<第四章:炎の子> 【02】


【02】


「あれについては何も言うな」

「まだ何も言っていませんが?」

「だから言う前に言うなと釘を刺したのだ」

「はあ」

 酒場の二階。

 ここ最近の職場たる執務室で、何か聞きたそうなローンウェルの口を止める。ここは、前の持ち主が元冒険者という事で珍しい品物が数多く並べられている。と言っても、値打ちのある物は騎士団に接収された後だ。残っているのはガラクタ、だが榛名は興味深そうに眺めたり叩いたりしていた。

 こいつはまあ、お世辞抜きにしても可愛らしい。

 母親譲りの美貌が幼いながらも滲み出ている。表情も地顔が笑顔という愛らしさ、見ている人間の目尻も下がる。丸っこいし、目も大きい、挙動一つとっても見ていて飽きない。

 人に愛されるカリスマ性を感じた。

 そういうわけで、ここに来る前も来た後も色々と人の目を惹く。

「ぱぱー、これなにー?」

 榛名の手の平には、20cmほどの正方形の箱が乗っている。

「積層箱だな。複雑な仕掛けがあって中に何か隠してある」

 小さい手がガシャガシャと箱を動かす。

「ひらいたー」

『は?』

 俺とローンウェルは揃って声を上げた。

「はー?」

 首を傾げたのは榛名の方だ。箱の中には歯が入っていた。

「ああこれは、子供の乳歯ですね」

 榛名が開けた箱をローンウェルが覗き込む。

「何でそんなもんが」

「確か古い風習で、病気がちの子供の乳歯を病魔と共に封じ込めるとか」

「開けちゃマズイか」

「良いのでは? 大分古い物に見えますし、その時の子供も大人でしょう」

「榛名。汚いからポイしろ」

「はーい」

 榛名は箱をしまって戸棚に戻した。

「所で、アッシュさんのお子さんですか?」

「………………」

 やはり聞かれたか。

「いや違う」

「ぱぱーおなかへったー」

 榛名が膝の上に乗って来る。ここに来る途中、屋台でベーコンを挟んだ種なしパンを食べたのに足りていない様子。よく食べるからなぁ。

「いや『ぱぱー』と」

「これはアレだ。愛称的な意味だ」

「そっちの方が問題でしょう」

 確かに。

「いえ、正直な話。あなたを少し見直しました」

「はあ?」

 ローンウェルは、感心した顔付きになる。

「何を考えているのか分からない血も涙もない狂犬かと思いきや。なるほど、このようなご息女がいれば騎士団を潰してやろうとも思いますな」

「いや、おい」

 違うぞ? 榛名は関係ないぞ。

「そうならそうと言っていただければ」

「いやだから違うって」

「これはすみません。そうですね、素直に『そうだ』と言う人ではなかった」

「おい」

 ちょっと待て、俺はそんな人間だが今は本当に違う。

「分かっています。分かっていますとも。ご息女の存在は、秘密にしておきましょう。店の者や周囲には………まあ、そういう趣味という事にして」

「おい!」

 流石に冗談が過ぎるぞ。

「ぱぱー、ぱぱぱぱ・ぱぱー、はらへりー」

 榛名は俺の膝の上で泳ぐ。こいつの喋りは、欲求と無意味さで構成されている。

「牛乳とパンでも持ってきましょうか?」

「ぱん!」

「頼む。だがこいつの舌は肥えているぞ。普通のパンじゃ文句言うかもな」

「いつものオベントーはどうしたので?」

「コックが休みで今日はなしだ」

 久々に子供に戻っている。

 よく考えなくとも、時雨もまだ子供だ。たまには俺も労わないとな。あいつが喜ぶ物って何だろうな?

「それでも無いよりはましでしょう。今下の――――――」

 ノックの音がした。

 こちらの返事を待たず扉が開かれる。

「オレだ」

 全く見えないが、王子様だった。

 ベルハルトの奴はズカズカと部屋に入り込むと、懐かしそうに辺りを見回す。

「ここは叔父の部屋でな。小さい頃はよく遊びに………………おいアッシュ、何だそれは?」

 ベルハルトは、榛名を指差す。

 最悪のタイミングである。この二人、血縁上では叔父と姪の関係だ。

 俺がランシールを確保している事は、メルム、ソルシア、雪風とアリアンヌ、後は娼館の女将に獣人同盟の一部しか知らない。いや、結構知っている奴いるな。

 ともあれ、何故かベルハルトとデブラの耳には届いていないのだ。

 各々の損得が絡み合った結果。幸か不幸か、皆口を閉ざす事を選んだ。

 危険な劇薬のような情報なのだ。エリュシオンに食い込んだ人間が、レムリアの後継を手にしているという事は。

「おい、アッシュ! それはッ」

 なので、凄い説明し辛い。そこらで拾ったというには榛名は特徴があり過ぎる。

「このおじちゃん怖い」

 榛名はベルハルトの剣幕を恐れて、俺に抱き付いて顔を隠した。

「………怖くないぞ」

「やー」

「なっ」

 王子は大ショックを受けた様子。

 やはり血なのか、勘なのか、気付かれるとマズいな。

「ローンウェル、榛名に何か食わせてやってくれ」

「了解しました」

 榛名の襟首を掴んで床に降ろす。

「おい榛名、このお兄ちゃんに高くて美味しい物をねだってきなさい」

「はーい」

「どうせなら、うちの商会まで行きますか」

 榛名はローンウェルと手を繋いで部屋を出て行った。

 ベルハルトは、そんな榛名をガン見していた。

「お前の子供か?」

「そうだ!」

「何故に腹を立てているのだ?」

 否定したら否定したで、超面倒な事になるからだ! 不本意だが、ローンウェルの勘違いをそのまま利用して『獣人の子供の為に、騎士団に戦いを挑む男』と言う偽りを着る。

 本当に不本意だが、この方が話が進む。

 本当の本当に不本意であるが、いや何で俺がコブ付きにならないといけないのだ? 冷静になればなるほど、おかしいぞ。

「しかし、ああいう子供がいるのなら。騎士団を潰す事も合点がいく」

「ソダナー」

 はいはい、順調に勘違いしてるよ。

「しかしあの子供」

 今度はノックもなしに扉が開いた。

 小柄な獣人が血相を変えて現れる。

「ベルハルト様! 今廊下で!」

「デブラ、貴様も見たか」

「はい、ランシール様の小さい頃にそっくりでした」

 デブラの野郎、よりにもよってランシールの小さい頃を知っているとは。厄介な勘違いになるぞ。

「誰の子供だと思う?」

「まさか?!」

 勘弁してくれ。

 ベルハルトは俺を見て、デブラは俺を凝視する。

「アッシュ、確認したい事がある」

「何だ?」

 絶対に面倒な要求だろうな。

「生まれは何処だ?」

「知らん。俺には記憶がない」

「冗談はよせ」

「本当だ。死にかけで拾われた時に、俺は記憶を失っていた」

「拾った奴は誰だ?」

「言う必要はない。これ以上の詮索は止めろ」

 アリアンヌは唯一の弱みだ。絶対に話せない。

「最後に一つだけだ」

「何だ?」

 男に詮索されても嬉しい事は無い。

「兜を取れ、お前の素顔を見せろ」

「………………」

 そいつは中々、断り辛いな。最低限の礼儀か。

「これでいいか?」

 兜を外し、机に置いた。

「その角、ホーンズか。エヴェッタと同じ物だな。それに、その白い髪と金の瞳」

「まるでエリュシオンの英雄みたいか? 騎士団の百人長も、俺をそれで勘違いした」

 こいつ、エヴェッタさんの事も知っているのか。つくづくやりにくい相手だ。

「似てはいるな。聞いた特徴と合致する。しかしだ。貴様はエリュシオンの英雄ではない。オレは、本物の英雄を見た事がある。エリュシオン、諸王、冒険者、獣人、エルフ、ドワーフ、異邦人、種族や産まれは違えど。皆、同じ格を持っている。英雄の格だ。貴様にはそれがない」

「そりゃどうも、俺も自分が英雄だなんて思った事は無いさ」

「ホーンズがどう生まれるか知っているか?」

「何だ?」

 メルムは、ホーンズは冒険者の成れの果てだと言った。だが俺は違うとも言った。

「死して果たせぬ怨念を抱えた者が、角を生やし転生するのだ。アッシュ、貴様は何を抱えて生まれ変わった? そんな姿になってまでも、果たしたい事とは何だ?」

「………………」

 俺の、果たしたい事? だと。

 急に浮かぶのは、願い祈り、怨嗟の響きと呪いの声。

 平原の夜、月に吠える巨大な化け物の姿。

 剣を手に立ち向かう男の姿。

 これは、誰だ?

 知らぬ記憶の中、言葉が聞こえる。

 我が神、  よ。

 我は人の呪いを食み、糧とし力とする者。

 汝、唯一の信徒なり。

                  。我ら、旧き血の始原を永劫に憎まん。

 怨嗟の響きと呪いの声を持って、我はケダモノを呼ぶ。

     よ、

     よ、

 この身にその力を。我が神よ、魔を清め罪を許したまえ。

 我は人の身のまま獣を宿す。

 人のまま獣を狩る。

 明けぬ夜はなく、覚めぬ夢もなし。災いの忌血とて、いつかは涸れ絶える。

 されど、今は―――――――

「ッ」

 鈍い頭痛にパズルのピースが消される。今の一瞬、何を思い浮かべていたのかも忘れた。忘れた事すらも忘れる。


 あるのは呆けた空白。


「ん………………何だ? どうした?」

 ベルハルトとデブラが俺を見ていた。そういえば、視界が晴れている。どうして俺は兜を外したのだ?

「どうしたのは貴様だ」

「俺が何だ?」

 妙な会話の流れだ。二人共、不思議そうな顔で俺を見ている。

 失礼な奴らだ。そんなに俺の顔が変か?

「ベルハルト様、一つ心当たりが」

「デブラ、何だ?」

「?」

 俺を放置して二人は話し始める。

「ランシール様の母であるヴァルシーナ様です。聞こえの悪い言葉ですが、奔放なお方でしたので………その」

「何だ、言え」

「レムリア王の側室となる前、複数の男性と関係があったと。いえ、あくまでも噂ですが」

「聞いた事はある。ランシールの父親は、実はエルフの王か、冒険者の父かとな」

 おかしいな。

 俺も似たような話を聞いたぞ。誰の事かは覚えていないが。

「憶測に過ぎませんが、この男が落とし子の可能性もあります。でなければ、先程の子供の容姿に説明がつきません。短期間で騎士団に食い込み、商会をまとめる手腕も常人には不可能ですし」

「う、うむ。あまり想像はしたくないな、こいつが弟などと」

 俺もだ。

 しかし、真実は極単純な事なのだ。

 ランシールは子供を二人産んだ。

 全くの他人である俺の元に母子が共にいる。

 ベルハルトも、デブラも、勘は良さそうに見えるが、身内だからこそ出産という発想に至っていない。

 正直、打ち明けても構わない気がする。

 だがこう、タイミングが悪い。榛名を俺の子だと言ってしまった手前もあるし。ベルハルトのさっきの反応を見ても、こいつ姪に甘そうだからな。

 困った。

「で、お前らは俺の詮索に来たのか?」

 困った時は話を逸らすに限る。

「忘れる所だった。こちらの準備はできた。後は貴様の仕事待ちだ。縛り付けた連中も急いている早くしろよ」

「分かった。最長でも二日以内には始める」

 本当に仕事が早い。こいつがやる気になれば、三日ばかりでエリュシオンを追い出せるのではないのか? 何を嫌悪してレムリアの王位を捨てたのか、分からん男だ。

「所で、貴様の娘に何か買ってやろうと思うのだが」

「………何故だ?」

「オレにも分からんが、そうせねばならぬ」

「では私も」

「むッ」

 デブラは一足早く部屋を出て行った。ベルハルトは出遅れた形で後を追う。

「はぁ」

 俺は深いため息を吐いて兜を被った。

「何だかねぇ」

 面倒くさい。

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