<第四章:炎の子> 【06】


【06】


「行くぞ! 準備はいいな?!」

「問題ないですが、どうしたのですか? その気迫は」

 妙に声が大きくなって、デブラにやや引かれた。

「クックックッ、オレは知っているぞ。昔、知り合いが似たような事で自棄になってやらかしていた。アッシュお前、女にフラれたな?」

「行くぞ、オラァ!」

 ベルハルトは無視した。



「百人長、目抜き通りの商会はまとめた。これが書状だ」

「噂に聞いていましたが、早いですね」

 所変わり騎士団の駐屯所。俺はレムリア商会の書状を百人長に渡す。

 細かい前置きと建前上の言葉を抜きにすれば、内容はこうだ。

『アッシュ・メルドナードに、レムリア商会は全権を委任する』

 只のアッシュでは格好が付かないので『メルドナード』と言う名前を付けた。

 これに『さる王国の没落貴族であり、エリュシオンを恨んでいる』というカバーストーリーを添える。

 馬鹿らしい事だが、これが残ったレムリア商会をまとめる決め手となった。

 人間は、偽りあれ真実であれ【位】というものには弱い。

 詐欺の常套手段ではあるが、これに腕っぷしと人の流れを付けると頑固者も信じる。

 さて後は、俺の行動次第だ。

 当初の目的より欲張って行く。全取りで終わらせてやる。今回でレムリアからエリュシオンを一掃する。

「実はですね。ケルステイン様から使いが来ました」

「は?」

 いや、当たり前か。俺は街で派手に動いている。噂が届いてもおかしくはない。

「都合の良い時にでも面通しを、と」

「では今日で頼む」

「構いませんが、急ぐ理由でも?」

「外に馬車を止めてある」

 百人長を案内して駐屯所の外に。

 馬車の荷台を開いて、中身を見せる。目隠しをして手足を縛った獣人が六人。中にはデブラと前に揉めたネズミの獣人もいる。

「獣人同盟の首領共だ。引き渡しは任せた。必ず、俺の手柄だと伝えてくれ」

「………分かりました」

 一瞬、欲を見せた百人長に釘を刺す。

「安心してくれ。あんたには世話になった。礼はする」

「それはそれは」

 百人長は破顔して笑みを浮かべる。

 騎士の顔ではない。欲に突っ張った商人より酷い顔だ。正騎士でこれか、この程度か、上もこうならありがたい。

 俺は、もう一台の馬車の荷台を開く。

「酒と食い物だ。俺の名前で駐屯所の人間に配ってくれ。あんたにはこれだ」

 酒樽の間から金貨の詰まった袋を取り出す。

「100枚ある」

「どうも、ありがとうございます」

 百人長は大事に懐にしまう。

「では、頼むぞ」

「はいお任せを。ケルステイン様には伝えておきます」

 ここまでは予定通り。

 ただ、向こうから俺に接触を望んでいるのが少し気になる。

 俺は、エリュシオンの英雄などではない。法王であるケルステインまで、勘違いするとは思えないのだ。

 第一の英雄。

 色々と調べて分かった事は、相当な実力者であり謎が多い男と言う事。

 根も葉もない噂曰く。

 亡霊の軍団を率いる。

 獣の軍団を率いる。

 無数の魔剣を繰る。

 異邦の知識を操る。

 獣そのものである。

 そして、一番傑作なのが『不死』であるという噂だ。

 笑える。

 どうせエリュシオンの誰かが、狼王アシュタリアに討たれた現実をこんな噂で誤魔化しているのだろう。

 どの道、死にかけている俺は間違いなく英雄ではない。

 只の『アッシュ』だ。

 これから何をするにしても変わりない。

 変わりないからこそ、色々と腹が立つ。

 主に自分と自分に。

 何でこう色々と曲げられないのか。そんなだから、良い女から愛想を尽かされるのだ。

 やばい。考えたら怒りが再燃してきた。

「どうか、なさいましたか?」

「別に! 何も!」

「は、はあ」 

 冷静に冷静に、妙に感情が昂る。アリアンヌにフラれたせいではないが、ないが………………ないがッ。


 落ち着こう。


 夕方、酒場の執務室で通常業務をしているとケルステインの使いが来た。

“二人”の美少女である。

 ストレートの長い栗毛、病的なほど白い肌、小柄で未成熟な体、背中の開いた白いドレスと整った美貌も、コピーしたように瓜二つである。

「アッシュと言うのは」

「あなたですね」

 部屋には俺とローンウェルがいる。

 目が動いてから首が動いて俺を向いた。動きまでシンクロしていて、不気味な人形のようだ。

「そうだ。あんたらは?」

「執政官ユッタ・エーレーネ・ガルガンチュア」

「助手モーニエラ」

 こいつらが悪名高い拷問官か。

 見た目以上に中身はおぞましいのだろう。

「ケルステイン様のご命令により参りました。アッシュ・メルドナード、城に案内します。従いなさい」

「了解だ」

 不気味な執政官と共に、外に止めてあった馬車に乗る。

 商人が荷物運びに使うような馬車ではない。貴族や王族が乗るような客室付きの馬車だ。

『………………』

 無言の中、馬車が進む音だけが過ぎる。

 互いに話す事は無い。だが、

「助手モーニエラ、この男と遭遇した事は?」

「いえ、記録にありません」

「理解しました。後で修正しましょう」

「理解しました。観察しましょう」

「?」

 変な言葉を交わした。その後、執政官が口を開くことはなかった。正し、異常なほど俺を見つめて来た。

 ほどなく城に着き、メイドに案内をされる。

 執政官が俺の背後をついて歩く。二つの足音が完全に重なって気持ち悪い。ちょっとした心霊現象を味わっているようだ。

 城に既視感を覚える。調度品こそ違うが構造がダンジョンで見た城と似ている。

 コピー品の女を背後に置いて、似たような景色を進み二階へ。

 メイド二人が扉を開け、広く豪勢な食堂で待っていたのは―――――――

「お連れしました」

「お連れしました」

「ん、ご苦労」

 白く長い髪の青年。メガネをかけて、質素な貫頭衣を身に付けていた。

 執政官は部屋の隅に移動する。メイドは部屋に入らず外に退散した。

「ケルステインだ。席に着いて楽にするとよい」

「はい、では」

 拍子抜けするほど何も感じない男だ。若いは若い。あくまでも見た目だけではあるが。

 俺の問題はこの男ではない。

 食堂で待っていたのは、ケルステインと『冒険者のパーティ』である。

 メンバーは、黒髪少女のリーダーと、刀を持った短髪のエルフ剣士、仮面を付けた魔法使いと、大柄で半裸の獣人、最後に女騎士が一人。

 女騎士が、一人だ。

「どうしたのだ? 座らぬのか」

「いえ」

 こう色々な感情が渦巻いて足が動かない。

「なるほど、そうか」

「?」

 ケルステインは手を一つ叩いて頷く。

「この者達が、この場に相応しくないと言うのだな? アッシュ十人長」

「は?」

 待てよ、何故にそうなる。

「君はどうやら叩き上げの騎士らしい。そういう人間からすれば、上級冒険者とはいえ運が味方しただけの存在。法王と会食するなど認められぬな」

「いえ、そういうわけでは」

 こいつ、何が目的だ? 

 雪風のパーティを呼び寄せたのは意図があるのか?

「ではどうだろうか、ユキカゼ殿。このアッシュ十人長、剣の腕もやる方だ。見た所、剣の腕に自信がありそうな者が君のパーティにもいる。食前の運動に手合わせでも」

「お言葉ですが、ケルステイン法王猊下」

 余所行きの声音で雪風が言う。

「エリュシオンの騎士様には敵いません。所詮、冒険者ですから手合わせなど、とてもとても」

「負けを認めると?」

「はい」

「上級冒険者であるよな? 女程度と侮りたくはないが、実力を見せないとなれば、その程度と謗るぞ」

「構いません。冒険者のプライドとは、ダンジョンと戦う事です。騎士と戯れる事ではありませんので」

 雪風は冷静だ。

 これは買っても負けても損する勝負だ。やらないに越したことはない。他のパーティメンバーも挑発に乗らず―――――――

「やるわ」

 乗った女騎士がいた。

「なっ、アリー?!」

「やりますわ、法王様。正し、それなりの商品を求めます」

「ほう、ガシムの末よ。言ってみろ」

「我が弟、アーヴィンの最後。その情報を求めます」

「その程度か、構わないぞ」

「では、喜んでやりますわ」 

「ちょっと、ちょっと!」

 リーダーを無視してアリアンヌが前に出る。他の仲間達は『こうなったら仕方ない』という顔。俺より付き合いが長いのだから、よく分かっているのだろう。

「ケルステイン様、俺はまだやるとは一言も」

「法王の命であるぞ? 従わぬなら、君と君を推薦した全ての者が責任を負う事となる」

「申し訳ございません。………やりましょう」

 断る理由が思い浮かばない。

「では、始めよ。英雄を語る流れ者の騎士と、落ちぶれた名門の騎士。どちらが真実であるか確かめるには場所を選ぶ必要はない。このワイングラスが落ちた時、好きなだけ“殺し合うと良い”」

 ケルステインが空のグラスを放り投げ、ゆっくりとそれが地面に落ちて砕け、俺とアリアンヌの戦いが始まった。

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