<第四章:炎の子> 【04】


【04】


「おにゃーちゃん、おみやー」

「あ、うん」

「おみやー」

「分かった。分かった。そこに置いてくれ後で見るから」

「おーみーやーげー!」

「ああもう! 分かったよ! 見るよ!」

 しつこい榛名に、とうとう時雨は根負けした。芋の皮むきを中止して、一緒におみやげの物色をする。

 家に帰って来てから、時雨は妙によそよそしかった。醜態を晒した事を恥じているのだろう。しかし、そんな事など知った事かと榛名はじゃれつき今に至る。

「これなんだ?」

「さーあ?」

 時雨はお土産袋から小瓶を取り出す。榛名も何か分からないらしく首を傾げた。

「香水だな。使うのなら数滴首にたらせ」

 こんな物を子供に、あいつらアホか。

「ボクはいい。料理の邪魔になる」

「そうだな」

 ごもっともである。

「ごもっともー」

 榛名は何故か嬉しそうだ。

「じゃこれは?」

 時雨が次に手にしたのは、立方体の箱。開けようとするが中々開かない様子。

「積層箱だが、ちょっと貸して見ろ」

 借りて箱をいじる。執務室にあった奴と似た品だ。こちらの方が新しいが、開け方にコツが………コツが、あれ?

「ちょっと待て」

 壁にかけた剣に手を伸ばす。

「おいッ」

 時雨に怒られた。

「ぱぱーハルナがあけるー」

「駄目だ。これは俺が、いや時雨が開ける」

 榛名は簡単に開けそうなので、時雨に返した。

「これ中身は何だよ?」

「知らん。自分で確かめろ」

「ふーん」

 割と嬉しそうに時雨は箱をしまう。

「おにゃーちゃん、これこれ」

「ん、何だ」

 榛名は髪留めを二つ持っていた。

「こっちはおにゃーちゃんに、こっちはまにゃーに」

 小さい宝石をあしらったクリップ状の髪留めである。赤色が基調になっている物が時雨の、青色が基調になっている物がテュテュの、という事だろう。

「あげまーす」

「いいのかよ? お前が貰ったものだろ。高価そうだし」

「あーげーまーすぅうぅぅぅ」

「分かった分かった! 貰う貰う!」

 榛名は、髪留めを握った両拳をグリグリと時雨にねじ込む。結構、強引な奴である。

 受け取った時雨は、早速髪留めを付けた。

「ほら、どうだ?」

 結んだ後ろ髪を見せる。綺麗な黒髪にワンポイントの赤色が映える。

「ぐへへへ」

 榛名は変な声で、とびきりの笑顔を浮かべた。

「………どうだよ?」

「ん?」

 時雨は俺にも見せて来た。いや、どうと言われても。

『………………』

 変な沈黙が流れた。

「ゴフッ」

 小さい拳が俺のアバラに刺さり咽た。

「に、似合ってるぞ」

「ふふんッ、かーちゃんにも渡してくる」

 時雨は髪留めを手に地下に降りて行った。テュテュにも渡すのだろう。

「ぱぱー」

「榛名お前、結構いい拳持っているな」

 鎧脱いだから割と痛いぞ。

「ぱぱー、は乙女ココロがわかりませんなー」

「そうですかぁ」

 時雨は乙女で良いのか? まずはそこからなのだぞ。

「でもよいのです。ぱぱーのミリキはそういうところだと、ハルナわかっています」

「はいどうも」

「わんこちゃんにはこれをあげよー」

 大きなリボンを手にして、榛名は犬ッコロに近づく。

「バフッ」

 逃げようとするが、犬は首にタックルを受けてタッチダウンされた。

 頭に可愛らしいリボンを付けられ、良い気味である。

「榛名、俺は上にいる。何かあったら呼べよ」

「あーい」

 犬で遊ぶ榛名を尻目に、俺は上の階に。

 家の三階。ランシールの部屋をノックした。

 どうぞ、と小さい声。

「失礼」

 開けると、ベッドで上半身を起こすランシールと、横に寝ているエヴェッタさんの姿が。

「看病しているんじゃなかったのか」

「お昼を食べたら寝てしまって、この子は昔からこうで」

 寝る子は育つと言うが、育つのか? 彼女は。

 体のどことは言わないが。

「アッシュさん、何でしょうか? クナシリに何か?」

「国後は大丈夫だ。アリアンヌがしっかり面倒見ているさ」

「なら、安心して良いのでしょうか………」

「あんたは少し肩の力を抜け。テュテュから聞いたが、獣人の女でも産後は体力を削られる。前のように動かない方が良いとさ」

 テュテュの母親は、産後の無茶がたたって病死したそうな。

「もどかしいものですね」

「かもな」

 男には分からない言葉に生返事をした。

『………………』

 沈黙が流れた。このお姫様といると妙な空気になる。

『あ』

 と、同時に声を上げて「どーぞどーぞ」と譲り合う。

 いかん目的を忘れかけた。

「明日、もしくは明後日、レムリア城の地下に向かう。あわよくば、囚われているレムリア王族を解放するつもりだ」

「誰をですか? 父は既に」

「ラスタ・オル・ラズヴァ」

 ランシールは、あまり良い顔をしなかった。

「ラスタ様なら、確かに冒険者をまとめる事は可能でしょう。ですが政治や統治には疎い方だと思います。何よりも、あんな凶行を侵したレムリアの血を民が許すとは思えません」

 正論だ。

 では、別の奴はどうだろうか。

「ベルハルト・オル・レムリアならどうだ?」

「兄上ですか。まさか、今ここに?」

「街にいる。だがあいつは、レムリアの王位に興味はないそうだ」

「でしょうね」

「何があった?」

 気になっていた事だ。本人に探りを入れても喋りはしまい。

「あなたを口の堅い男と見込んで話します。ワタシ達には、不出来な弟がいました」

「弟?」

 レムリアの第二王子の事だろうか。思えば全く噂を聞かない。

「慕っていた兄がエルフに謀殺されたと知ると、かの種族に辛く当たるようになり。いえ、兄の死は偽装だったのですが」

「ああ聞いた」

「………聞きましたか。弟は元から傍若無人な所があったのですが、それも度を越してしまい。あるエルフを強姦しようとして、父の怒りに触れました」

「“あるエルフ”とは?」

「ラウアリュナ様です」

「そいつはまあ」

 これから助けに行く相手だ。

「エルフの姫に乱暴を働くとは、度し難い事です」

「メルムの奴は縁を切ったと言っていたが?」

「言葉の上だけです。あの方は、影から見守っていましたよ」

「へぇ」

 意外な、ああ見えても身内には甘いのか。

「レムリア王は、違いました」

 何かあったクチだな。想像は容易いが。

「弟は確かに不出来で、王族として、いえ人としてもあるまじき行為をしました。親として責任を取るのは良いでしょう。しかし、あまりにも冷血な………………」

 ランシールが口ごもる。

「何があったのだ?」

「子殺しです」

 不出来な子を親が殺したと。

 子が親を殺して王座を奪うのは、よく聞く話であるが逆は中々。

「しかも巧妙に隠し、ワタシには兄の元へ諸王の傘下に就き鍛えられていると嘘を。兄にはレムリアで冒険者として頭角を現していると別の嘘を。兄との文通で、文面に違和感を覚えた時には全て終わった後でした。弟の死体も残っていないでしょうね」

「なるほどな」

 単純な話だ。

 あの馬鹿王子、父親嫌いを拗らせたか。

「父が消したのは弟だけではないでしょう。レムリアの王座は、一体何人の血を吸ったのか。兄が嫌うのも理解できます」

「甘い」

「………甘いですか?」

「甘いな」

 妾腹の子では仕方ないか、いや本妻の子もアレだ。レムリア王は、王であっても王を育てる器ではなかったようだ。

「王座とは“そういうもの”だぞ。レムリア王が王になるまでに、血は流れただろう。だが統治により流れなかった血もあるのではないのか?」

「それは、分かりません」

「俺も分からん。けど、人の上に立つという事は生半可ではないぞ。栄光の影は常に暗い。あんたもお姫様なら、自分の子にそれを教えてやれ。【血】は簡単に捨てる事は出来ないからな」

「二人には、レムリアの王位と関係のない所に――――――」

「それは君の願いだ。育った子が何を目指すかなど分かりはしまい」

「必ず、止めます」

 ランシールの意思は固いようだ。

 このタイミングなら、いけるだろうか?

「ランシール、ベルハルトを説得してレムリアの王位に就かせる事は可能か?」

「はっきり言いますッ」

 ランシールの声が上ずる。

「不可能です。ワタシにその気はありません。兄も同じ気持ちでしょう」

「そうか分かった」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 ここまで意思が固いのなら問題ないだろう。俺としては、ランシールがベルハルトを焚き付けて王位に就かせる事の方が不味かった。

 ベルハルトは有能だ。

 なろうと思えば王になれるだろう。

 しかし、器ではない。ああいう奴は、最後に己の私利私欲でとんでもない事をしでかす。それこそレムリア王よりも恐ろしい事を。

 もしや本人も、それを理解しているのか?

「ランシールどうする? ベルハルトに、お前が俺の傍にいる事を話してよいか?」

「できれば止めてください。どういう顔で会えばよいのか分かりませんし」

 これも一つ安心だ。

 ベルハルトに子供二人とランシールは預けられない。

「では、落ち着くまで待とう。そうだな。俺がラウアリュナとやらを救出して、騎士団を半壊させた後にでも」

「できますか? あなたに。生半可な事ではありませんよ」

 まずはエルフの姫君の救出。それを出汁にソルシアの、冒険者組合の力を使う。合わせて【獣人連盟】と、ベルハルトなる器のない王族。

 これで手駒は十分のはず。

 騎士団を占めるのは数合わせのゴロツキばかりだ。全てとは言わず、旗色の悪さを見せれば瓦解する。

 問題は色々とある。出方と姿が見えない【傭兵王】の存在。こいつらが騒ぎに乗じて何をしてくるのか、邪魔になるのか有利になるのか。

 どちらにせよ、

「やるさ。全ては俺の平穏の為、まあつまりは―――――――」

 何故だか、榛名と時雨の顔がチラつく。

 いいや、気のせいだ。

 恐らくは。

「あんたと同じさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る