<第四章:炎の子> 【03】
【03】
「おみやげ♪ おみやげ~♪」
帰路、榛名が嬉しそうに歌う。こいつが両手で抱えた袋には大量のお土産があった。俺の右手にも持ちきれない残りがある。
デブラとベルハルトが、榛名に買い与えたお菓子や装飾品だ。あいつらは榛名にダダ甘い。蝶よ花よと、まるで孫を可愛がる祖父のようだ。
甘すぎて情操教育に良くないので、次からは遠ざけよう。
「おみやー♪ おみやー♪ ぱぱーとまにゃーとおにゃーちゃんにもおみやー♪」
「ママと国後はいいのか?」
ふと、実母と兄妹が抜けていた事にツッコミを入れた。
「う?」
不思議そうな顔で、榛名は俺を見上げる。
「クナはハルナに、なにもしてくれないのです。ママはそんなクナがいればいいので、ハルナが何かするひつよーないと思うのです」
「そんな事はないぞ。ランシールはお前を――――――」
言葉に詰まる。
愛しているなどと、他人が口にする事ではない。
「俺はどうなんだ? お前に何かしたのか?」
こういう時は、話を逸らすに限る。
「ぱぱにはハルナがついていないとダメなのです。そーアレがいってました~」
「アレ?」
こいつにも妖精が憑いているのか?
「ネコちゃん」
「猫?」
テュテュも時雨も猫の獣人だが。
「黒いネコちゃんがハルナにいうのです。ぱぱのそばにいてやらないとダメだって」
黒い毛並みといえば時雨だが、あいつ影でそんな事を言っていたのか。これも妖精の入れ知恵なのかね。
「駄目ねぇ」
「ぜーんぶ、ぜーんぶ、ダメになるからいなきゃダメなんだってー」
見くびられたもんだ。子供一人いないくらいで、俺が駄目になるわけがない。既に駄目な人間だしな。
榛名と目が合うと、何を勘違いしたのか擦り寄って来た。
「にゅへへへ」
変な笑い声を上げる。よく分からん奴だ。それを悪くないと思う自分の感性が一番分からない。
俺には分からないモノが多すぎる。
何故、何、何処で、或いは、考えれば考えるほど不明瞭になる。まるで街を覆う霧のように、俺というモノはひたすらに見えない。
白く、ただ白いだけの過去。こんなモノに価値はない。探すだけ無意味な事だと何度も繰り返してきた。
それなのに、最近チクリと胸が痛む。
動かない左腕のせいか、角のせいか、時雨や榛名のせいなのか、時折、無性に、己の過去が気になる。
霧を凝視するように過去を睨み付けた。何もない事に、あるいは何もかも忘れたのか、気付くと呆けている自分がいる。
夢の気配だけは近くに感じる。しかし、近くに寄れば近くに寄るほど消えてなくなる。
分からない。
未だに俺は俺の事が分からない。
何処から来て、何処に行くのか。そんな場所が俺にはあったのか、今も残っているのか。
ああでも、全てこの一言で片付けられるな。
「馬鹿らしい」
過去など後だ。今は今でやらなくてはならない事が山積みなのだ。
まずは騎士団を潰す。
エリュシオンをレムリアから一掃する。
その後、邪魔になるなら、獣人連盟も、ベルハルトも、冒険者組合も商会も、何もかも潰す。
そうして潰した後、
「………………前の平穏が」
戻って来るわけないか。おかしいな、俺はこんな危険思考の持ち主だっけ?
「なあ榛名。お前は」
将来どうしたいか? 何て年端もいかない子供に聞く事なのか、疑問が残る質問に―――――
「ん? あれ?」
榛名は答えなかった。
いなかった。右足に擦り寄っていた小さい影が跡形もなく。
「なっ?! お、マジか?!」
冷気の中だというのに変な汗が噴き出る。
周囲を見回すが、異様に濃くなった霧が漂う。一面の白と白に、大通りは軽い混乱に包まれていた。馬車馬のいななきに女性の悲鳴、すれ違う人影の中に小さいモノは見当たらない。
「チッ」
駄目だ、焦るな。こういう時は焦ると駄目だ。
あ、そうだ足跡。
屈んで足元の雪を見る。
誰かの膝が肩に当たるが無視した。荷物を捨てて這いながら、小さい足跡を見つける。
点々と続くそれを辿り、路地裏に入った。
霧が少し晴れ、明確に足跡が見える。間違いなく榛名のものだ。
「あの馬鹿ッ」
いや、馬鹿は俺だ。
この年頃の子供は、急に駆けだすとテュテュから言われていたのに。一瞬でも目を離すとは。
狭い路地裏を走る。
ガラクタが道を塞いでいて子供一人分の隙間しかない。勢いを止めず剣を抜いた。縦に一閃、切り込みを入れて蹴りを一撃。
バランスを崩して転がりながら態勢を立て直す。
開けた場所に出た。小さな運動場みたいな場所だ。
榛名が、ポカンと俺を見ていた。
他の“子供達”もポカンと俺を見ている。
チンッ、と剣を鞘に収めた。
「あれ? ぱぱ、どうしたの?」
「どうしたのじゃない!」
つい声を荒げてしまった。『キャー』と榛名の周りの子供達が散る。
散って、一つの場所に集まった。
と言うか、円柱状の物体を盾にしている。何だこのドラム缶?
『どうか怒らないであげてくださいな。連絡用の位相波があるのですが、感覚器が未熟な獣人の子供を呼び寄せてしまうのです。この子のせいではありませんよ』
女の声だ。
え、おい………このドラム缶喋ったぞ。
『所であなたは?』
「エリュシオン遠征騎士団、レムリア商会地区十人長、アッシュだ。お前は何だ? それにその子供は?」
「騎士だー!」
「キャー!」
「さらわれるー!」
口々に子供の悲鳴が響く。
『みなさーん、落ち着いてくださーい。逃げる時はマキナが何となするので散らないでー』
ドラム缶がクネクネと動いて子供達に言う。意外にも軟素材で出来ているようだ。いやもしくは、こういう生物とか? だが、子供達は鎮まらない。酷くやかましく泣きわめき、適当に走り回る。
「これあげます」
榛名が近くの子供に菓子をさしだした。お土産の一つである卵ボーロだ。
「………甘~い」
榛名と同じ獣人の女の子は、卵ボーロ一つで曇った顔を一瞬で笑顔にした。
「ちょーだい」
「ぼくも」
「わたしも~」
「じゅんばん、じゅんばんです」
子供達が榛名に殺到する。
『はわわ、皆さん知らない人から物をもらってはいけませんよ!』
「この子は榛名だ。わざわざ名乗ってやったのに知らん人扱いか?」
『それはそうですが、子供達が変な事を覚えては。ギブミーチョコレートが通じる世界じゃないのですから』
「何を言っているんだお前は」
戦後か、いや戦後か。
『あなたこそ何者ですか? エリュシオンの騎士の癖に獣人の子供に『ぱぱ』と呼ばせるとは。光源氏的なアレでしょうか?』
「俺は幼児性愛者でもなければ、マザコンでもない。ついでに言えば不特定多数の女性に手を出すような軽い男でもない」
比較対象が最悪だ。
『おかしいですねぇ、マキナのシックスセンサーがろくでもない男オーラを探知したのですが』
「だから、何を言っているんだ」
意味不明なドラム缶だ。
「と言うか、お前」
妙に腹が立つ声だ。それ以上に気になるのは。
『ちょ、何するんですか?!』
「いや中身が気になってな」
構造に微妙な隙間を見つけたので、爪を立てて開こうとする。
『あなた! 初対面の癖に馴れ馴れしくレデーの素顔を覗く気ですかぁ?!』
「レデーって、隠すような面なのか? 種族は何なのだ?」
『マキナはドワーフって事になっていますぅー。ドワーフの中ではメチャ可愛い方って噂なんですぅー、あなたみたいなデリカテッセンの欠片もない人に見せませんんー』
中々抵抗される。
何だデリカテッセンって、デリカシーという言葉の面影もないぞ。
「ぱぱー」
「どうした?」
榛名に呼び止められて手を止める。もう少しで装甲の一部を剥げたのだが。
「なかいいねー」
「誰と?」
何を言うのだ、この子は。
「その、おばちゃんと」
『おばちゃん?! マキナこれでも乙女なんですけど?! 処女なんですが! めちゃ若いですと! マチュピチュですよ!』
「意味不明だ」
ホント何なんだこいつ。
「マキナさんは、ぱぱの友達ですかぁ?」
『こんな失礼な人、知りません』
「う?」
榛名は首を傾げる。傾げすぎて柔軟体操みたいになっていた。
お菓子は子供達全員に均等に行き渡ったようだ。本人が食べる分は残っているのだろうか。
「おい、マキナ」
『何ですか、馴れ馴れしいですね』
一つ気付いた事を口にする。子供の服装の中に、煤けた白いローブ姿が見えたからだ。
「この子供達、炎教の孤児だろ?」
『………………』
面白おかしいドラム缶から軽い殺気を感じた。
ま、正解だろうな。
「商会の幾つかが、引き取る手筈を整えていたと聞いたが」
見た感じ、全員が働けない年頃ではない。商会が引き取って雇っても良いはずだ。
『レムリア系列の商会は信用できません。全て何かしらの形で王族と繋がっています。この子達の家を焼いた王との繋がりです』
「中央商会はどうだ?」
半分以上が獣人だ。差別もあるし、賃金は安く大変だろうが、屋根があって凍えない生活はある。美味い不味いはともかく、飯も食えるはずだ。
『中央商会はもっと信用できません。彼らは奴隷商をやっているのですよ。もう30人以上行方不明になっています』
「奴隷ねぇ」
レムリア王は奴隷を禁止していた。レムリアの商会は今も尚それを守っているが、中央商会には関係のない話か。
『そして、子供を攫うのは専ら騎士様のお仕事ですね』
険のある言い方だ。
そういう小遣い稼ぎは聞いた事があるが、自分でやろうと思った事はない。
「ぱぱ、そんなことしないよ」
俺の仕事など知らないくせに、榛名は弁護してくれた。
『本当ですかぁ?』
「そうだな。ガキより変なドワーフの方が高値で売れそうだ」
『………………』
冗談なのだが、笑えなかったようだ。
「ま、見なかった事にしてやる。榛名、帰るぞ」
「はーい」
これ以上、関わり合う必要はない。もう面倒事はウンザリだ。
空いた片手で榛名を抱えた。思ったよりも重かった。
『この子達は兄弟、姉妹、もしくはそれ同然に育った子達です。あなたのその子を思う気持ちが本物で、少しでも共感するものがあるのなら、憐れと思って口を閉ざしてください』
「もう一度言うぞ。見なかった事にしてやる」
『分かりました信用します。もし裏切るのなら………………もの凄く恨みます』
「勝手にしろ」
嘘は言っていない。二度と関わらないつもりだ。
「ばいばい」
榛名が子供達に手を振る。
『ばいばーい』
子供達も手を振り返す。マキナも変なアームを出して手を振っていた。
一度だけ振り返るが、ずっと手を振っていた。
来た道を帰る。
榛名がギュっと首に抱き付いて来た。
「何だ? 風邪か?」
少し震えている。
「かわいそう」
「ん?」
「あのヒトたち、かわいそう」
どこで寝泊まりしているのかは知らないが、この寒さと雪だ。獣人でも堪えるだろう。事実、ヒームの子供は顔色が良くなかった。あれでは長く持つまい。
「忘れろ。世の中は平等じゃない。他人を憐れむより、身内に感謝するんだな」
「うん、わかった。でもちがうの」
「違う?」
では何が『かわいそう』と?
「あのヒトたち死んじゃうよ。みーんな、死んじゃうよ」
「………かもな」
少しだけ、何とかしてやろうかと同情心が湧く。俺にもっと力があって、金もあって、組織のしがらみもなければ助けただろう。
助けたの、だろうか?
「かわいそうだね」
「………………」
俺は榛名に答えない。
憐れな子供について何も答えられない。そんな言葉など持たない。
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