意外にも話は通じた。

「この女が欲しい。命を奪うのも預かるのも同じでしょう」

「ふむ、そうだな」

 無感情にケルステインは頷いて、執政官に指で合図をする。

「二人共殺せ。万が一と思っていたが、余の兄上ならためらいもなく殺す。君はどうやら偽物のようだ。実に、残念だよ」

 どこに隠していたのか、執政官の二人がドレスのスカートから歪な長槍を取り出す。

「跪きなさい」

「跪きこうべをたりなさい」

 執政官二人が命じる。

「はいそうですか、と行くわけないだろう」

 雪風達の存在は予定外だ。しかしこうなっては、やるしかない。

 組合長、依頼通りに――――――

「なっ?」

 背後から衝撃を受けた。組み伏せられ、俺は地面に倒される。

 敵は正面にしかいないはず。誰だ?

「お前っ! 何を!」

 アリアンヌだった。目が正気を失っている。

 唖然とする雪風のパーティメンバー。獣人とエルフが、俺かアリアンヌを助けようと動いて、獣人は雪風に頭を撃たれた。

 雪風も正気を失っている。

「ッ!」

 例のボウガンを構え、雪風はエルフの剣士に容赦なくボルトを打ち込んだ。

 エルフの短剣が翻りボルトを弾く。あちらはそれで精一杯だ。

「偽物の顔を見たい。女、兜を外せ」

 ケルステインに命じられて、アリアンヌが俺の兜を外す。

 兜越しだろうが、素で見ようが、ケルステインの無感情な顔は変わりない。

「似ても似つかぬな。何だその醜い角は? 汚らしい。まるで獣人のようだ」

「何なら尻尾も確かめるか? ついでに俺のケツを舐めろ」

「品もない。だが」

 ケルステインは転がった俺の剣を拾い上げる。

「エリュシオン、これは兄上の剣である。君、これをどこで?」

「骨董市で見つけた。二束三文だったな」

「その鎧と兜もであるか?」

「そんな所だ。笑えるな、エリュシオンの法王。お前らは所詮その程度だ。路傍の石と輝石の違いも分からない無知蒙昧。腐っているのは目か、腹か、魂か」

「つまらぬ。動くのは口だけではないか、言うて君は何をどうするのだ?」

 アリアンヌの力は異常だ。斬り結んでいた時が遊びに思えるほど、身動き一つ取れない。

 執政官の二人が槍を構えた。

 穂先の一つはアリアンヌの喉元に、もう一つは俺の瞳に。軽く槍は引かれ、次迫る時に間違いなく俺達を貫く。

 俺は動けない。が、気配はしっかりと捉えていた。

 そう“獣人はまだ死んではいない”。

 獣の声が響く。頭を撃たれた獣人が、いやギリギリで避けた雪風の仲間が、そのリーダーに抱き付いて身動きを止めた。

 エルフへの弾幕が止まり、彼女は陶器の水差しをアリアンヌに投げ付けた。ノーガードの側頭部に陶器はぶち当たり、ぐらりと体が横に倒れる。

 拘束が解けた。

 一つの槍を左肩で受け、もう一つを奪って執政官の腹を突き刺す。

 ケルステインが剣を振り上げた。

「って!」

 エルフが叫ぶ。俺は咄嗟に後ろ手を伸ばし、投げられた刃物を掴んだ。

 槍と剣が迫る。

 左頬と左肩で鞘を挟み、逆手で【刀】の柄を握る。座した体勢では回避はできない。凶器はもう眼前にある。時で言うなら一秒もない。

 その刹那、時間と色が失せた。

 極限状態で、呼吸が止まり、心臓が止まり、脳が加速的に情報を処理する。

 骨がゆっくりと軋む音が聞こえた。筋がブチブチと千切れる音を聞いた。神経を駆け巡る雷光の音を聞いた。

 剣と槍は、もう止まったような速度で目の前に佇む。

 色のない世界で、何もかも静止した世界で、俺は暗い炎を見た。煌めく白刃の輝きを見た。

 肉と血の片隅から神を呼ぶ。

 この斬撃に神を潜ませる。

 何よりも早く。ただ早く。抜き放った刃は、


 散、と。


 神速に至る。

 刀の切っ先が鞘に入り、小さく鳴く。

「?」

 ケルステインが動かない体を不思議そうに眺めて、執政官と共に上半身と下半身がズレて。

 絶命した。

 

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