<第四章:炎の子> 【05】
【05】
下に戻ると、雪風と榛名が対峙していた。
間には、尻尾と頭にリボンのついた犬。入り口近くにはアリアンヌの姿が。
「まさか………ハルナちゃん?」
「う? はい」
じりじりと近づく雪風に、じりじりと下がる榛名。
「シグレも急に大きくなっていたけど、嘘やだッ――――――」
獣のように雪風が飛びかかる。
「ちょー可愛いんですけどぉー! ナニコレー!」
「うぎゅあ」
抱き締め、潰しそうな勢いで雪風は榛名に頬擦りをした。
「お、おい」
子供だぞ。ぬいぐるみじゃないんだからな。
「ハルナちゃん! お姉ちゃん分かる?! オムツ替えた事もあるのよ!」
「わ、わかるかもー」
榛名が押されている。
「何てお利口さんなの! そうだ! お洋服買ってあげましょう! めちゃカワなやつ!」
「いらない。これ、おにゃーちゃんの匂いするから」
「あ、これシグレのお下がりかぁ。それはそれでポイント高いね!」
何を言っているんだ、こいつは。
「それじゃーお菓子とアクセを買ってあげる! お姉ちゃんこれでもスゴスゴな冒険者だから割とお金持っているのよ! 何でも買ってあげるんだから!」
「落ち着け」
なーにこいつも変なテンションになっているのやら。
「ぱぱ、よいのです。ハルナはわかっています。よいのです」
「じゃ、借りるからね! ランシールさんに言っておいて! 夕飯までには帰って来るから!」
「おい待て」
雪風に榛名がさらわれた。榛名の達観した顔が妙に印象的だった。
いや何を見とれているのだ。止め―――――
「話があるんだけど」
―――――る前に、アリアンヌに通せんぼされた。
「後で」
「今ですわ」
犬が逃げ出す凄い剣幕である。これは、色々とバレてる感じか?
「分かった。聞く」
「ハァー」
深~いため息を吐かれる。
「何から言うべきかしら」
「できれば時系列順で頼む」
色々と怒られるよなぁ。
「女将との揉め事を、何故あなたが処理しているのかしら?」
「まあ、暇だったからつい」
嘘ではない。他に選択肢がなかった気もするけど。
「なーぜーあーなーたーが」
「いや、すまん。お前に変な仕事させるって脅されたもんで」
「最初からそう言えば良いのよ。格好付けて」
お見通しであった。
「でもほら」
「“ほら”じゃありませんわ! 女将が面倒な仕事押し付けて来たら断りますわよ!」
「断った後で面倒が」
「その時はその時で処理しますわ!」
「はい、そうです」
早急に動き過ぎたのは認める。アリアンヌの意思を汲み取らないで、俺個人の勝手で今の感じになったのは認める。
「だが」
「“だが”はないですわ。あなた反省しているのかしら?」
「………………してます」
ぐう。
「格好付けと言えば、あなた騎士の【位】を買ったそうですわね」
「まあその」
「しかもリーダーから金を借りて」
「………………」
あの野郎、よりにもよって一番聞かれたくない相手に。
「言っておきますけど、リーダーがチクったわけではなくてよ」
「じゃ誰だ?」
「あなたよ」
「は?」
「そんな金は持ってないから、誰かに借りたと思いましたの。テュテュさんか、リーダーのどちらかと思えば。この反応からして、リーダーで大当たりですわね」
鎌をかけられた。色々と相手が悪い。
「聞いてくれ」
「聞いてあげるわ。どうせ言い訳でしょうけど」
そりゃ言い訳だが。
「俺なりに君の心配をだな」
「では、私はあなたの心配をしていないとでも?」
それはそうである。
「なーぜ、一つ私に相談できなかったの? あんな問題も処理できないほど無能に思われたのかしら?」
「そんなわけあるか」
「では何故?」
何故と改めて言われると言葉に詰まる。
「つい」
「“つい”で、ダンジョンからランシール姫を連れ出して、獣人同盟に喧嘩を売って、娼館の女将にも喧嘩を売って、次は騎士団に入り込んで、怪しい動きで商会まとめている、と?」
「そんな感じだ」
「………………」
アリアンヌが笑顔を浮かべる。目を閉じた優しい笑顔だ。
しかし、怒りで手が震えていた。
「ハァ、これを見なさい」
ぶん殴られると思ったら、更に深いため息を吐いて彼女は人差し指を立てた。
「ん?」
「追って」
指が掲げられ、俺は首を上げて指を追い。
「ぐっ」
肩の痛みで息を漏らした。
「立ち方が固いと思ったら、無理していますわね」
「そんな事はなズッ」
アリアンヌに肩を掴まれた。肩が砕けて背骨が割れるような激痛が走る。
「無理していますわね」
「………………ッ」
軽く叩かれただけで、心臓にまで痛みが響く。
が、飲み込んで耐えた。
「問題ない」
「あなた何がしたいの?」
「何って、俺は前のような平穏が欲しくて」
「悪化していますわよね? 体調と一緒に」
「これから好転するはずだ」
エリュシオンを追い出せば、今よりはマシになるはず。
「あなたの体は治らないわ。それに、前に治療術師に言われた事を忘れたのかしら?」
「覚えている」
俺の体は、左肩から原因不明の結晶化が進行している。心臓まで結晶化が進めば死に至る。
問題はこれだけではなく。
『激しい運動をすれば、肉と結晶化の狭間が剥離して大量出血する恐れがあります。安静にしてください。命に係わりますよ』
現在は治療方法がない事と一緒に、念を押されて言われた言葉だ。
「だが」
「………………」
ジト目でアリアンヌに睨まれた。
「いや、すまん」
「反省ゼロですわね」
「これが終わったら安静にするから」
「あなたの命も終わりますのよ! 一体何が原因ですの?! もしかして記憶が戻ったのかしら?!」
「戻ってない。アリー、本当の本当に今度の仕事で全部」
「最後の仕事は、何をするか言えるかしら?」
「それは、その」
マズイな。
言えない事が多すぎる。知ったら危険になる事が多すぎる。
またまたアリアンヌが深いため息を吐く。怒りより、呆れた空気を感じた。
「私から、一つ要望がありますわ。荷物をまとめてここを出ましょう。宿に帰りますわよ」
「すまん、それは絶対に駄目だ」
中途半端に事態を投げだしたら、前よりも大変な事になる。
俺の知らない場所で。
そればっかりは許せない。こればかりは許せない。
「考え直すつもりはないのですね」
「アリアンヌ、ッいや、すまんアリー」
こんな所で俺はやらかした。
「親しくなったと思っていたのは、私の思い込みでしたわ。私の言う事は一切聞けない。心配してるこっちの気持ちも知らない。なら、あなたは好きにすると良いですわ」
「え?」
ありがたいが、つまりは。
「縁を切ります。さようなら、アッシュ」
「なっ!?」
乾いた音が響いて脳が揺れる。アリアンヌに思いっ切り頬を打たれた。
踵を返した彼女は一切、何の未練も見せずに俺から去って行った。
静かに扉が閉められ、我に返り後を追い駆けようと―――――――して止めた。
駄目だ。
無駄だ。
何を話しても平行線ですれ違う。俺達二人は、たまたま肌が合っただけの関係だ。合わなくなったら一緒に居ても苦痛なだけだろう。
どこか似ているのだ。似ているからこそ譲れない。結果が見えている。
「はあ」
だが最後に礼も言わせないとは、流石アリアンヌである。
俺の痛い所を突く。これは肩よりも痛い。
「あーあ」
そんな声が背後から聞こえた。
地下の階段から、半身だけ出している獣人の親子がいた。
子供の方が俺の傍に寄って来る。母親は止めようと手を伸ばしたが遅かった。
「なっははは、フラれたな!」
時雨は元気よく笑ってザクリと言う。
「ご、ごめんなさいニャ!」
テュテュに抱えられて時雨は持ち運ばれた。
去り際は、
「後で美味しい物食べさせてやるから元気だせよ! にゃはははは!」
滅茶苦茶嬉しそうだった。
俺は一人居間に残って立ち尽くす。立ったまま固まって落ち込んでいた。
人生ままならないものだ。命を賭けてもよい女にフラれるとは、俺は今度何を糧に生きていけば良いのだろうか?
ニハハハハハ! と時雨の笑い声が下から聞こえて来る。憂鬱だ。死にたい。でもまだ死ねない。とても悲しい。
「………………」
夕飯は、カレーでした。
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